清と清

鯛飯好

01 - 清と清【前】



立っているだけでジワジワと汗ばんでくる暑さに、眉間にシワを寄せながら大きな荷物を抱え、目的地に向かって歩き始めた青年。アスファルトの照り返しのせいか更に暑さが増しなかなかに厳しい状況下。

 大きな荷物を筋肉質とも言えない腕を目一杯伸ばし抱き抱えるように持ちながらも、その足取りはしっかりしているところを見ると、物は大きくとも重量はそこまでないのだろう。


 175cmはある細身の身体にラフな黒いTシャツにくるぶし丈のベージュ色のパンツスタイル、黒いクロックスを履き黒いキャップに安そうな腕時計に両耳たぶにはシンプルなシルバーのリング状のピアス、左耳の軟骨部分には黒い石のついたこぶりなピアス、左手の薬指には鈍く黒い細身のリング。色白の肌には黒がとても映える。

そんな青年は年の頃は23くらいだろう。

 そんな彼が平日の昼間から大荷物を抱えて向かった先はコインランドリーだ。


自動ドアが開き中からは心地の良い冷気が流れ出てきた。その冷気を浴びただけでも文明の利器に感謝してやまない気持ちになる。それ程に外は暑かったのだ。

 中には誰も人はおらず、洗濯機と乾燥機がいくつか回っている。止まっているが中にまだ洗濯物が入っている機体もある。

 空いている大型洗濯機の前にやってくるとようやく袋の中身が正体を表した。敷布団だ。

 洗濯機のドアを開けて上手に畳んできた布団を押し込み、ドアを閉めると操作盤をいじり財布を取り出す。


「ああ、小銭…」


 小銭入れを開けて中身を確認し、ポツリと呟いた。

 店内を見渡せば両替機もしっかりと用意されており、1枚千円札を入れればジャリジャリと音を立てて小銭へと変わったそれは受け取り口に落ちてくる。

 小銭入れへとすべて収めると洗濯機の前に戻り、必要枚数を確認して1枚ずつゆっくりと投入していく。必要枚数入ったことを認識した洗濯機が自動的に動き始めたのを確認した青年は、終了時間を確認してコインランドリーを後にした。


 外へと戻ればまた茹だるような真夏の気候に小さく舌打ちをし、先程とは違う道へと進んでいく。

 次に向かった先は『安い美味い新鮮』と目を引く看板を掲げたスーパー。手動のドアの先でカゴを手に取り、更に手動のドアを開けて中へと入ればコインランドリー内よりも冷たい空気が流れてくる。

 慣れた場所なのだろう、迷うことなく目的の棚へと向かい、1つ2つと商品をカゴへと入れていき、更にスマートフォンを取り出しメモを確認しながら必要な物をカゴへと詰めていく。必要な物以外は買わないようにする為だろうか、一周グルっと周ってすぐにレジへと向かった。セルフレジを通し会計を済ませ、店で貰った有料袋へと商品を詰め直して店を出ると、先程のコインランドリーへと向かう。

 ここを出てから30分程経っただろう、洗濯機は止まっており他にも動いていた機体も止まっており、中身が入っていた乾燥機からは取り除かれた空の所が増えている。

 青年は買い物袋をテーブルに置くと、洗い終わった敷布団を今度は乾燥機に入れてサイド操作盤をいじり必要な小銭を入れて乾燥が始まった。

 今度は更に長く時間がかかるみたいだ。買い物袋を手に持つと大きな荷物を抱え歩いた道を戻って行き、辿り着いたのはスタート地点。そのスタート地点から更に進むとマンションのロビーへと続く手動ドアを開ける。

 中に入れば慣れた手付きでオートロックを解錠し、自動ドアが開き奥のエレベーター前に向かう。ボタンを押せばすぐに降りてきた箱へと乗り、希望の階を押せば上へと動き出した。

 

