第14話
爽やかな朝を迎えていた。今日は傘を持たなくていい日である。朝食のパンに目玉焼きをのっけて滑り落ちないように気を付けて口に運ぶ。電源が付けられていて特に見もしないテレビの音だけを拾っていると、今日は朝から晩まで晴れだと天気予報士がその天気を知らせるにふさわしい声で伝えていた。
(なんだ、傘いらないのか)
雨は嫌いだ。しかしそれは昨日までのこと。今日からはあの和傘を持って出かけたかった。家に置いておきたくなかったというのも理由の一つである。
昨日和傘を持って帰るとお母さんが目敏く見つけた。あれだけ目立てば隠すのは難しいので仕方がない。ただ彼女の言い方が鬱陶しく『目敏い』と文句も垂れたくなるのだ。
「どうしたの、その傘。返しに行ったんじゃなかったの?今日もいなかったの?」
「やっぱり使う人いないからあげるって言われたの」
初日に言われたので一概に嘘ではない。だからといって傘を貰って理由を正直に話したところで、すぐ目の前に此処に幽霊がいるなんて誰が信じるだろうか。
「あげるって言われたからってそんな正直に貰ってくることないじゃない。なにかお礼しなくちゃ…」
「いいの!ちゃんとお礼言ったもん」
「そういうわけにいかないでしょう」
「本当に大丈夫だから!」
無理矢理話をきりあげて、引き留める声を振り払い階段を駆け上った。後ろから「もう!」と荒げた声に気付かないふりをして部屋に閉じこもった。
「言えないよねー。幽霊が見えるなんて」
他人事みたいに話す露子さんは幽霊の特権でもいうかのようにふわふわと宙を漂う。
傘の下に現れた彼女は「契約成立」と歌う様に言った。名乗りあったら使役の契約になるんだと後から言われた。使役された露子さんは私が使役を解除するまで傍にいることが出来るそうだ。
「使役の解除ってどうやるの?」
「もう解除の話?」
「だって気になるでしょう?」
もしなにかしら不都合があったら、すぐにでも離れられるように保険をかけたかった。
「お願いを叶えてくれるまで教えなーい」
「お願い?」
「なに?」
「いや、なにって、なに?私が何かするの?」
空中に浮かんでいる露子さんは私を見下ろしにやりと笑う。言われるがままに使役した、させられたと言ってもいい。悪く言えば騙された形で使役してしまった。ゲンさんから正式にお願いをされて受け取った時点で覚悟はしていたが、いざ『願いを叶えろ』と言葉を突きつけられると冷や汗が出る。どんな無理難題を掛けられるのか。自分に出来る範囲で尚且つ安請け合いしたことに後悔しない願い事であることを祈るしかない。
「そう難しくはないわ。あなたにお願いしたいのは三つ」
眼前に人差し指を立てた。
「一つ目は私の記憶を蘇らせること」
「は!?そんなのできっこないよ!」
「ダメよ、これは必ず叶えてもらわなくちゃ。私が何者で、どうしてこの世に縛り付けられているかわからないと成仏できないもの」
「そんな無茶な」
責任重大な難題を科してる張本人は困っている私に構わず話を続ける。
「二つ目は簡単よ。私のことを思い出すこと」
「それも簡単じゃない…」
こっちは名前を聞いたところで覚えがないのに、どうやって思い出せと言うのだろうか。
「記憶がない私にもあなたの名前は確かに覚えがあるんだから、きっと生前の知り合いのはずなのよ」
「そうかもしれないけど、露子さんが一方的に知っているだけかもしれないでしょう?」
「私が死んだのは十年前よ?その時あなたは四歳位だった。年も恐らく十は離れてるのに、名前だけ知ってるなんて変じゃない。絶対知り合いよ」
「はあ…それで、あと一つは?」
「三つめは…」
この調子では三つ目も難題に違いないだろうから、聴く前からため息が出そうだ。
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