第31話 デッドライン
※ 第七部Aの31話を先にお読みください。
×××
サンディエゴ相手に負け越したメトロズは、次はピッツバーグとの対戦となる。
敵地で行われる四連戦。
序盤でしっかりリードを取れるかが、二戦目以降の課題となるだろう。
第一戦は武史が投げるので、完投が前提となっている。
坂本としてもピッツバーグ相手なら、武史の力なら充分だろうと予測している。
ニューヨークから移動し、そのまま試合は開始。
大介の打順は二番に戻り、またスタメンでショートにも入っている。
結局完全に復帰するまでは、約一ヶ月かかった。
もっとも本人も、もっと早く守備に就いても良かったかもな、とは思っていたが。
一回の表、ステベンソンが出塁し、大介の第一打席。
ここから既に勝負を避けたほうがいいと、冷静に考えたら分かるはずである。
しかしピッツバーグは今年、既に首位から20ゲーム差。
最下位争いをしているのだが、この場合はむしろ最下位になった方がいい。
なぜならそれによって、ドラフトの指名順位が上がるからである。
かつてMLBにおけるドラフトは、完全ウェーバー制であった。
これは昨年の勝率の低いチームから、順番に選手を指名できるというものであったのだ。
しかしながらそれは、タンキングが繰り返されることにもなった。
より高い指名権を得るために、わざと試合に負けるということである。
そんな状況が健全なはずもなく、今では少し変わっている。
下位に沈んだチームが、必ずその勝率順に指名権を得られるわけではない。
抽選で一位の指名権を得られる可能性が高くなるのと、あとは分配金などの関係もあって、ひたすら負け続ければいいというわけでもなくなっている。
アメリカンドリームというのは、要するにマネーだ。
貧困層に生まれ、教育の機会もあまりない人間は、頭がいいか運動神経が良くない限り、そこから脱出する手段はない。
あとは違法なものに手を出す壊れた人間も、成功の余地はあるが。
世の中は意外と、悪党でも普通に死ねるものである。
そんなアメリカンドリームを持ちながら、大介に勝負を挑む。
この舞台に立っている時点で、おおよそアメリカでは勝ち組だ。
欲望に囚われなければ、どうにか一生を生きていける。
だがより巨大な欲望があれば、さらなるドリームを掴めるかもしれない。
それを叩き潰すのが大介である。
バットが一閃し、ボールはスタンドへ突き刺さる。
かくしてメトロズによる蹂躙が始まった。
武史としてはここのところ、わずかだが調子が悪い。
武史個人がと言うよりは、メトロズの投手陣全体の問題と言えよう。
だが大介がショートの位置に戻り、守備力は改善。
珍しくも普通にヒットを打たれたが、それでも失点は一点まで。
坂本はどちらかというと球数が少なくなるリードをした。
この試合はメトロズは、圧倒的な打撃が炸裂したからだ。
9-1の圧勝で、まず初戦を制した。
メトロズに懸念がないわけではない。
大介が復帰して打線は復活したものの、大物狙いになってきている。
打率は下がっているが、OPSは変わらないという、歪な状態だ。
つまり長打率が上がっているのだ。
この第一戦でも、一本だけ打ったのがホームランになった。
そして三振の数が明らかに増えている。
大介は超高打率の超長打率を、同時に備えたバッターであったはずだ。
それでもさらに長打を狙うのは、どれぐらいを取っておけば安心できるかが、分かっていないからだ。
武史のように完投できるピッチャーは、今のMLBにはほとんどいない。
完投するとしても、シーズンに二回から三回程度。
半分以上を完投していれば、もうモンスターと言われてもおかしくない。
大介はこの時期、フロントが大きく動いていることを知っている。
二年前には上杉がやってきて、それでもアナハイムには負けたものだ。
使い方が悪かったというか、そのようにしか契約していなかったから仕方がないが、上杉が先発で投げてくれていたら、アナハイムにはしっかりと勝てただろう。
直史と互角に投げ合えるのは、やはり上杉ぐらいであるのだ。
真田も状況によっては、投手戦を繰り広げたものだが。
アナハイムがチーム解体に走りそうだとは、噂話でも聞こえてくる。
ターナーがシーズン前から大変だった上に、樋口までもが離脱したからだ。
直史と樋口のバッテリーは、間違いなく大介の知る限りでは、最大の対戦相手であった。
それでも去年は、かろうじて勝ったと言えなくもない成績を残したのだ。
何度も何度も負けて、ようやくの一勝。
プロとしては一度勝っただけでは、とても本当の勝利とは言えないのだろうが。
