第35話 『一蓮托生』数え年と誕生日プレゼントについてへの応援コメント
修正、ご苦労さまです。
「数え年」は、私の祖父がギリで使っていた世代でしょうか。
私がきっちり認識したのは中学生の頃に読んだ、漫画の「あさきゆめみし」でした。
登場する匂宮が、我が子に「年も改まって、ひとつ大人になったな」と言ったので、昔は年齢の数え方に違いがあると知った次第です。
その慣習が千年以上続いていたのは、感慨深いものです。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
私の世代はもう満年齢が当たり前の世代なので、戦後すぐまで数え年が残っていたというのは驚きでした。
全文拝読いたしました。人物や物語から受ける印象は、細かい描写や言い回しの積み重ねが物を言うのだと、改めて勉強させていただきました。
読者としての私は無意識に行間を読んだり、人物の背景を想像で埋めてしまいがちなので、読みすごしてしまっていたニュアンスが多くあったのだなと気づかされます。
あじさい様の的確なご指摘はもちろん、それに即対応する大田様の筆力も素晴らしいです。一蓮托生シリーズの展開を含めた、これからのご活動を応援しております。
作者からの返信
こちらこそ、長文をお読みいただき、本当にありがとうございました。
読者の方がどのように作品を理解しながら読まれたかというのはなかなか作者には伝わらないので、今回のやりとりは本当に有意義でした。
この経験がこれからの作品に生きるよう、精進したいです。
電撃大賞に応募したことはないですが、あらすじ欄にネタバレを含む内容を記載する場合「事前警告を記載した上で、改行を大量に入れて初見で見えないようにする」という対策も可能かと思います。
拙作「神の一皿は勝利を約す」(プロフィールの代表作欄に貼っています)にて、あらすじの人物紹介欄でやっているので、参考にできそうなら使ってみてください。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
警告を入れるというのは確かにいい考えですね。五色ひいらぎ様の作品も確認させていただきます。
第27話 『ゴジラ−1.0』と『一蓮托生』と『泥中の蓮』への応援コメント
『ゴジラ−1.0』を鑑賞されたんですね。
戦後の混乱期にゴジラを大暴れさせるという発想は、CGアニメを遥かに凌ぐCG特撮ならではのスケールの大きさだったりするので、果たして私のかよわい心臓がどこまでもちこたえられるのか、といった限界に挑戦するような、そういう印象を受けてたりするのですが、この記事を読んだら気持ちがぐらついてきましたw
大田さんのXのアカウント見つけましたので、リスト登録させていただきますね。
『一蓮托生』の方も、隙間時間をみつけて読ませていただきますね。
お返しギフトもありがとうございました。
明日から朝晩の冷え込み続くみたいなので、暖かくして休んでくださいね。
作者からの返信
感想ありがとうございます。確かにゴジラは怖いですが、今回は人間ドラマの面も非常に掘り下げてますので、あまり恐怖を感じられず見られました。
xのフォロー、ギフトもありがとうございました。
第21話 『一蓮托生』の裏話 その9 八馬と廣本の話への応援コメント
廣本……まさかとは思ったのですが、本当に洒落で付けられていたとは。八馬の方は言われるまで気付きませんでしたが、なるほどと腑に落ちました。ダジャレは私もよく使う手法なので、ちょっぴり親しみが湧きました。
作者からの返信
八馬と廣本に関しては脇役の敵サイドということもあり、あまり感情移入できないように洒落で名前を付けました。廣本がここまで重要キャラになるとは考えていませんでした。
編集済
第9話 「高橋蘇芳」の名前変更についてへの応援コメント
もう決められた後ですが「周防《すおう》」でも、百官名として伝統的な古い日本人の名前になりますけどね。
実は我が家は、当主が代々襲名する名前があるんですけど、明治以降は改名したりしないようです。それで百官名というものを知りました
作者からの返信
「周防」にする案もあったのですが、同姓同名の同人作家さんがネットで活動していらっしゃるので避けました。「周央」の名字もVチューバーの方がいらっしゃるのですが、比較的マイナーかなと思いまして。
第38話 『一蓮托生』電撃大賞の講評が届きましたへの応援コメント
講評を通して触れさせていただいた作品でしたので、お節介ながら少しだけアドバイスをさせていただけたらと思います。
お目汚しでしたら、削除していただいても大丈夫です。
>「現実の日本が舞台か、架空の日本が舞台かがよく分からない」
