第19話 蛇
差し込む光が足元を照らしてくれる。シュートは篝瓶の明かりを消した。
「お、出口か!?こっちが当たりの道だったのか?」
期待に満ちたシュートの声。しかし、三人が出たのは外ではなく、ホールのように開けた場所だった。
「うわぁ……きれい!」
ミックは思わず呟いた。巨大な円形の地底湖だ。水面は鏡のようで、直径は百メートルはありそうだ。ちょうどミックたちのいる反対側にまたトンネルが続いているのか、壁に穴が開いている。天井はドーム型になっており、ぽっかりと開いた中央の穴から地上の明かりが入ってきている。
地底湖を泳いで突っ切るわけにもいかないので、反対側へ行くにはぐるりと壁際を歩いていかなくてはいけないようだった。
「こんなところあるんだな」
シュートは壁沿いに水際を歩きながら、きょろきょろと見回した。
「よそ見をするな」
「うおっ!案外あったけー!!」
ラズに言われたそばから、シュートは小石に躓き片足をジャポンと湖に突っ込んだ。幸い、水際は水深が浅いので足が濡れただけで済んだ。ミックは透き通る水を見つめた。
「地底なのに温かいんだ。温泉なのかな……ん?」
シュートの足が入ったところから鏡面のような湖に波紋が広がった。すると、湖全体の水面が揺れだした。
波紋は収まるどころか幾重にも重なって広がり続け、徐々に水面は荒く波立ってきた。ホールのような洞窟全体が揺れだした。天井からぱらぱらと小石が降る。昨日の揺れと似ている。心臓が激しく鼓動を打つ。ミックは壁に手を付き、倒れないよう踏ん張った。段々と湖の真ん中が盛り上がって来た。
嫌な予感がする。
三人とも湖を見つめた。滝のような水音を立て、真っ黒で巨大な蛇が湖の真ん中に顔を出した。シャーッと威嚇し口を大きく開けた。人間を簡単に丸呑みできそうなサイズだ。体は巨木のように太くヌラヌラと光っている。ミックたちを睨みつける。
「走れ!!」
ラズの声で蛇から目を離せなかった二人は我に返り、反対側の穴へとダッシュした。しかし、蛇のほうが速かった。巨体に似合わぬ猛スピードで移動し、ミックたちの進行方向を遮るように立ちはだかる。全長は馬十頭分はありそうだった。
ミックが、矢をつがえるより速くラズが動いた。先頭のシュートより前へ飛び出す。容赦なく斬りつけ、蛇の首を切り落とした。
ドサッと首が落ち、首がなくなった胴体がそれより大きな音を立てて地面へと倒れた。ミックの全身に振動が響く。
なんて決断力、そしてスピード!
ミックは目を丸くした。予備動作が殆ど無い。首だから他の部分より若干細いとはいえ、あの太い体を両断するパワーも常人のものではない。ラズのおかげで全員丸呑みにされないで済んだ。ミックは構えかけていた弓矢を下した。
「いやーラズ、助かったぜ。俺はもうだめかと……」
ぽんっとラズの肩を叩くシュートの笑みは、ラズの背後に倒れる蛇を見てひきつった顔へと変わっていった。巨大蛇の切り落とされた頭がちりのように消えていった。その次には、首の部分に黒い靄が集まり頭が再生されていった。ミックは息を飲んだ。
「……ガラ!?」
よく見ると影がなかった。考えている暇はない。ミックは蛇の目を目掛けて矢を放った。一本は刺さったが、もう一本は首近くに当たり、刺さらずに弾かれてしまった。皮膚がかなり硬い。矢でとどめを刺すことは難しそうだ。ラズの剣に頼るしかない。
目に矢が刺さった痛みと怒りからか、蛇は再び叫び声を上げ細い舌をチロチロとのぞかせる。
「おい、医者は人以外の生き物の心臓の場所も知っているのか?」
ラズが叫んだ。とりあえず距離を取るため、もと来た方へ全員走った。
要するに、逃げた。
「んなわけねーだろ!俺が知ってんのは、蛇は肉食うってことと体温が低いと動けねぇってことくらいだ」
「では、貴様、あれを凍らせろ」
「触るか氷の塊当てなきゃいけねぇんだぞ!そもそも当てたところで、あんなの凍らせられねぇ……その前に俺が食われるわ!」
蛇が体当たりしてきたのをラズと共にかろうじて避けながら、シュートが叫び返した。確かにあれに直接触れるのは無理そうだ、後ろを振り返りながらミックは考えた。氷玉を投げてもあの速さで動かれては当たらないかもしれない。
ん?当てればいいなら、もしかして……ミックは蛇からシュートへ視線を移した。
「全身を凍らせられなくても、体温が下げられれば動きは鈍くなるよね?」
早口で尋ねるミックにシュートは短く、ああ!と答えた。顔が真っ青で半泣きだ。
「あのさ、私の矢の先に氷つけられないかな?」
「それなら多分できるけど……なるほど、それなら当たる!」
シュートはミックの考えがわかったようだ。
「きっと体温は下がるはず。そこをラズが……」
「わかっている。さっさとやれ!」
ラズが蛇の猛攻を走りつつ剣でいなしながら答えた。
蛇のスピードは尋常ではなく、全力で逃げているミックたちにすぐ追いついてきた。殿のラズに余裕はなさそうだ。シュートはミックの矢の先を握り、あまり重さや形状が変わらないよう薄く氷を張った。ミックは蛇を真っすぐ見据える。
「いくよ!」
パシュッと風を切る音を立て飛んでいく氷の矢。蛇の胴に当たった。当たった部分からパキパキと凍っていく。使える!シュートに手渡され、ミックは次の矢を構えた。
「シャー!!!」
蛇は苦しそうだが、攻撃を緩めない。早くしないと、こちらまで攻撃が来ないよう蛇の気を引いているラズがやられてしまう。
ミックは出来上がった氷の矢を次々と射る。シュートは緊張と魔力の消耗からか額に汗をかいているが、もう泣いてはいなかった。矢を十本当てたところで、大分蛇の動きが鈍くなってきた。攻撃の威力も落ちている。ラズが蛇に向き直り呼吸を整え、剣を構えなおす。
「覚悟しろ!」
うおおおーっと雄叫びを上げ、ラズが蛇の口から尻尾めがけて胴体を開くように斬り裂いていった。凍っているところも構わず突き進んでいく。最後まで駆け抜け、尻尾の先まで切り開いてしまった。
天井からの日の光が血の通わない内臓をグロテスクに照らす。このままちりとなって消えて―ミックは弓矢を構えたまま、真っ二つになった蛇を見つめた。
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