EP14 埋められた爺さん


 翌日の夕暮れ時。

 俺とジェシカは、いつも〈クレイジー・エイト〉と取引している暗渠あんきょへとやって来ていた。


「それじゃ、ジェシカ……いや、〈ピンキー〉」


 ジェシカの『裏』用の偽名だ。


「今日から正式に販売を任せるぞ」


 フンスフンスという荒い鼻息が返ってくる。やる気十分みたいだ。


「昨日はガヤルドさん達に売らなかったんだよな? 多分知ってると思うけど、俺の一番のお得意さんは〈クレイジー・エイト〉だ。一応、顔合わせしておこう」


 しばらく待っていると、ガヤルドがエミ・リオ姉妹を引き連れてやって来た。その横に見知らぬ顔も一つある。新しく紹介してくれる不良冒険者だろうか。


「おう、エンバーグ」

「どうも」


 彼らはジェシカの姿を認めるなり、ニヤニヤと下品な笑顔を浮かべ始めた。


「おいおい、お前のオンナか?」

「こいつロリコンだったのかよー!」

「ひくわー!」

「ち、ちげーよ。この子はピンキー。仕事の相棒だ。今後はこの子から商品を買ってくれ」


 ガヤルドは少し真面目な顔になって、マントを纏った少女を探るように見遣った。ジェシカは毅然とした態度で向かい合う。


「へぇ。売り子ってわけか。こんな小さいガキに、オレらみてーな奴らの相手が務まるのかねぇ」

「問題ない。俺より適任だろう」

「そいつぁ楽しみだな」

「だったらまず、オレに売ってくれや」


 そう言って一歩前に出てきたのは、今日初めて会う見知らぬ男だ。みすぼらしい装備だが、残忍で凶悪そうな風貌で、ザ・悪人という面構えだった。


「あんたは?」

「スプーだ。よろしくな。くくく」

「アタシらはスプー爺さんって呼んでる」

「誰が爺さんだ。オレはまだ四十代だぞ」


 確かにすごく老け顔だ。曰く、『女房がおっかなくてストレスで老けた』とのこと。


「それじゃ、ピンキー。頼む」


 小さく頷き、ジェシカがスプー爺さんと対峙する。スプー爺さんは何か企んでいるのか、にやにやと不敵な笑みを浮かべていた。


「んじゃとりあえず……ジュースポーションとやらを二つくれや」

「……」


 注文に対し、商品を取り出す素振りを一切見せることなく、ジェシカはそっと手の平を差し出した。先に金を払え、と言いたいようだ。


「いいや、ブツが先だ」


 ジェシカの体はピクリとも動かない。スプー爺さんは腕を組み、威圧するように小さな少女を見下ろす。

 しばし睨み合う二人。ひりつく空気。


 ややあって、スプー爺さんが先に折れた。


「くそ、分かったよ。ほら」


 懐から中金貨が二枚取り出され、乱雑に放り投げられる。が、ジェシカは一歩も動くことなく華麗にキャッチしてみせた。ニセ金貨でないことを確認したのち、商品を取り出そうとリュックを下ろす。

 その時だった。


「うけけけ! 全部よこしやがれ!」


 スプー爺さんの手がリュックへ伸びる。しかしジェシカが素早く反応。その後は何が起こったのか理解できなかった。

 スプー爺さんの姿が視界から消えたかと思うと、大の字状に寝転がっていたのだ。


「?」


 当の本人も何が起きたのか理解できていない様子だ。

 ジェシカはというと、いつの間に拾ってきたのか、大きな岩を抱えてスプー爺さんの頭の横に立っていた。『重くて持てないよ〜!』みたいな顔をしながら。


「!?」


 幅一メートルくらいの岩。仮に落としたら、彼の頭は間違いなく潰れるだろう。状況を理解したスプー爺さんの顔が真っ青になった。


「ま、待ってくれ! 悪かった! ちょっと脅かそうと思っただけなんだ!」


 そんな言い訳には一切耳を傾けず、『もうダメ落ちちゃう〜!』とでも言いたげに、ジェシカはプルプル震えている。

 次第に岩が下がって行き、やがてスプー爺さんの額に接触した。


「痛い痛い痛い! 頭潰れる! ごめんなさいごめんなさい!」


 半泣きのスプー爺さん。それだけ?みたいな無邪気な顔で見下ろすジェシカ。


「わ、分かった! 有り金全部で商品を買う! 買うから許して!」


 それを聞いてようやくジェシカの動きが止まった。岩を軽々しく放り投げると、お菓子をねだる子供のように、可愛らしく両手を差し出しスプー爺さんを見つめる。


「くそー。とんでもねー奴だ。人の頭を潰そうとするなんて……」


 スプー爺さんは起き上がると、金貨入れをジェシカの手の上でひっくり返し中身を一枚残らずぶちまけた。ジェシカは金額を数え、それに見合った分の商品を渡す。お釣りをしっかり返してあげるあたり律儀だ。


 スプー爺さんは手を伸ばしお釣りを受け取る——と見せかけて、


「ヒャハハー! 仕返しだぁああああ!?」


 胸ぐらを掴もう——として、再び投げ飛ばされた。懲りない奴だ。

 ジェシカは少々イラついているように見えた。仰向けに倒れるスプー爺さんの頭の上に、拾ってきた石を黙々と積み重ねていく。


「ちょ、まっ、やめっ」


 抵抗する間もなくスプー爺さんの頭の上には石の山ができあがり、頭だけ岩盤浴しているような状態になってしまった。


「〜〜〜! 〜〜〜!」


 何か喚いているが声がくぐもってしまって聞き取れない。まぁ呼吸できているようなので死にはしないだろう。


「ははは、スプー爺さんが埋まっちまったぞー」


 一連のやり取りを見てケラケラ笑うガヤルド。


「おいおい、嬢ちゃん、やるじゃんよぉ!」

「な、な、エンバーグなんかよりアタシらと組もうぜ!?」


 ジェシカの頭をワシャワシャと撫で、二人仲良く投げ飛ばされるエミ・リオ姉妹。

 やるなジェシカ。不良冒険者を完全に手玉に取っているばかりか、〈クレイジー・エイト〉にあっという間に気に入られた。販売は全面的に任せて問題なさそうだな。


「んじゃ、オレ達にも売ってくれよ。ほら、先に金だろ?」

「……」


 ガヤルドから金を受け取ったジェシカは、彼の顔をじっと睨んで眉を顰める。


「あ? なんだよ、ちゃんと全額あるだろ? ってうわっ!?」


 投げ飛ばされるガヤルド。再び岩を持ち、頭の上に運ぶジェシカ。

 あ、しまった。ガヤルドには特別料金で売ってることを伝え忘れていた。ジェシカは代金をちょろまかされたと思ったようだ。


「お、おい、エンバーグ! この子を止めてくれ!」

「ピンキー、その岩重いだろ? 無理するなよ? 置いたらどうだ?」

「分かった分かった! 今後は正規料金で買う!」


 やったぜ。

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