第14話『マルクの憂いと男の約束』
風雷の八月鮮碧の二十日、夕方。
マルクとタイラーがトーマスらを迎えに、メーテス郊外の田んぼに降り立った。
見事に出穂した田んぼが緑の波を作っていた。
畦道の夏草は短く刈られて青臭かった。
そこにランプを手に立つマルクとタイラー。
「まだ来てないな……」
タイラーが呟いた。
このまま来ないことも考えられると思うのだが、二人は三人の人の好さと誠実さを疑ってなかった。
「見てみろよ、タイラー。お天道様の下で育った稲の豊かな色彩、匂い……。この懐かしい風景だけは、生産修法では決して再現できないものだ。もしかしたら日持ちしないことそのものが天の恵みかもしれないな」
タイラーが苦笑する。
「おいおい……それを言ったら俺たちがやってることが、甲斐のないものになっちまうぞ」
マルクも苦笑しながら、青稲を揺らしてみる。
「それもそうだな。この景色に比べたら、俺たちがしていることが人間のエゴなんじゃないかと錯覚を起こす。それが天下晴れて生命の樹のおかげをもって発達した技術だとしても、感情の差を埋めきれないんだよ」
「わかる気がするが――俺なら必要だからある技術なんだと割り切っちまうな。実際フルに使う場面があるんだから、生産修法は全肯定されてるんだろうと。うまく言えないが、神様の思し召しなんじゃないか」
「なるほどね――来たぞ」
遠くから駆けてくる三人に向かって、ランプを左右に揺らす。
近くまで来ると、三人は息が上がりもせず笑っていた。
「な、正夢だろ?」
ノリヒトが開口一番そう言った。
「なんですか?」
マルクが聞くと、ノリヒトがトーマスとルイの肩をど-んと押した。
「こいつら、童話の里に行ったことが夢幻だって言って譲らねぇんだ。「三人同時におんなじ夢見るか」って俺が言っても「おんなじ夢を見ることはあっても、異世界に行くなんて変なことは絶対ない」って言い張ってよぉ」
「ハハハ」
笑うタイラーを見て、トーマスとルイは情けなく笑った。
「でも、来てくれたんですね」
「おうよ、男の約束だからな」
男同士の開放的な空気が流れた。
「ランプとはまた時代がかってるなぁ」
トーマスがランプを指差して言うと、マルクは少し持ち上げて見せた。
「異世界の入口っぽいでしょ」
「またまた!」
混ぜっ返して笑う。
「見事な田んぼですね」
これにはルイが答えた。
「まぁな。俺は毎日田んぼに出て考えたよ。お天道様も病気も気にしないで米を作れる技術があったら楽だろうかってね。でも、やっぱりこの蒸すような大地の匂いからは離れられないなって思ったよ。大地が俺に応えてくれる、黄金色の田んぼほど確かなものはないってな」
「いいこと言うじゃねぇか、このぉ!」
ノリヒトに小突かれるルイ。
「わかる気がします」
「そうかい! まぁ俺も少ない脳みそで考えたんだが。そちらさんは人数多いから、稲刈りの研修にでも来たらいいんじゃねぇかってな」
マルクとタイラーは顔を見合わせた。
「名案です。それは願ってもないことです。というのも、生産修法はイメージトレーニングが要なんです」
「へぇ……まぁ、いいや。今日はそちらさんの事情を教えてくれよ。これはあるかい?」
ノリヒトは指で輪っかを作って、くいっと呷るマネをした。
「ふんだんに用意してあるぜ。何でもござれ、任せてくれ」
タイラーが言って、その手を拳でパーンと叩くノリヒト。
「そうこなくっちゃ! 今日は午前様だぜぇ」
大乗り気で童話の里に向かう三人だった。
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