美少女吸血鬼に関する考察③
吸血鬼の弱点の一つとして、”流れる水”というのはとりわけイメージのしずらいものかもしれない。
雨が降っている程度でダメと言うのなら、それこそ雨や水そのものが弱点だといわれるはずである。したがって、正確には流れる水=川などをを越えることができない、というふうにも説明される。
吸血鬼というものが過去の人々が出会った疫病の暗喩であると解釈される場合には、そうした村落の境とされなにより公衆衛生に関する、川やローマの水道がそれを退ける効果があるとは、いくらか納得のいく説明であろう。
しかしいま、あきらかに菌やウィルスまた寄生虫などが元ではない、吸血鬼と言う存在がわたしの目の前にいる。こうして、寝ている。
彼女――被検体Eがどれほどその”流れる水”という現象に弱いのか、改めて確認する必要があるだろう。
*
――さあ、お前もこちら側へ来い。わたしは、お前の父親……ではないが。
手をさしのべ、エリへ呼びかける。
彼女は一糸まとわぬ姿で立ち尽くし、なんだコイツ? という表情でわたしを見つめていた。
現在の時刻は、夜8時ごろ。夜にはその魅力を開花させる彼女だが、今はその姿も相まって、犯罪的な何かを感じさせる。
いちおう言い訳を述べておくと、これは私が自堕落な彼女の入浴を手伝ってあげているだけで、わたしの邪な心とは無関係にやらなければならないタスクである。それに彼女はいわゆる合法ロリで、もしかするとわたしよりはるかに年上なのかもしれないのだ。
これは合意の上で行われる、完全に合法な行為である。いいね?
さて、彼女の入浴は一週間に一度ほど。
もともと風呂に入るのは好きではないらしく、そして彼女の代謝の低さも相まって、それぐらいまでなら特に不衛生なほどにはならなかった。
それでも実家に住んでいた時代から、毎日湯船やシャワーを使っていたわたしからみて、あまり気持ちの良いものではない。なんとか交渉のすえ週に一度の入浴を合意させたが、それにはこうして入浴の介助と、入浴後のスイーツを差し出さねばならなかった。
わたしが左手にシャワーを持ったまま右手を差し出していると、彼女はおずおずと歩いてこちらへ来る。
このことから、すくなくとも今バスルームに流れる程度の流水は彼女を退ける結界とはならず、これまでの経験からいえば日本の発達した地下の上下水道のようなものも、彼女を退けはしないのだろう。
つぎは直接流水をあて、その反応を確かめる実験である。また対象の水との親和性を確かめるため、界面活性作用のある薬剤によってその皮膚を隅々まで研磨する。
彼女の皮膚表面を覆う余計な油分が十分に落ちれば、40度ほどの湯船をみたす温水につけ、いよいよ最終試験を行う必要があるだろう。
*
「んっ……」
エリなんとも、綺麗な肌である。
色白でひときわ灰に近い色をした、静脈。まだ膨らみは小さいが、その発展途上のつつましい少女らしさを宿した胸。
うちでは薬局で買った一番安いシャンプーを使っているが、そんなもので揉んで洗っていても、
わたしはそれなりに表皮の洗われたエリを立ちあがらせ、湯船のほうへと進ませる。
ここまでくれば後は流石のエリでも一人で入浴ぐらいはできるが、今回はさらに私も湯船に身を乗り出して彼女を湯船の真ん中まで誘導した。逆に向こうからしても、うっとおしいような誘導だったが、彼女は文句も言わずそれに従っている。
わたしの何かを尊重してくれているのか、たんに文句を言うのが面倒なのか。
そのままエリの脇へと腕を通し、そして湯船の中へと下げいく。万が一があってはと、彼女が抵抗するのならそれも仕方がないだろう。しかしエリはそのままわたしの腕に身体をあずけ、どこまでもその中へと沈んでいった。
毎日つかう、安アパートのユニットバス。
張られたお湯もごく透明とまではいえなくて、風呂垢や抜け毛もちらほら浮いている。
それでもそんな湯船に沈むエリの姿は、この上もなく綺麗だった。
こぽこぽと泡を吹きながら遠くなって、棺に眠るようにそのお風呂の底へ。
水面を通す光の網が、彼女の身体を絡めとっていく。淡いバスタブの色味の中で、いっそう白いエリの肌が浮いていて、その細い髪もずっと深い色に染まっている。
いつの間にかお腹の底にグッと飲みこんでいた息が、お臍の奥をツンと貫く。
死んでしまったかのようなエリの姿は、その実吸血鬼としては正しいものかもしれなかった。ピクリとも動かず、呼吸もせず。安らかなようだが、哀しみのような表情だ、とも思った。
というか、嫌に時間が長く感じる。
まさか本当に吸血鬼は大量の水に封じられて、エリはこのバスタブの中で動けないのだろうか。
いや、冗談だよな?
エリもべつに、わたしに抵抗しなかったし……。
本当に時間が過ぎていくのが、長く感じる。
エリはほんとうに、一呼吸さえしていなかった。
わたしは慌てて、バスタブ底の彼女を持ち上げる。
エリの背にまで肘を回し、彼女を抱きしめるようにして、素早く彼女の顔を湯船の上まで持ち上げた。彼女の肌はお湯を吸ってすこしふやけて、いつもよりずっと暖かい。
「目ぇ、お湯入った!」
すぐそばに私の顔があるというのに、フンと鼻息を吐くと、子犬のように顔を振ってその水分を払った。飛沫となって跳ぶお湯は急速に温度を失って、冷たい雫となって私の顔を何度も叩いた。
いつのまにかわたしのほうが息が上がって、心臓も早く打っていた。
「もう出る」
えっ?
「もう十数えた」
そう言って彼女は立ち上がり、湯船から上がると丁字のように手を伸ばす。
どうやら奴隷であるはずの私が、主人である彼女の身体を拭かなければならないようだった。
風呂上がりのプリンも、二つ要求された。
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