第4話『ナタルの適正とサバラスの本音』
挨拶が終わり、ガーネットラヴィーン、ルビーウッズ、アンバーフットにメンバーが分かれたところで、ナタルは童話の里に取って返した。
ちゃんと番兵のいる門を通り、集会所に駆け込む。
「ただいま、危険区域検出ソフトは正常に作動してるかい?」
取るものも取りあえず、いの一番に確認する。
オービット・アクシスの前に陣取っているのは、4班のイデ・プレイナーと10班のテリー・プレイナー。自他ともに認めるシステムエンジニアおたくだ。
「ああ、ナタルさん。お帰りなさい、早かったっすね」
無駄な贅肉が一切ない、細身のイデが気楽に言う。
「うん、現地での助けは、ほとんど期待できないからね。こっちでしっかりサポートしないと」
ナタルは危険区域検出ソフトの青いレーダーを見つめながら、自分に言い聞かせるように言った。
「心配しすぎじゃないですか? みんな呪界法信奉者のことは、ほとんど意識してませんよ」
イデとは対照的に、どこもかしこもプクプクしているテリーが、薄い眉をしかめて言う。
「そうは言うけど、みんなはそれでよくても、俺たちは常に緊張状態を保ってないと、いざという時に対処できないよ」
「そんなもんですかねぇ……でも、なんのための修法陣なんですか? レンナちゃんともあろう人が、取り返しのつかないミスをするとは思えませんよ」
レンナの初仕事の時、霊長砂漠の砂漠化防止で、仕事を目の当たりにしているテリーには、彼女の能力に限界があるとは考えにくい。
「そうかもしれないね。でも、運営を任されている俺たちがそれでいいんだろうか?
レンナちゃんにおんぶにだっこじゃ、責任が取れないじゃないか。給与システムが他の団体と大きく違うのは、労働の出来高、つまり成功報酬で成り立ってるからだ。俺たちのしくじりは、そのまま給与に跳ね返る。今のところはいろいろ上手くいってるけど、これからもトラブルを全回避できるとは限らない。その事態を招くのは、いつも誰かの油断からなんだ。だから、お互い動向は常に注視するべきなんだよ」
「——なるほど、そうですね。すみません」
理路整然と説明されて、テリーも納得した。
システム開発には手も足も出ないナタルではあったが、心得という点ではやはり一味も二味も違う。
申し訳なくも、テリーもイデも、なぜナタルのような愚鈍な人間にリーダーが務まるのか、不思議に思っていた。
しかし、それは違うのだ。
愚鈍で人一倍臆病だからこそ、NWS運営の重石になれるのだ。
ナタルにはナタルにしかできない役割が与えられているのである。
(儂の評価が変わるのを期待して、か……)
かろうじてある暖炉、古びたベッド、むき出しの木の床。本棚に無造作に積まれた資料や数合わせの皿。不似合いなライティングビューロー。使い込まれた簡易キッチン。床に転がる酒の空き瓶……。
一人、暖炉の火に当たりながら、サバラス老人は顎髭をざらりと撫でた。
偏屈な態度で、いらぬ反発を招いていたが、彼は冷静にNWSメンバー一人ひとりを観察していた。
実は代表のレンナ・エターナリストが、豊穣の十月に炎樹の森を訪ねて以来、NWSの様子をずっと見てきた。
その頃のNWSは、パラティヌスのクラウドドラゴン山脈の麓、フォークロア森林帯で遺跡の発掘と保存の仕事をしていた。
仕事の要領とコツがわかって、ガンガン効率を上げていた時分のことだった。
手押し車で懸命に土運びをする者。掘り出した
どの人のどの顔にも汗と笑顔がきらめいていた。
環境修復に携わる自負と誇りが姿勢を貫いている。
——カエリウスでは、もうずいぶん前から見られなくなった光景だった。
というのも、東端が呪界法信奉者との長い攻防戦が繰り広げられていて、緊迫していたからだ。
若者は徴兵制度で最前線に駆り出され、懲役が終わっても地方に戻るのを嫌って都市暮らしになる。
地方の過疎化は進む一方。因果界民話の里でもそのまま図式化され、老年層が引退できずにいつまでも頑張らなくてはならない。
サバラス老人の妻も若い男を作って家を出て行き、男手一つで育てた息子は田舎暮らしを捨てて都会暮らしを選んだ。民話の里ではその件があったから、サバラス老人は人嫌いになって引きこもった、ということになっている。
だが、サバラス老人に言わせれば、話し相手になるような鍛え甲斐のある若壮年層がいなくて、つまらないだけだ。
国の未来を嘆いてばかりいる同年代はもっと見所がない。
四の五の言わずに自分の仕事をした方が、いくばくか役に立つ。
その考えで小屋に一人住まいを始めて早5年。
まさか隣国にこんな若者たちが育っているとは。
サバラス老人は、NWSメンバーの一人ひとりと酒を酌み交わしたいほど嬉しい。
お手並み拝見。
態度とは裏腹に、久々に情熱を双眸に宿すのだった。
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