第25話 過失
ニューヨークに戻ってトローリーズ戦が始まる。
この三連戦のカード、メトロズは先発のピッチャーがやや弱い。
対してトローリーズは、本多からフィッシャーという両エースクラスを使ってくる。
ただしトローリーズは得点力ではメトロズほどではないので、どうにか一勝はしておきたい。
ポストシーズンであれば、対決はメトロズに有利になる。
ここでは武史もジュニアも投げないので、勝ち越すことさえ厳しいのだ。
大介を抑えようとして、あるていど抑えることが出来るピッチャーがいる。
そんな場合はメトロズも、勝てるピッチャーを使っていかなければいけない。
ポストシーズンならば、無理をしてもらう。
目指すは優勝であるからだ。
ただレギュラーシーズンの先発は、健康に一年を通じて投げることが仕事だ。はっきり言えばポストシーズンまでの長い前フリでしかない。
そんなわけでトローリーズとの試合は、メトロズの不利に展開していくこととなる。
ピッチャーは勝利貢献度は低い。
一年を通じてならば、そう言うことは間違いではない。
ただその一試合の中では、一番貢献度が高いのは、どのポジションのバッターでもなく、先発ピッチャーである。
もっとも大介や樋口のような、圧倒的に打てるショートやキャッチャーは、かなり善戦するだろう。
また直史などは、ほとんど一人で勝利条件を満たす。
実際に去年の場合、32勝をほぼ一人で上げたのに近い。
メトロズが意地になって一点を取らなければ、ワールドシリーズも延長に入らず終わっていたのだ。
第一戦から、トローリーズは攻撃的であった。
メトロズは初回に得点する試合が極端に多い。
特にアウェイゲームではそうで、先取点を取るための最良の打順がステベンソンからであるらしい。
対して今日はホームゲームなので、やはり得点力の高いトローリーズは、初回から攻撃的である。
もっとも先発のオットーも、悪いピッチャーではない。
初回からいきなり大量失点というのは、ほとんどないピッチャーなのだ。
今年でFAとなるオットー。
あと一年早かったら、もっと条件は良かっただろうな、と思っている。
今年もここまで6勝2敗で、六回までを必ず投げるという安定したピッチング。
クオリティスタートで11試合も投げているのだ。
やはりリリーフが、今年は弱いのだと、先発陣こそが一番良く分かっている。
経験を積んでいるアービングにしても、まだまだセーブに失敗しそうになることは多い。
今のメトロズの投手陣では、これよりも安定したクローザーはいないことは確かだが。
トローリーズは初回から一点を先制する。
しかしメトロズは、その裏にすぐに同点に追いつく。
勝負にいった本多が、大介にスタンドに運ばれてしまった。
三試合振りのホームランで、これで41号。
74試合目での到達である。
いったい今年は、どれだけのホームランを打っていくのか。
ただ打率の方は、四月から順調に落ちていっている。
やはりあの月の0.553というのがおかしすぎたのだ。
おかげで今年こそ、打率のシーズン記録も更新できるのではと思われているが。
ホームランも打点も出塁率も更新してきた。
ただし最多安打だけは絶対に更新できない。
相手が勝負してこないのであるから。
ただ打率も、今とは全く時代が違うのだ。
二度と存在しないと思われた、四割打者が出ただけで、世間的には充分に話題となったのだ。
それに盗塁の数も、下手をすれば通算記録を塗り替えかねない。
三年で315盗塁。
今年はここまで51盗塁。
むしろホームランよりも、こちらの記録の方が更新はされるかもしれない。
絶対更新不可能と思われたMLBの打者記録。その多くを大介は更新し続ける。
オットーが六回を二失点で抑えて、メトロズも本多から七回で二得点。
終盤は、メトロズの方が強かった。
大介が歩かされて、そこから盗塁をしかけるように見せる。
盗塁数が少なくなってきているMLBにおいては、逆に盗塁の戦術的な威力が上昇している。
バントの苦手な選手が多くなれば、逆にバントの価値は高まる。