あそこのピアースはいいピッチャーだ。
クローザーとして毎年、30セーブ以上を安定して上げている。
とにかくリリーフ陣のピッチャーは、肩肘の消耗が激しいと言われている。
耐久力の復活確認とはいえ、よくも上杉はクローザーを一年もやったものだ。
直史がトレードを承諾することは、大介も分かっている。
アナハイムは今、戦力を補強するような余裕はない。
そのアナハイムからピアースを獲得し、そして直史がボストンかラッキーズ、あるいはミネソタあたりに移籍するのか。
ただミネソタのフランチャイズであるミネアポリスは、基本的に白人の街である。
他の人種も増えてきたと言っても、まだ半分以上が軽く白人の都市なのだ。
別にそこまでひどい人種差別などは聞かないが、アメリカ北部の内陸都市は、ロスアンゼルス大都市圏とは違う。
直史がミネソタに行けば、それはもちろん強力なチームになるだろう。
だが今の時点でミネソタは、課題だったクローザーも獲得したため、使える資金力の限界になっているとも思えるのだ。
直史が最強のピッチャーだとは、誰もが認めるところであろう。
今のアナハイムの状況でも、ずっと完封を続けているのだ。
ただ直史は人見知りと言うか、あまり状況を変えたがらない保守性を持っている。
出来ればアナハイムのまま、最後の年を迎えたかったであろう。
そうでないならばラッキーズに来るべきだろうか。
メトロズはラッキーズとの試合を、雨のための延期で一試合残している。
そこで対決できれば、レギュラーシーズンでの対決も一つ増える。
そうなればいいな、とは大介は思っているが、あとはボストンなどもまだ対戦カードが残っている。
去年のワールドシリーズ、大介は己の限界を超えた。
だが超えた先には、まだ他の風景が広がっていたのだ。
あそこをずっと、直史は見ていたのか。
まだまだ野球の道は、遠い先につながっている。
そこに果てはなく、ただその途中で全ての人間は、道を歩むのをやめるのだろう。
野球の歴史は人類の歴史の一部で、その限界はない。
おそらくそれが正しい野球の見方なのだ。
翌日、大介はまたもホームランを打った。
五試合連続であり、そして復帰後の九試合で、九本のホームランである。
もしこれを最初からやっていたら、162本を打っていたであろう。
もちろんそんなことは、ありえないことなのだが。
先発のジュニアが六回を二失点に抑えながら、リリーフ陣が四点を取られる。
打線が八点を取っていたので、どうにか試合自体は勝つことが出来た。
圧倒的な打線の力で、乱打戦を制する。
今年のシーズン序盤の、見てる方は楽しいゲームになっている。
ただ大介は、打率の低下に満足していない。
やはり四割近くまでは、上げておきたいのだ。
「いや、あんた今、四割五分ぐらい打ってるでしょ?」
「七月は四割にいってないんだよな」
武史は呆れるばかりである。
勝つ時は大差、負けるときは僅差。
現在のメトロズの状況は、楽観できるものではない。
ポストシーズンに入れば、一試合の勝敗の価値は、レギュラーシーズンとは比べ物にならなくなる。
つまり僅差で勝てるチームが、それだけ強くなるのだ。
ミネソタあたりの上位打線と、今のメトロズが当たったら、おそらく武史意外は勝つのが難しい。
それにあっさりと勝っている直史が、おかしいだけである。
第三戦、メトロズの先発はスタントン。
一回の表、メトロズはステベンソンが凡退し、大介の打席。
大介はMLB初年度に、八試合連続ホームランという記録を持っている。
だがそれ以降は警戒されて、そもそも勝負をされることが少なくなっていた。
現時点で六試合連続というホームラン記録。
それをこの試合、第一打席で七試合まで伸ばした。
ピッツバーグとしては、せっかく観客の多い試合なのだから、とにかく楽しんでもらわなければいけない。
そして分かりやすくて面白い試合は、ホームランがたくさん出る試合だ。
もちろん地元のチームが勝つことが、ピッツバーグとしてもいいのは間違いない。
だがもしそれが不可能であるなら、正面から対決して、点の取り合いにすべきなのだ。
メトロズは、武史というバランスブレイカーなピッチャーがいる。
しかし今日の先発は、そこまで狂った性能のピッチャーではない。
大介にしても、ホームランはソロならば許容範囲。
しかし二打席連続ホームランは、ちょっと待って欲しいものなのだ。
結局は外のボールで打ち取りつつも、ランナーとしては出してしまっていた。
大介は復帰してから、まだ盗塁を記録していない。