こちらの指摘についてですが、前提として、電撃文庫はジャンル不問ではあるものの、選考の過程では冒頭数ページでジャンルを大まかに確定させる、いわゆる「棚別読み」が行われやすいように思われます。
「ファンタジー」なのか、「学園もの」なのか、「架空の日本」なのか、といったカテゴリに無意識に振り分けられ、そこで一度でも判別が揺らぐと、読み手側に違和感が残ってしまう可能性があります。
特に電撃では、「架空日本」「現代風ファンタジー」「史実モチーフの改変」といった作品が多く集まる印象があるため、冒頭やあらすじでは、ジャンルの誤認を招かない工夫が重要になるのではないかと思います。
>誤解を招かないようにする
問題は史実へのこだわりや取材量ではなく、読者が冒頭で「迷わず現実だと確定できる想起ポイント」があるかどうか、なのだと思います。
たとえば一案として、冒頭で主人公や関係者が過去を語る回顧形式を取り、現代の日本で生きている姿を短く示す、という方法があります。
これは洋画などに多い手法ですが、老人ホームや日常的な現代の生活装置など、読者が即座に現実だと想起できる要素をフレームとして置くことで、物語が史実と地続きであると無意識に理解させることができます。
重要なのは形式そのものではなく、読者が迷う前――できれば冒頭で、世界観を一度「確定」させてしまう設計なのだと思います。
>登場キャラクターが多すぎる
こちらは明確で、「多い場合、覚えきれず、結果として感情投資が分散しやすい」という点で、公募においては即座に不利に働きます。
削るというより、役割の統合(同じ機能の人物を一人にする)が、現実的な改善点かもしれません。
>中盤ピーク・後半減速
これは構成上の弱点というより、「応募用調整によって主題側のエネルギーが削がれた」という自己分析は正確だと思います。
ただ、公募では事情は一切考慮されないため、後半に「感情的な不可逆点」が残っていない構成は、その時点で落とされやすい印象があります。
読後に余韻が残るような設計が必要になるかもしれません。
一次通過できるということは、大田様には「文章力」「人物造形」「題材選択」「書ききれる体力」が、すでに土俵に乗っている、という評価でもあります。
自己分析を拝見する限りでは、「読者がどこで迷子になるか」という点を、まだ掴み切れていないように思われました。
そこを意識できると、次は確実に変わると思います。
長文、失礼いたしました。
応援しております。
作者からの返信
こちらこそ、いつもありがとうございます。
> 問題は史実へのこだわりや取材量ではなく、読者が冒頭で「迷わず現実だと確定できる想起ポイント」があるかどうか、なのだと思います。
> たとえば一案として、冒頭で主人公や関係者が過去を語る回顧形式を取り、現代の日本で生きている姿を短く示す、という方法があります。
『一蓮托生』執筆のきっかけとなった短編『令和二年、それぞれの秋』では、かつらが亡くなったのが令和元年であり、康史郎がかつらの人生を語るというエピソードがあります。かつらのお墓参りをする康史郎のシーンを冒頭に入れ、そこから昭和22年に遡るとというのはどうでしょうか。ここでお墓に「京極家」とあれば、かつらと隆は結ばれるという予告にもなりますし。
あと、同じ問題が『疾風勁草』でも考えられるかもしれないというのも不安な点です。パッと考えつくのでは、現代でノゾミ・トクエの音楽がサブスク解禁され、真優美がスマホで『あなたと、いきたい』を聞くシーンを思いついたのですが、どうでしょうか、
> 削るというより、役割の統合(同じ機能の人物を一人にする)が、現実的な改善点かもしれません。
これは書いていて思うのですが、何にでも対応できるサブキャラというのは都合良すぎると思うのです。後、同じ世代のキャラクターだけというのも話が広がらない気がします。この辺、神山さんはどう考えられますでしょうか。
『疾風勁草』でもキャラクターを増やさないよう努力をしたつもりですが、昭和時代にメインキャラクターのほとんどが一人っ子か二人きょうだいなのはどうかと思い、秋恵を三人きょうだいにしたくて妹弟を出したのですが、ここは無理に出さなくても良かったと今なら思います。
当初構想にあったリカの同僚、カンナについては先輩のアヤメで代替できたので良かったと思います。
> ただ、公募では事情は一切考慮されないため、後半に「感情的な不可逆点」が残っていない構成は、その時点で落とされやすい印象があります。
読後に余韻が残るような設計が必要になるかもしれません。
> 自己分析を拝見する限りでは、「読者がどこで迷子になるか」という点を、まだ掴み切れていないように思われました。
そこを意識できると、次は確実に変わると思います。
今後の課題として考えていきたいです。改めましてコメントありがとうございました。