恋のキューピット大作戦!

 恋のエリカキューピット作戦――その一。


「初手はジェットコースターで一気に距離を縮めるッス!」


 ロジーはエリカの作戦どおりに行動をはじめた。


 エリカが目指したのは、大きな山を高速で駆け巡る、大人気のジェットコースターだ。

 アトラクションの列に並びながら、ロジーは視覚内に作戦を表示させ、確認する。


〈ジェットコースターの落下と同時に、怖がるフリをして羽風はかぜにしがみつく〉


「…………」


 作戦会議をした昨夜は、これでいけると過信していたが、今冷静になってみると、これはあまりにも不自然じゃないかと思えてきたロジー。


 ロジーはアンドロイドだ。ジェットコースターの落下くらいでは何も思わない。恐怖も爽快感もまったく感じることはないだろう。

 最近は色々と『感情』を理解するようになってきたが、アトラクションのような、事前に予測できてしまう事態には、特に『心』が揺さぶられるようなことはない。


 しかし、だ。羽風にエリカにはアンドロイドとバレないようにしろ、と命令されている。ここで無感情でアトラクションに乗っていては、エリカに怪しまれることもあるかもしれない。作戦どおり、怖がり、羽風の腕を掴むくらいが、人間から見たら自然な行動なのでないか? 羽風も、きっとそれを理解してくれるだろう。


 ――シミュレーションの結果、成功率は87%。これなら、心配することもないでしょう。


 結局、作戦決行に腹を決めたロジー。


 やがて順番が回ってきた。いよいよ、作戦を実行するときだ。

 しかし、キャストの案内を受けたそのときだった。


「あ、じゃあわたし一人で乗ります。ロジー、エリカ、二人はいっしょに乗りな」


「「えっ」」


 まさかの事態に、二人の声が揃った。

 ジェットコースターは二人乗りだ――だからこそ、ロジーと羽風、二人で乗り込む予定だったのに、先に羽風にそう言われてしまうとは。


「ででででも! 先輩はいっしょに住んでるロジねぇのほうがいいんじゃ――」

「ほら、早くしろ。後ろも並んでんだから」

「……うぃッス」


 結局、羽風の後ろの席に、ロジーとエリカで乗ることとなった。


「……なんかごめんッス。ロジ姉」


 ロジーは「謝ることないですよ」と答えた。


「エリカ様と乗れるのもうれしいです」

「ロジ姉……!」


 エリカは、何かに気づいたような顔つきになる。


「ロジ姉、ちょっと笑って――?」

「はぁい! それでは登山ツアーに出発です!」


 キャストの人の掛け声で、コースターは発車した。


「わわっ!」


 会話する間もなく、コースターは急な上り坂をぐんぐんと登り、そして――。


「「キャー!!」」


 コースターは一気に落下! 羽風とエリカは思い切り叫んだ。


「……? キャー」


 ロジーも二人を真似て、一拍遅れで叫んでみた。

 コースターは勢いよくレール上を巡り、長かったようなあっという間だったような感覚で、終着した。



「わー! 楽しかったッス! 降りた直後は足ガクガクッスね!」

「そうか? わたしは別になんとも。ロジーはどうだった?」

「そうですね。風が気持ちよかったです」

「なんスか、その余裕感……。二人とも絶叫強いンスね」



 恋のエリカキューピット作戦――その二。


「ホラーアトラクションで吊り橋効果を狙うッス!」


 三人はホラーアトラクションの前に着くが、エリカの顔はなぜか青かった。


「いや〜。ここ、やっぱいいッスね! んじゃ、ウチは出口で待ってるんで、二人とも楽しんでくださいッス!」


 そう言って、その場から逃げようとするエリカの肩を、羽風は容赦なく掴んだ。


「せっかく三人で来たんだから、三人で楽しまないと意味ないでしょ〜」

「ひっ……!」


 エリカは悲鳴をあげるが、無情にも羽風によって、アトラクションに連れ込まれてゆく。


 ――自分が苦手なのに、わざわざ作戦に入れてくれたんですね。


 ロジーは内心そう呟きながら、エリカっていい子なんだなと、再認識していた。



 恋のエリカキューピット作戦――休憩。


「パークグルメは捨てられないッス!」


 パーク内の売店で、チュロスが売っていたので、三人分買ってきてくれたエリカ。


 ロジーは一旦受け取るが、食事はできない。困ったロジーは羽風を見つめた。


 羽風はジェスチャーで、「コイツの隙を見て、わたしがロジーの分も食べる」と言ってくれたので、ロジーはひとまず安心した。


 パーク内を巡りつつ、隙を見てロジーの分も食べるという行為を繰り返した羽風は、なんとかエリカに気づかれずに完食することに成功した。


「これで次、カレーなんて言われたら、ほんとにやってられん」


 羽風がロジーに耳打ちしたそのときだった。


「んー、なんかチュロスだけだと物足りないッスね〜。……そうだ! カレー食べにいかないッスか!?」

「…………」

「……えと。そうですね、行きましょう」



 恋のエリカキューピット作戦――その三。


「ほんのちょっとした場面でもアピールを!」


「あ! パレードが始まったッスよ! 見に行きましょ!」


 エリカは言うや、先に走って行ってしまう。


「もう行ってしまいました。エリカ様を追いかけませんと」


 しかし、パレード前であるせいか、道行く人が多く、真っ直ぐに進めない。


 ――ここは、エリカ様考案の『作戦その三』を実行するチャンスですね。


 そう判断したロジーは羽風の左手を握ろうと、そっと手を伸ばした。だが、人混みに流され、羽風との距離が空いてしまう。


「……博士っ」


 しまった、と思った。作戦は成功ならなかったが、二人の位置は把握している。

 あとから追いつこう、そう思ったときだった。


「!」


 右手を握られる感触があったのだ。


「……まったくロジーは。エリカじゃなくて、お前が先に迷子になってどうする」


 人の波の向こうから覗いたのは、あの温かい安心する笑顔。手を握ってくれたのは、羽風だった。


「……申し訳ありません、博士」


 ロジーも手を握り返した。



 そんなふうに遊園地で過ごす時間はあっという間に過ぎていき、途中からは、エリカも作戦のことなんて忘れている様子だったので、ロジーもこのあとの作戦の件はなかったことにし、三人で遊園地を楽しみつづけた。


「楽しいか? ロジー」


 ふと、羽風はそう聞いてきた。その隣で、エリカが全力でコーヒーカップのハンドルを回していた。

 その光景を見渡してから、ロジーは羽風と目を合わせる。


「はい、楽しいです。博士」


 言葉では伝えられても、今の自分はきっと、笑顔ではなくいつもどおりの無表情なんだろうな、とロジーは思った。

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