EP21 ソルさんに相談しよう!
トウコが気絶したのち、その足で冒険者ギルドへとやって来た。手に余る状況になったので、ソルさんに相談しに来たのだ。
「……それで、そのまま帰ってきたと?」
経緯を説明すると、ソルさんは呆れたように頭を抱える。
「だって、あの状況じゃ、なぁ?」
ジェシカも『仕方なかったね』みたいなジェスチャーで同意してくれた。
「いろいろ突っ込みたい所はありますが……エンバーグさん、あなたが取引しようとした相手、誰だか分かってますか?」
「トウコって女だけど」
「トウコ・サラマンダー。サラマンダー家の娘ですよ?」
その名前を聞きジェシカが飛び上がった。
ピンと来ない俺に、ソルさんが重々しい雰囲気で補足してくれる。
「サラマンダー家は、メヒコ王国で活動する麻薬カルテル一族です」
「ま、麻薬カルテル!? じゃあ、俺の薬も……」
「十中八九、犯罪に使うつもりだったのでしょうね」
「そ、そうだったのか。危ないところだった」
「『だった』じゃありません! 現在進行形で問題抱えたままです!」
「でも、トウコは倒したし……」
倒したというより、倒れた、だけど。
「その事がサラマンダー家に伝わったらどうなると思います?」
「あ……」
やばい。カルテルはメンツを重んじる。実際には直接手を出した訳ではないが、難癖を付けて報復に来る可能性もある。ジェシカも悟ったのか、ガタガタと震えていた。
「やややややばい。ジェシカ、遠くに逃げよう!」
コクコクコク! 彼女が激しく頷いたのを確認し、駆け出そうと振り返る。が、ソルさんに腕を掴まれ引き止められてしまった。
「まったくもう。しょうがない人ですね」
そう言うソルさんは、やけに落ち着き払っている。
「私に考えがあります。ちょっと待っててください」
ソルさんは受付カウンターの奥へ行き、何やら書類を準備し始めた。何をしているんだろう。首を傾げながらその様子を見守っていた、その時。
「あ! 見つけたぞエンバーグ!」
集会所の扉が勢い良く開き、男二人が飛び込んできた。トウコの部下の髭面スキンヘッドコンビだ。ただならぬ気配で詰め寄ってくる。
「テメェのせいでトウコさんが重症だ!」
俺のせいじゃないと思うんだけどなぁ。
「一緒に来やがれ!」
胸ぐらを掴もうと手を伸ばしてくる髭面男。その間にジェシカが割って入り、男の手を叩き落とした。
「あぁ!? やんのかチビ!」
「上等だ!」
「はいはーい。そこまでー」
互いに武器に手を伸ばしたところで、戻ってきたソルさんがパンパンと手を叩く。さすが受付嬢。この手の冒険者同士の揉め事には慣れっ子の様子。
「ソルさん! アンタには関係ないだろ! 放っておいてくれ!」
「冒険者同士のトラブルを仲介するのも私の仕事です。トウコさんのところに行くんですよね? 事情は把握しているので、私も連れて行ってください」
「え、それは——」
ソルさんも危険な目に遭わせてしまうのでは。そう危惧して止めようとしたが、彼女は自信ありげにウィンクを飛ばしてきた。何か考えがあるのだろうか。
「ちっ。分かったよ。こっちだ。ついて来い」
そうして、俺たち三人はトウコの元へと向かった。
***
トウコの部下に連れて来られたのは、街の外れにある寂れた小屋だった。
「入れ」
誘導され、戸を開けて小屋に入る。
そこのベットに横たわる人物を見て、思わず息を飲んだ。
「あ……」
トウコだ。トウコが、頭を固定された状態でベッドに横たわっていた。首は動かさず視線だけを向けてくる。
「見ろよ! お前のせいでトウコさんがこんな姿に!」
だから俺のせいじゃないと思うんだけどなぁ。
トウコは喋れない&動けないようで、フゥフゥと鼻息荒く睨んでくるだけだ。
「お前、裏の薬屋だろ?