既に現時点で54盗塁を決め、もう盗塁王はほぼ確定している。
それを六月までの時点でやっていることが、明らかにおかしいことなのだが。
やはり足もあるところを見せないと、平気で敬遠されてしまうのか。
しかし大介は、盗塁などのリスクを考えている。
決める自信はあるが、故障は絶対にしたくない。
それにホームランばかりを狙っているのは、走ることを避けているというのもある。
来年以降はともかく今年だけは、絶対にこれ以上故障してはいけない。
慎重にも慎重を期して、その上で試合には勝つ。
そのためにも早々に、クローザーの手配はしてほしいものなのだが。
ピッツバーグとの最終戦も、大介はホームランを打った。
これで七試合連続と、復帰してから平均で一試合に一本のペースで打っていることになる。
まさか、と周囲は思い始める。
17試合も欠場していながら、まさか、という話だ。
この七月、結局大介は二桁の本塁打を打っている。
あと一試合残っていて、11本を打っているのだ。
残りの試合は58試合。
二試合に一本打っていけば29本。
これを52本に足せば、あら不思議、キャリアハイの81本に並ぶではないか。
……まあNPBでも似たような例はあるので、不思議ではないのか。
……いや、やはりこれを不思議ではないというのは無理があるか。
移動に一日を使って、七月の最終日。
ワシントンを相手にアウェイのゲームである。
いまだにクローザーのトレードの話は聞こえてこない。
ただピアースのトレードは確認されていない。
また直史のトレードもだ。
直史の約束は、プロの世界で五年間を過ごすこと。
大介との対決は、絶対条件ではない。
大介がMLBに来てしまったせいで、対決の機会を一年分無駄にしていた。
そして最終年の今年、アナハイムもメトロズも、ポストシーズンを勝ち進むことが難しくなっている。
こんなことならいっそ、同じリーグの同じ地区、そして違うチームにいた方がよかったのか。
それならば対決の機会は、何度も訪れたことだろう。
だが大介としては、NPB時代のことを思い出せば、舞台が整わなければ全力を出せないというのも分かる。
去年はどちらもが、本当に追い込まれた状況にあった。
なにせ直史は、消える魔球を投げてきたのだから。
それに対して大介は、ならば見ずに打つという、まさに心眼を必要とするバッティングをした。
両者が共に高めあわなければ、あの領域には達しない。
ボストンかラッキーズあたりがいいな、と大介は思っていた。
一番ア・リーグのチャンピオンに近いのは、ミネソタではあるだろう。
だが大介の感覚的に、あまりライバルという感覚もない。
レギュラーシーズンで対戦したのが、まだ強くなる前であった、というのもその理由である。
ボストンならばニューヨークから比較的近く、またレギュラーシーズンの終盤に対決がある。
ラッキーズは一試合雨天で中止になった試合を、またする機会がある。
なのでレギュラーシーズンで直史と対決するにも、そのどちらかがいいとは思っていたのだ。
直史ならタンパベイやトロントでも、ポストシーズンまで力を引き上げてくるかもしれない。
だがキャッチャーのレベルを考えれば、やはりそのどちらかだと思うのだ。
トレードデッドラインの七月の最終日。
この日はさすがに、大介も集中力を乱していた。
ワシントンを相手に、三打数のチャンスがあって、ヒットが一本も出ない。
ホームランの連続記録は七試合で、キャリアハイを更新することはなかった。
なお試合にも負けてしまった。
トレードについてはネットでも、ほとんとタイムラグなく、状況が更新されていっている。
なぜならこれが分かっていないと、売れる商品があるかどうか、買う側にも分からないからだ。
時間まであと四時間ほど。
そんなところでホテルに戻った大介に、電話がかかってくる。
直史からの連絡だ。トレードが向こうは成立したのか。
ひょっとしたらメトロズは、複数年で使えるクローザーを欲したのかもしれない。アービングは来年の頭には、まず間に合わないのであろうから。
「もしもし」
『大介、現時点での俺のトレードが決定した』
「ほうほう」
『メトロズだ』
「うちか。……え?」
目が点になった大介の様子を、直史もおそらくは分かっていただろう。
『俺にもどういうことかは分からないが、今のところそうなっているらしい。もちろん今からトレード拒否権を使うことも可能だが』
まずは詳しい話を、大介からセイバーに聞いて欲しいという。
同意が必要な直史のトレードは、出来る限り相手からの連絡に出られるようにしておいた方がいい。
