15章 『Prepare yourself, the KING of covenants』(2)


「……誰だ」

そう答えつつも、アナンはその不審な物体を撃ち落とす気でいた。だが、男の声と嫌な羽音とが混ざった不協和音のせいか、どうにも手が震えて狙いが定まらない。

『私のことは総帥と呼べ。本当の名前はまもなく思い出すだろう』

「総帥……なんの総帥なんだ?」

どこか抜けたその答えを、総帥もといルドルフは気に入ったようだった。金属と金属がぶつかるような音をたてて笑い出す。困惑するアナンをよそに、ひとしきり笑い終わってようやくその声はやんだ。

『私は《リンカーネイション》の総帥だ。わかるか、我らこそがデストジュレームの革命軍、そして……お前達を狙っている者だ』

「……!」

反射的に弓の弦を引いていた。

怖い。彼の思考が理解できないから。

なぜ笑うのか、なぜ名乗るのか。対象に正体を現してしまったら、それはもう暗殺ではないのではないか。

一方の彼は易々とアナンの矢を避けた。

『相変わらず物騒な男だ。私はもうお前の暗殺など考えてはいない、だから少し話そうじゃないか』

「……」

アナンとしては何を言われようと信用できるわけがないのだが、男は気にせず話し始めた。

『何、不意討ちなどする気はない。気が変わったのだ。整えられた舞台で古い英雄を討つ、それこそが新たな神話に必要なものであろう』

「……訳のわからんことを抜かしてんじゃねえよ。お前の言うこととデストジュレームや俺になんの関係があるんだ」

彼の言葉選びはどこか古くさく、こちらに理解させるつもりもないように感じられる。言ってしまえば独りよがりな役者なのだろうということが少しずつわかってきた。

『ああ、あるとも。大いに関係がある。私のものになるクルーヴァディアのためにな』

「え……?」

クルーヴァディア。

『全ての元凶』

あの言葉が過る。

(クルーヴァディアはもう滅びた国じゃなかったのか? なんで今こいつはそんな話を……)

アナンの思考を読むかのように、ノイズ交じりの声が嗤う。

『クルーヴァディアはもはや過去のものではない。近い将来の理想郷だ。そのために私は……』

「お前のことはどうだっていい。クルーヴァディアとデストジュレームに、俺達に何の関係があるのか聞いてるんだ!」

我を忘れてアナンは声を荒げていた。事態の全容は飲み込めない。それでもただ、彼の個人的で身勝手な願いのために大勢が犠牲になったのだということは直感的に感じた。

『結論を急ぐな、舞台が乱れる。……まあいい。遅かれ早かれ知ることだ、教えてやろう。今のデストジュレーム王国がある辺り、そこにクルーヴァディアの都があったからだ』

アナンの怪訝な表情は彼の気に食わなかったらしい。大きな溜め息が聞こえる。

『お前は察しが悪い。私はクルーヴァディアの地をこの手に取り戻す。……それすなわち、クルーヴァディアを蘇らせるのだ! ……それがどれほどお前達にとって不味い事態か、わかるだろう?』

「は……?」

思いもよらぬ言葉に瞼が震える。

『答えよ、アナン=アイオン。或いは……』

だが、アナンを待ち受けていたのは更に衝撃的な言葉だった。

言わば、運命。

例えば、導き。

狩人を『英雄』に仕立て上げるその言葉で。

――言葉の最も鋭い意味で。

望まれるのは登壇の合図。

『英雄』に二度目があるのなら。

それはきっと。


この時だ。


『……クルーヴァディア王エトムント、その生まれ変わり』

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