なるほど、それが目的で連れて来られたのか。
「作れないこともないが……材料がない」
「なんとかしやがれ!」
「心配するな。それくらいの怪我、普通のポーション二、三本で治る」
「はぁ!? んなワケ——」
声を荒げる太っちょ髭男を、ガリガリ髭男が制した。
「待て。聞いたことある。コイツは強化結晶だけでなく、最高品質のポーションも売ってるって」
「あぁ! ジュースって呼ばれてるやつか!」
トウコ達は強化結晶にしか興味が無かったようで、ポーションの情報は頭から抜け落ちていたらしい。
「よし、じゃあそのポーションでいい。出せ」
「仕方ないな」
「ちょっと待ってください」
割り込んで来たのはソルさんだ。ポーションを取り出そうとする俺を制し、一歩前へ踏み出す。
「なんだ」
「エンバーグさんがポーションを提供する代わりに、トウコさんとの取引を白紙に戻してくれませんか?」
なるほど、怪我を治す代わりに見逃してくれと交渉するのか。しかし、髭男は小馬鹿にしたように鼻で笑う。
「ハッ。力ずくで奪ってもいいんだぜ?」
「力ずく? トウコさんはBランクでお強いですが、お二人はDランクだったと記憶してますけど」
「ぐっ……」
ジェシカが一歩前に躍り出ると、男二人はたじろいで一歩下がった。
「ジェシカちゃんはCランクですよ」
「そ、それでも二人がかりなら……」
ジェシカが懐から何かを取り出し、これ見よがしに口に放り込む。強化結晶だ。
直後。ジェシカの姿が消える。
「っ!」
気が付いた時には、彼女はガリガリ男の背後にいて、短刀を喉元に突き付けていた。
「い、いつの間に……」
男二人も全く目で追えなかったようで、呆然としながら硬直している。
刃を喉元に当てがったまま、ジェシカはガリガリ髭男の耳元へ顔を近づけ、唇を小さく動かした。
「…………」
「ひ、ひぃぃぃぃ!? ご、ごめんなさいぃぃぃぃ! そんな恐ろしいこと言わないでぇぇぇぇ!」
途端に男は武器を落とし蹲る。あの野郎、ジェシカの声を聞きやがったのか。俺でさえまだ聞いてないのに。
ともかく、ジェシカが何か告げたことによって、ガリガリ男は戦意喪失したらしい。
「く、くそ……」
一方太っちょの方はまだ戦意があるようで、武器を握り直しジェシカの隙を窺っていた。しかし、ソルさんの言葉が彼を貫く。
「エンバーグさんの気が変わらないうちに、ご好意を受け取った方がいいと思いますよ。トウコさんはお尋ね者ですから病院にも行けないんですよね?」
「……」
だからこんな街外れの掘っ立て小屋に居たのか。
言い淀むのを見て、ソルさんはここぞとばかりに畳み掛ける。
「早く治癒しないと後遺症が残ってしまうかもしれません。いずれ指一本だけしか動かなくなって、ベルを鳴らすくらいでしかコミュニケーションを取れなくなるかも」
穏やかながら真に迫るその物言いに、トウコがごくりと生唾を飲み込む音が聞こえた。
「……」
葛藤するような表情を見せ、髭男とトウコは顔を見合わせる。ややあって、目線だけによる同意がなされたのか、髭男は諦めたように頷いた。
「……分かった。条件を飲む」
「良かったです。では、エンバーグさん。ポーションを渡してあげてください」
「あ、あぁ」
ソルさん凄い。このイカれ女達を口だけで丸め込みやがった。
「ほらよ」
ポーションを取り出し髭男に手渡そうとするが、
「待て。念のため毒味しろ」
とのこと。毒なんか入れていないので、素直に従いポーションを半分を飲み込んで見せる。ようやく髭男は小瓶を受け取り、トウコの口元へ運んだ。
液体が喉を通り抜けると、ぷはっ、とトウコが息を吐く。ひとまず喋れるくらいには回復したようだ。
「た、助かった。でも一本じゃ足りないみたいだ……もっとくれ」
「トウコさんの口からも同意の言葉を聞かせてください」
「……あぁ。もうコイツらには関わらねーよ」
「本当ですね?」
「あぁ……でも、皮だけ剥いでいい?」
復讐する気じゃねーか。
「だめです」
「頼む、足を一本ずつ折らせてくれ」
復讐する気マンマンじゃねーか。
仕方ない。少し脅かしておくか。
「おいおい、ちゃんと約束守ってくれないなら、解毒薬は渡さないぞ?」
「は? 解毒?」
きょとんと間抜けな顔を見せた後、言葉の意味を理解したのか、トウコの顔に怒りと恐怖が浮かぶ。