「分かった。その件については俺の方から連絡してみる」
『頼む』
電話を切ると、大介はセイバーの番号にかける。
ワンコールで相手は出た。
「どうなってるんですか!」
前置きのない大介の声には、セイバーもしっかりと応じる。
『私にもどうしようもないことはあるの』
いや、それは嘘だろう。嘘だと言ってよセイバーさん。
『直史君の条件を、ワールドシリーズ進出が現実的なチームということにしたら、アナハイムのGMはそのように動いたのよ。契約延長を拒んだ意趣返しかもしれないわね』
そしてそれを、メトロズのGMは受けたというわけだ。
ピアースも直史も、今年で契約は切れる。
そして年俸は、インセンティブを含めなければ、ピアースの方が高い。実はそうなのである。
実際は直史にはインセンティブが多くつくので、ほぼ同額になるのだ。
またクローザーとして使うなら、そこにもインセンティブがついていく。
セーブもホールドも、一回ずつで10万ドルだ。結局は直史の方が高い。
しかしピッチャーとしての安定感を考えるなら、それでも直史の方を選択するだろう。
メトロズの判断は間違っていない。
そしてピアースの方も、既にトレードが完了したらしい。
ここから出来ることは、直史がトレード拒否権を行使して、他のチームとのトレードを成立させること。
だがそうなるとメトロズも、またどうにかクローザーを獲得しなければいけなくなる。
この残されたぎりぎりの時間で、直史のトレード先が決まり、そしてメトロズがクローザーを獲得する。
とても難しいことだとは、大介にも分かる。
メトロズはクローザーがいなくても、どうにかこうにかポストシーズンには進出するかもしれない。
だがクローザーがいなければ、ワールドシリーズまで勝ち進むのは難しい。
そして大介の見立てでは、直史がメトロズのクローザーをするならば、間違いなくポストシーズンまでは進出が可能だ。
さらにポストシーズンに入ってしまえば、先発でとにかく確実に勝ってしまう。
去年のアナハイムは、直史を先発としてもリリーフとしても使い、スウィープでワールドシリーズまで勝ち上がった。
絶対的なピッチャーが、二人も揃ってしまうのか。
大介としては、どうすればいいのか分からない。
直史との対決ではなく、共闘を目指すべきなのか。
確かにそれはそれで、チームやファンは望むとことではあるのだろう。
しかし直史との決着は、もうつかないことになるのだ。
「うちのGMは、ナオをさらに動かすと思いますか?」
『ないでしょうね。あとトレード拒否権は、現時点でも存在するから』
直史をさらに移籍させる。
残り数時間で、ころころと所属チームが変わるのは、だからあることなのだ。
大介は困った。
「どうすればいいんですかね」
『……決定権は白石君にあるわね』
そう、決めるのは大介だ。
直史をプロに引きずりこんで、アメリカにまで来させたのは大介だ。
トレード拒否権などについても、大介が直史に要望したことだ。
アナハイムに所属したまま、ワールドシリーズに進出するのは、それ以前のポストシーズンが無理だろう。
ターナーに樋口が離脱して、アレクも短期間ながら離脱。
そしてシュタイナーとピアース、マクヘイルを放出したアナハイムは、直史以外ではほぼ勝てないチームになっている。
決めるのは大介だ。
直史にアナハイムに残ってもらうのか、それともメトロズに来た時点で、トレード拒否権を行使してもらうのか。
「セイバーさんはうちのGMが、他のチームにナオを渡すと思いますか?」
『可能性は0ではないけど……』
おそらく0.1%よりも低いであろう。
契約が今年限りの直史を欲しがるのは、ボストンやラッキーズなど、ポストシーズン進出や、ワールドシリーズ制覇を目指すチームになる。
だがメトロズが獲得したのは、確実にワールドシリーズ連覇を狙ってのことのはずだ。
「ちなみにうちからは引き換えに誰を出したのか分かりますか?」
『お金プラスマイナーのピッチャーとバッター二人だそうよ』
さすがに今の主力は放出しなかったというわけか。
「分かりました。ナオに話してみます」
『そう……。選択はどうあれ、良い結果になるのを祈っているわ』
セイバーの祈りは、クリスチャンではあるが、あまり効果はないであろう。
直史に電話すると、やはりワンコールで出た。
そしてセイバーから聞いた話をすると、さもあらんと頷いたものだ。
『今のところメトロズのGMからは電話が来ていないから、さらなるトレードはないと思うが……どうする?』
「今からまた他の強いチームに行ってくれるなら、俺としてはその方が面白いんだけどな」
