第22話 辞意

フードの中から現れたのは、ミックの顔だった。シュートはふーっと息を吐く。


「なあんだ、ミックか。おどかすな……よ……」


違う。ミックではない。ミックはこんな人の心を見透かすような、それでいて軽蔑するような不気味な笑みは浮かべない。片時も外さないルームメイトからもらった髪飾りがないし、髪が長い。バートでラズが会ったというミックに瓜二つのガラの話をシュートは思い出した。


「へえ。あの子の渾名はミックなんだ」


シュートは重たい椅子を膝裏で力強く押し、勢いよく立ち上がった。逃げよう。


「そんな慌てないでよ。別に取って食おうと思ってるわけじゃないんだ」


相手が何を考えているかわからない。長居は無用だ。しかし、立ち上がったはいいが、上階へ向かう階段はガラの後ろだ。ラズが倒せなかった相手から、どうやって逃れたら良いのか。


「この前は君の仲間の剣士に名乗りそびれてね。失礼したよ。私の名前は理望りみ。覚えておいてね。今日は君に話があって来たんだ。君の名前は?」


理望はにっこりと笑った。シュートは自分の背中に冷たい汗が流れるのを感じた。


「そう、言いたくないならいいよ。さて、この話し合いは君はこの旅のメンバーとして相応しいのか、ということがテーマなんだけど」


なぜそんな話を、なぜ俺がここにいることを……?いや、もう考えるな。耳を貸すな。本棚を利用しよう。一旦引いて本棚に隠れて、隙をうかがって階段まで行く。上まで行ければ陽の光があるし、人も沢山いる。


「今、剣士は病院にいる。怪我をして、毒を食らっている。それは、もちろん襲ってきたガラのせいだ。でも、とある要因が除かれていれば避けることができたのではないかな」


シュートは思わず理望を見た。


「自分でわかっているんだろう?その要因は君だ。今必死に、こんな暗い地下にモグラみたいに潜って、埃臭い文献を漁っているのは、罪悪感故だ」


シュートの反応を楽しむかのように、理望は一度言葉を切り唇を舐めた。何なんだ、コイツ。手にじっとりと汗がしみ出す。


「君が強くて、誰にも庇われないで自分の力で戦えたなら、こんなことにはならなかった。剣士がいつ目覚めるともわからない状態になることはなかった」


そんなこと、言われなくてもわかっている。


「口には出さないけれど、仲間は君のことをお荷物だと思っているかもしれない」


それも、考えた。


「でも俺は……」


理望はシュートの言葉を遮って続けた。


「お荷物の君が取りうる最善策は何だろうね?役に立つかもわからない文献を漁って、自分が有用であるかのように振る舞って、自分の命も仲間の命も危険にさらしてまで一緒にいることなのかな?」


心がえぐられる。指先が冷たくなる。シュートの目から、涙がポロリと落ちた。理望はそれを見て満面の笑みを浮かべた。同じ顔なのに、ミックとは全然違う。悪魔のようだ。


「君のせいで旅は失敗に終わるかもね?考えてみるといい。自分がどうすべきか。さて、話はこれで終わり。時間を取って悪かったね」


言葉の効き目を確認するかのように、理望は表情を変えずシュートを数秒見つめた。その後満足げに鼻を鳴らしてさっとフードを被り直し、階段を登って行ってしまった。シュートは呼吸を乱したまま涙を流し、しばらく動くことができなかった。





 昼時になって、一行はラズの病室に集まった。研究室と書かれた向かいの部屋からちょうど出てきた看護師に頼み、医者を呼んでもらった。医者の話では、顔色がだいぶ良くなり熱も下がったので、回復傾向にあるということだった。ただ、まだ意識は戻らない。


「この後俺たちは仕入れた情報を確かめに行く。いくつかガラの目撃情報があったんだ。信憑性は低めだけど」


ディルがシュートはどうするのか問いたげな顔をした。


「俺は…また図書館に行ってくる」


シュートは一人になりたかった。さっきの理望の言葉が頭の中をぐるぐると回っている。今人と話すような気分ではない。


「そうね。万が一危ないことがあってもいけないし。シュートにはそっちを任せた方が良いかもね」


理望に言われた「お荷物」という言葉が頭の中を反響した。俺は一緒に行動しない方がいいのか…?ベルの言葉に力なく返事をし、シュートは病院をあとにした。





 図書館に戻り暗い地下室で文献を広げても、シュートの頭にはなかなか内容が入ってこなかった。


理望はガラだ。そんなやつの話を真に受ける必要がないのは分かっている。きっと自分を動揺させて、この旅の邪魔をしたいだけだ。しかし、思い返せば思い返すほど、理望の話は理にかなっているような気がした。


自分が旅を続ける意味はあるのだろうか。万が一ラズがずっと目覚めなかったり、この先誰かが自分をかばって傷ついたりしたら、その時どう責任を取ればよいのだろうか。


心に闇が生じるには十分な暗さだった。言葉の毒がシュートにじわじわとしみわたっていった。




 

 次の日。厚い雲が空を覆い朝日の出番はなく、街は色あせてしまったかのようだった。仕入れた情報の調査が終わらなかったので、前日と同じように行動することになった。昼に病室へ集合だ。


シュートの元気がないように思えて、役に立てるかはわからないが図書館へ自分も一緒に行くとミックは申し出たが、断られてしまった。


「明らかに、シュートの様子おかしいわね」


とんぼりと図書館へ向かうシュートの背中をベルは心配そうに見つめた。


 結局、ミックたちが得た情報の中には、目的のゾルにつながると確信できるものはなかった。また石の指し示す別の街へ移動する必要がありそうだった。

 

 約束の時間にミック達が病室に着くと、シュートが既に来ていた。


シュートは浮かない顔でラズを見つめている。病室で眠るラズは穏やかな顔をしていた。スースーと落ち着いた呼吸を続けている。ラズの容態は落ち着いていて、右手の怪我も常人の倍以上の速さで治ってきているということだった。目が覚めないことだけが、少し心配だと医者は言っていた。


医者の言葉を伝えると、ただでさえ暗く沈んでいるシュートの表情は、さらに悲しげなものになった。


「大丈夫?」


ミックはシュートの肩に手を置いた。視線はラズへと向いたままだ。シュートは今にも泣き出しそうで、ミックの言葉は届いていないようだった。シュートは震える息を吐く。


「俺は……この旅を辞める」


ミック達は突然宣言したシュートを見つめた。病室の空気は凍り付いたようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る