「テ、テメェ、何を飲ませやがった!?」
「さぁ、なんだろうな?」
毒なんか飲ませていないが、少しビビらせてやることにした。
「テメェも半分飲んだじゃねぇか!」
「まぁな……うっ!?」
奥歯に埋め込んだ毒薬を舌で掘り出し、そのまま丸呑み。直後、額から汗が噴き出してくる。呼吸も苦しい。きっと顔も真っ青だろう。フラリとよろめくと、両サイドからジェシカとソルさんが支えてくれた。
「っ!? て、テメェ!? 自分も毒を!? イかれてやがる!」
「ト、トウコ、あ、んたは大丈夫……なのか?」
「っ!」
トウコの体も俺と同じような反応を見せる。汗が噴き出し、顔面蒼白になり、ガクガク痙攣し始める。人間の想像力は恐ろしい。思い込みだけで体に影響を及ぼしているのだ。
「かはっ、はぁ、はぁ、はぁぁぁ、てめ、ふざけっ……」
息絶え絶えな彼女を見据えながら、反対の奥歯に仕込んでおいた解毒薬を服用。同時にポーションをもう一本取り出し、半分を飲み干して見せる。このポーションが解毒薬だと思わせるのだ。
またたく間に解毒薬が作用し、体を襲っていた異常が嘘のように消えていった。
「ふぅ。どうするトウコ? 約束守ってくれるなら、この解毒薬渡すけど」
「……わ、分かった! や、やく、約束する!」
「具体的には?」
「はぁ、はぁ……お前らとは、こ、今後一切関わらねぇ!」
「よし」
小瓶を髭男に渡す。あたふたと慌てながら、しかし一滴たりとも零さぬよう、慎重に瓶の中身をトウコの口に流し込む。
思い込みよって生まれた身体異常は、これまた思い込みの力により消えたようだ。
「はぁ、はぁ、くそっ! このサイコ野郎が!」
「ほら、サービスだ。もう一本ポーションやるよ」
「くっ……」
トウコは立ち上がれるくらいには回復したらしい。体の調子を確かめた後、俺を睨んでくるが、襲いかかってくる気配はない。ひとまず約束は守ってくれるようだ。
この場は収めることができた。しかし相手はイカれ女。このまま野離しにすれば、いずれ報復に来るんじゃないだろうか。
俺の不安を読んだように、ソルさんが口を開く。
「さ、トウコさん。そろそろ出発した方がいいかもしれませんよ」
「は? 出発?」
「衛兵の方々が、トウコさんを逮捕するために色々と準備しているそうです」
「た、逮捕だと?」
「えぇ。無銭飲食に市民への暴行・恐喝。それに、麻薬売買。少しずつ証拠集めをして、そして精鋭を募って、トウコさんを逮捕する計画を立てていたそうです」
作戦名は『オペレーション・クイーンブレイカー』と言うらしい。随分大層な名を付けられたもんだ。
「ま、まさか、そんな……」
「今日にでも捕まえに来るみたいです」
「なんだと!? くそ、迎え撃つ準備を……」
「病み上がりなのに大丈夫ですか?」
「ぐっ……」
いくらBランクと言えど、衛兵の軍団には数で引けを取るだろう。まして病み上がりなら尚更だ。
焦るトウコ。そんな彼女にそっと近寄り、ソルさんが優しい声で提案する。
「あの、トウコさん。いっそのこと、逃げませんか?」
「は?」
ソルさんが二つの封筒を取り出した。
「それは?」
「国境沿いのエパルソ地区。そこの冒険者ギルドの紹介状です。それとエパルソ行きの馬車のチケット」
「おいおい、アタシに尻尾巻いて逃げろって言うのか?」
「えぇ。このままこの街に居ても、いずれ逮捕されてしまいますよ? だったらその前に逃げちゃいましょう」
「ぐっ……」
先程準備していたのはこれだったのか。
「……アンタ、冒険者ギルドの受付嬢だろ? なんで衛兵じゃなくて、アタシらみてーなヤツの味方してくれんだ?」
「ふふ、私は受付嬢ですよ? 正義の味方ではなく、冒険者の味方なんです」
「ソルさん……」
ソルさんの輝くような笑顔に、トウコもすっかり毒気を抜かれてしまったようだ。同時に、決心も固めたらしい。
「……分かった。この街での活動も潮時だな。おい、お前ら、準備しろ」
「へ、ヘイ」
「馬車、もう出発ですよ。今すぐ出た方がいいです」
「分かった。エンバーグの皮を剥いだらすぐに出発だ」
復讐する気マンマンじゃねーか。
「トウコさんは行ってください。皮剥ぐのは私の方でやっておきますから」
絶対にやめてください。
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