一緒にプレイするというのも、懐かしさを感じるものだ。
最後に一緒のチームであったのは、まだ直史がアマチュアであった頃か。
直史は選択を大介に委ねた。
メトロズで共にプレイするのか、それとも拒否してアナハイムに残るのか。
メトロズに所属が移ったとして、そこからさらにトレードの話が出たらどうするのか。
「他のチームでポストシーズンに出られそうなところに出されるようなら、そうしてほしいな。それでうちに来るなら……もう仕方がないから、ニューヨークを盛り上げていこうか」
『久しぶりの同じチームか』
直史と大介が同じチームになったのは、それなりに多いことだ。
高校時代から始まって、ワールドカップの日本代表に、WBCの日本代表。
そしてプロではセ・リーグのメンバーとして、わずかながらオールスターにも出た。
それ以降の共闘となるのか。
不思議なことに対決していても、敵というイメージはあまりなかったが。
あとは、運命に任せるべきだろう。
「俺とナオがいれば、MLBのチーム連勝記録ぐらいは作れるかもな」
『俺の役目はクローザーになるのかな? まあその方が年俸は増えるからありがたいんだが』
直史は恐ろしいことに、まだ七月の時点で、間違いなくサイ・ヤング賞に選ばれるだけの実績を残している。
ここから両リーグのサイ・ヤング賞を目指すというのは、さすがに現実的ではない。
武史がいなければ、そして先発として使われれば、その可能性もわずかにあったのかもしれないが。
いや、さすがに12試合ぐらいしか先発は回ってこないから、無理だとは思うのだが。
ともあれ、直史のメトロズ移籍までは決まった。
あとは今日中に、さらにどこかに移籍させるか、電話がかかってこないことを祈る。
今年で契約が切れる直史を、弱小下位集団が欲しがることはない。
ぎりぎりまで移籍の可能性は残っている。
だがそれに直史が頷くかどうかは、また別の話だが。
電話を終えた大介は、時間が経過するのを待つ。
情報サイトでは直史の移籍が表示され、ネットは大騒ぎになっていた。
ここからさらにメトロズが動いていくのか、誰もが注目しているだろう。
しかし思い返してみるが、果たしてこれは誰の考えたことなのか。
セイバーは自分だけのせいではないという口調であったが、直史を売り込んだのではないか。
いや、ピアースがまだいたのだから、単純にそちらを取ってもよかったのではないか。
直史と情報を交換すれば、裏の動きが見えるのかもしれない。
だが今更セイバーを問い詰めたとして、どうにかなるものではないだろう。
トレードを拒否すると今更言っても、アナハイムはもうチームを解体してしまった。
だからあとは直史の先発適性を考えて、他のチームがクローザーと一緒に売り込んでくるかどうか、というあたりが肝になる。
何かが分かったとしても、もう働きかける時間がなかった。
セイバーが本当に意図的にこうしたなら、そちらから働きかけてもらうことも出来ない。
大介はGMにある程度面識があるが、直史の放出など提案するだに無駄だ。
リリーフとしての適性も、去年のポストシーズンで、しっかりと示してしまったのだから。
また直史の奪三振率は、充分にクローザーとしても通用するほど高い。
時計の時間が深夜の12時を過ぎた。
だが移籍のサイトはまだ反映に、わずかに時間がかかっている。
本当にぎりぎりまで、選手の動きは見えている。
特に直史の所属が移動してからは、他のチームも動き始めた。
大介も今年で四年目であるが、去年まではそれほど興味はなかった。
しかしここまで、本当にぎりぎりで動くことがあるのだ。
今年は特別、と言ってもいいのかもしれないが。
あまり注意はしていなかったが、上杉が移籍した年も、それなりに大きな動きはあったかと思い出す。
完了の表示が出たとき、直史の所属はニューヨーク・メトロズのままであった。
かくして最強のピッチャーが、残りの二ヶ月、いやポストシーズンまで合わせれば、三ヶ月をニューヨークで戦うことになる。
最強のバッターがいる、メトロズで共に。
「ようこそ、ニューヨークへ」
誰もいないホテルの部屋で、大介はため息じみた声で、そう呟いたのであった。
最も熱い三ヶ月が、始まろうとしていた。
第一章 了
×××
以降はAの方に主な話は統合されます。
MLBの他のチームや他の目線が、話の中心となるでしょう。
というわけで評価を。いいタイミングなので。
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