そして、ポーンという音と共に箱の動きが止まった。階数は3階。

エレベーターを降りて向かった先のドアの解錠も終わらせ中に入れば広々とした玄関が出迎えてくれる。


「ただいまー」


 声を掛けるが返答はない。靴を脱ぎ、鍵を靴箱の上に置き中に入ると廊下の先のドアを開ける。中に人は居ない。

 心地よい温度に設定された生活感があまりないモデルルームのようなリビングに、生活感があるダイニングキッチン。物は少ないがキッチン周りには自炊をするのだろう、しっかりと調理器具が並んでいる。

 買ってきた食材を冷蔵庫にしまいつつ、使うものはカウンターに置き買い物袋の中身を空にし袋の水滴を取ると雑ながらもしっかりと畳んで引き出しの中にしまう。

 炭酸水を作りながら米を炊く用意を始める。慣れた手付きで米を洗い終え、水を張り乾燥昆布を入れて炊飯器に入れ時間のセットする。炊きあがり時間は18時。現在は14時半を回った頃。

 炭酸水も出来上がりそれをコップに入れ飲みながら夕飯の支度だろうか、野菜をカットしたり作業を進めていく。大まかに終えた所でキッチン周りを片付けて15時を過ぎてもまだまだ暑い外へと出ていく。足早に乾燥機にかけた布団を回収し、部屋へと戻ると寝室へと直行する。

 ノートパソコンが置かれたデスクに座り心地の良さそうな椅子。シングルのベッドにリクライニングの一人がけのソファとサイドテーブル。一番目を引くのはレコードやCDといった音楽を聴くための設備に綺麗に並べられた棚。観葉植物や小物に至るまで落ち着いた雰囲気を演出しているものばかり。


「ったく、珈琲こぼすなよな…しかも布団に…」


 ブツブツと呟く声は少し低くかすれたようだ。

 ベッドメイキングを終え寝室を出ると隣の部屋へと入っていきやっとキャップを外す。

 黒髪に青いメッシュの入ったツーブロック。髪は帽子と汗のせいかボリュームはなくなり、頬にかかる前髪と襟足は同じくらいの長さ。

輪郭は丸いが小顔。ツリ目に困り眉、小さめの鼻に小さな口というのもありうさぎ顔と呼ばれる顔に近い。鼻と左の口角の間にあるホクロが特徴的。

 外したキャップに消臭スプレーを吹きかけキャップラックにかける。クローゼットと本棚にやけに設備の整った机にゲーミングチェア。それに広いベッド。整えられてはいるが本や紙類が多く見られる。

 先程の部屋とは違って他には余計な物は無い仕事部屋と言わんばかりの空間。

 部屋を出るとキッチンに立ち残りの仕込み作業を終えてしまおうと料理を再開する。


 17時前にはすべて終わり風呂の支度を終わらせれば自由時間と言わんばかりに炭酸水を用意し、リビングに向かうとコップを置き、お気に入りのソファに腰掛ける。

 ローテーブルに置かれたノートとシャープペンを持ってソファに寝転ぶと、何かを考え思い付けばノートに書くという作業をしている間に睡魔に襲われウトウトとし始めてしまう。

 アラームが鳴り、気付けば18時半を過ぎていた。


「寝ちゃったか…そろそろ帰ってくるな」


 慌てた素振りもなく起き上がるとノートもシャープペンもテーブルに戻され、炭酸が薄くなってきている炭酸水を飲みながらキッチンに向かう。

 料理の仕上げをしていると19時も過ぎ、玄関の鍵が開けられる音がした。ドアの開く音、閉まる音…少し慌て気味に皿を出したりして食事の支度を進める。

 帰ってから手を洗ったりしているのだろう、少し時間を置いて足音が近付いてきた。


「ただいま」


 廊下から繋がるドアが開き、声がした方を向けばスーツをきっちりと着込み髪の毛もしっかり整えられた180cmは超える男性が顔を出した。


「おかえり、清一郎さん」

「着替えてきます」


 それだけ言ってベッドメイキングをした部屋へと入っていった。


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