第三章 敵

第9話 歩いて歩いて

 明るい森の中、街道を一行は進んでいく。鳥が鳴き交わし、戯れる。渓流のせせらぎが耳に心地よい。温かな日が差し、歩いていてとても気持ちが良い……はずなのだが……


「ちょ、待って。休憩!」


ぜえぜえと苦しそうな息遣いのシュートが、足を止めた。気持ちよく歩く、とは程遠い光景だ。旅をスタートしカーディアを出て二日目。低級のガラと戦ったのが昨日の昼前だ。


「先程昼食を食べたばかりではないか!貴様のペースではいつまで経っても目的地にたどり着かん」


ラズはイライラしているようだった。まあでも、これが彼の普通なんだろうな、とそろそろ慣れてきたミックは思った。


「だってお前……昨日から食事の時以外ずっと歩いてんじゃねぇか。夜は見張り立てなきゃなんねぇし」


シュートはもう座り込んでいる。


「確かに、普段歩いてない人にはきついかもねぇ」


ミックは近くの枝に馬の手綱をひっかけた。


もらい受けた馬は、賢く力強い白馬だ。名前はクリフだという。動物には真名がない。というか、あっても人には知りようがない。


名付けの儀式――人の場合、これにより真名が授けられる。真名とは魂と肉体を結びつける鎖のようなものなのだと言われている。出生前に儀式を行わなかった場合、魂のない肉体だけが生まれ、その肉体は徐々に消えていく。


クリフにもし真名があるなら、馬の鳴き声のような響きなのかな……とぼんやり考えながら、ミックはシュートの隣に座り荷物を降ろさせた。


「俺もちょうど水を汲みたかったから、ここで小休憩にしよう」


ディルも荷物をおろした。水筒の革袋をシュートの分も持って、水の流れる音のする方へと駆けていった。シュートは顔を上げ木漏れ日に目を細める。


「マルビナまで二週間ぐらいこんな感じかよ……」

「途中で宿場町のバートがあるよ!そこでベッドで眠れるから、楽になるよ」


食料や調理器具、着替えや武器の予備など最低限の物とはいえ荷物は多い。歩きやすい道とはいえ、王都で暮らしている一般人にはかなりの運動量だ。やっぱり馬車の方が良かったんじゃないかな、と疲れ切っているシュートを見てミックは思った。


先ほどシュートがこぼしていたが、野宿の場合は見張りも必要だ。野盗に襲われるかもしれないし、ガラは夜の方が活発だ。交代で起きて、緊急時に備える。初めての長期野外訓練の後には、へとへとに疲れて熱を出したことをミックは思い出した。


「座ってる間に、少しだけさっき話したのやってみない?」


ベルがへたり込んでいるシュートに話しかけた。


「おう、掌に集中するってやつか」


シュートは右手を開いて見つめた。というか、力んでいるので睨んでいるように見える。数秒たつと、シュートの掌にうっすらと氷がはり始めた。


「うわっ、すごい!シュート要領つかむの早いね!」


ミックは感心してしまった。昨日魔力があるとわかったばかりなのに、もう具体化することができている。


「でも、本当は氷の塊を出したいんだけどな」


シュートは、はーっと止めていた息を吐いた。


「それを歩きながらでも食べながらでも、練習するといいわよ。そのうち自分の手足を動かすように氷を操れるようになるから」


ベルはにっこりと笑った。


ディルは気が強いと言っていたが、ミックには今のところベルは頼りになる優しいお姉さんのようにしか見えない。美人でスタイルもいいし、踊り子として大人気だったのではないかとミックは推察している。


「力みすぎだ。呼吸は止めず腹から深くした方がいい。それに氷の塊を出したいのなら、そのイメージをしっかり頭の中で作ってから魔力を練るんだ。闇雲に力を入れても消耗するだけだ。」


ふんっと鼻をならしたのはラズだ。シュートが首を傾げた。


「お前、魔力はないって言ってなかったか?」

「……知識として知っているだけだ。これくらいのことは隊でも教わる」


そう言えばそうだったかも…とミックはぼんやりとした記憶を呼び起こした。しかし、教わったとはいえ十分な魔力を持っていないものが、魔力具現化のコツをそこまで具体的に掴めるものだっただろうか。零粋の自分と多少ある人とでは感覚が違うのかもしれない。


「あと、魔法の訓練は俺もすべきだと思うが、結局体力を消耗するからな。旅の進みに遅れが出ないよう調整しろ」

「それもそうね。ほどほどに頑張って!」


ベルが元気づけるようにシュートの背中を叩いた。普通の人がやれば何ともない行動だが、ベルだ。シュートはつんのめってそのまま前転を一回した。少なくとも物理的なパワーという点において、ベルが強いというのは間違いない、とミックはここで再確認した。


ディルが水汲みから戻り、一行はまた歩き出した。





 木々の影は長く伸び、カラスがねぐらへと飛んで行く。夕方近くになってまたシュートが遅れだした。ミックは横に並んだ。


「頑張って!もう少しで夕飯の時間だよ。今日はじゃがいもスープ!あと、さっきとったお魚の塩焼き!」


言いながらお腹がなりそうになり、ミックは体に力を入れた。


「お前……本当に元気だな。見た目によらず体力あるよな」

「一応兵士だからね。夜行訓練では夜の間ずっと五十キログラムの荷物を持って歩き続けるんだよ。それに比べれば、まだ楽かな」

「近衛兵って大変なんだな。俺はこれから、もっと感謝することにする。お前は中等教育終わってからすぐ入隊したのか?」


近衛兵には中等教育を終えた十四歳から入団することができる。もちろん、それより上の年齢で入ることも可能だが、大抵は初等教育を卒業し、中等教育を終えてそのまま入団する。入団しないものは高等教育へ進学したり、職人の弟子になったりと様々な道へと進んでいく。


「そうだよ。私は入隊して二年。ガラの討伐任務は四回目。あ、これを討伐任務って言うのかわからないけど」


シュートはふうん、と感心したように頷き、顎で大分前を急ぐラズを指して疑問を口にした。


「あいつ……ラズとは同期なのか?」

「多分違うと思う。でも、わかんないな。他の部隊とはあまり一緒に訓練しないんだ。任務では部隊混合で班が編成されるけど、ラズとは一緒になったことないなぁ」


突然、前方から木の棒が飛んできてミックはキャッチした。と、もう一本飛んできた。ラズが投げてよこしたのだ。

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