一難去ってまた一難って話。

 叫び声の主は、僕が庇ったおかっぱの女の子だった。


「もう……いいから…………わたしは、だいじょうぶだから……だから、もう、ケンカしないで……!」 


 ぼろぼろと大粒の涙を流しながら、悲痛にそう訴える。


「お兄ちゃんたち、こわいよぉぉっ…………!!」


 ……小さい子のそんな泣き顔は、はっきり言って、


 そんな顔をさせてしまった自分が、ひどく邪悪な存在に思えてくる。


 いや、そもそもこのケンカの火蓋ひぶたを切ってしまったのは、僕だ。


 聞き捨てならない事を言われたとはいえ、僕が勝手にキレて、先に攻撃らしい攻撃をしてしまったのだ。


 ……宮本武蔵は先手必勝を是とした。しかしそれ以前に、冷静さを説いた。


 僕は、武蔵の弟子失格だ。


 樺山かばやまも、僕と同じ気持ちらしい。こわばっていた全身から力を抜き、うつむいて大きくため息をついた。


「…………もう、ここでにしない?」


 僕の提案に、樺山は「ちっ」という舌打ちだけを返した。


 はっきりした答えではないが、それでも「是」であるとなんとなく分かった。


 女の子に近づき、安心させるように頭を優しく撫でてやる。


「……怖い思いさせてごめんね。お兄ちゃん達が馬鹿だったよ。許してくれる?」


「う……うん…………こっちこそ、ごめんね。あと、お兄ちゃん……」


「なんだい?」


「お兄ちゃんの鼻血……わたしの髪に落ちてくるの」


「うおぁっ。重ねてごめんよっ」


 一歩退いて、女の子の髪の毛についた僕の血を制服の袖で拭う。髪の毛は女の命だ。


 ティッシュはないものかと持ち物を調べようとした時だった。




「おい、こっちだ! ヌマ高の奴はこっちだぁ!! 早く来てくれぇ!!」


 


 そんな必死な声と、数多くの足音や声の重複が、どこからか聞こえてきた。

 

 何があった? いや、ヌマ高の奴? 誰だそれは?


 僕が疑問を抱くや、樺山は舌打ちした。


「くそっ、団子共が……!」

 

「えっ?」


「だいたい予想はつく。……俺がさっき逃した奴が、援軍を呼びやがったんだ。団子がよく使うパターンだ」


 一瞬焦ったが、すぐに平静を取り戻す僕。


「まぁ、君なら大丈夫でしょ。七人相手でも圧勝だったし。ナイフも怖くないみたいだし」


「バカ言え。……。誰かさんのせいでな」


 はっ、と息を呑んだ。


 そうだ。彼は今、頭が揺れていて平衡感覚が狂っている。僕が揺らしたからだ。


 樺山は、諦めたような口調で言った。


「……行けよ。そのガキ連れて。このも、しばらくすりゃ治んだろ。治るまでの間、甘んじてあいつらに殴られてやる。回復したら、一気にぶっ倒してやるさ」


 僕は、押し黙った。


 そして考えた。


 ……正直、あのケンカは樺山の問題だ。どういう形であれ、樺山一人の問題と責任だ。


 僕がしゃしゃり出るべきではないし、そんな義理も無い。


 そうこう考えているうちに、足音の群れはどんどん近づいてくる。


 僕は、おかっぱ幼女の方を向く。


「ねぇ、僕この辺の道に明るくないんだけど……隠れられそうなところってある?」


 女の子は一瞬きょとんとしたが、すぐにこくこくと頷いた。


 それを確認すると、僕は樺山の左腕を肩で担ぎ上げた。それによって、強引に立たせた。


 ……おっも。

 

「テメェ……なんのつもりだ?」


「分からない? 君を隠すんだよ」


「それは分かんだよ。……なぜ助ける? テメェには関係の無い事だろうが」


「あの子が見てるからだよ。……子供が見てる前では、良い大人でいなきゃ」


「……ヌマ高入ってる時点で、良い大人もねぇだろうに。離せ。テメェの施しは受けねぇ」


「あの子が見てる前でまた僕を殴る気?」


 それを言った途端、樺山は黙ってしまった。


 子供パワーってすごい。


 でも、それに動かされている時点で、樺山は乱暴なだけであって悪人ではない。


 それだけでも、十分助ける意味はあるじゃないか。


 女の子は、近くの路地裏を指差した。


「こっち」

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