そしてバントに己の選手生命を見出す選手もいるだろう。
高校野球などはチームによっては、代走職人やバント職人がいることも珍しくない。
少なくとも大介は、バントも上手い。
リリーフ陣が踏ん張って、メトロズは逆転に成功。
この第一戦を5-4の僅差で勝利した。
ここのところラッキーズやアトランタ相手でも互角以上の勝敗であるメトロズ。
中でもトローリーズは、地獄のナ・リーグ西地区で、今年もトップを走っている。
ポストシーズンはリーグチャンピオンシップに、三年連続で出場。
そして三年連続で、メトロズに敗北している。
そんなトローリーズに勝つというのは、一つの強さの基準である。
ミネソタが今年は、強いと言われてはいるので、ワールドシリーズまで勝ち進んでくる可能性は高いと言われているが。
直史の最後の年に、対戦できないというのは、なんとも間の抜けた話である。
だが直史を倒してきたチームと対戦するというのも、それはそれでありなのだろうか。
(リーグが違うとほとんど対戦しないし、リーグが同じだと最終対決にならない)
そのあたり大介は、不満に思っている。
第二戦は乱打戦になった。
メトロズの先発スタントンが、早々に崩れてしまったのが痛かった。
トローリーズのピッチャーの力的に、この試合もメトロズ有利と思われていたのだ。
メトロズに限らずニューヨーカーは、ロスアンゼルスの球団と対決すると、なんだか応援にも気合が違うらしい。
乱打戦は観客には喜ばしいことだ。
ただ大介は、敬遠されることが多い。
ブーイングの嵐の中で、三度目の敬遠。
今日は外に外れた球を、無理に打ってフライアウトというのが、大介の二打数である。
ヒットを一本も打てない試合は、ずいぶんと久しぶりだ。
ただ今年は去年と同じく、200安打は余裕で達成できるペースである。
ホームランを期待されているのだ。
それでも申告敬遠jをされてしまえば、その機会すらない。
(こんなことやってたら、野球が面白くなくなるだろうに)
大介はそう思うのだが、MLBのピッチャーのパターンは、大介の本質に上手く噛み合ったものになってしまっている。
そうでもなければレベルが高いはずのMLBで、NPB時代よりもいい成績が残せるわけがない。
強く打てば強く打つほど、響く音も大きくなる。
大介にとって野球というのは、そういうものだと思っている。
MLBのピッチャーが、NPBより劣っているわけではない。
だがフィジカルを重視しすぎて、技術もそちらの方面ばかりに発達してしまった。
必要なのはスピードではないと、誰がどれだけ言えば気が付くのだろう。
少なくともいまだに、MLBは間違ったフィジカル信仰がまかり通っている。
それでも日本の根性論よりは、10倍ぐらいはマシなのだろうが。
第二戦は結局、メトロズの敗北に終わる。
早々に崩れたスタントンに、負けがつかないような試合であった。
両チームが二桁安打で、しかし得点は二桁に届かず。
7-9と負けただけではなく、大介はヒットの一本も打てなかった。
この試合は本当に、フラストレーションの溜まるものであっただろう。
第三戦、メトロズの先発はウィルキンス。
今年は開幕からローテに入っているが、正直あまりいい数字ではない。
他にいいピッチャーがいれば、すぐにでも入れ替えられるであろう。
ただ勝敗については、実は12試合の先発で5勝5敗と借金がついていない。
イニングも食っているので、メトロズとしては一応五番手として考えている。
ピッチングの内容からすると、もう少し勝利に恵まれてもいいピッチャーだ。
それなのに点を取られて、負け星もしっかりとついている。
この原因に関しては、やはりまだコンビネーションの幅が狭いからと言えるだろうか。
スライダー、スプリット、カーブと球種はそれなりに揃っている。
ただコマンドの能力はまだまだだし、球速も圧倒的というほどではない。
坂本にしてもコンビネーションでリードしているのだ。
ただ体力的には、それなりに長所がある。
ローテを守って六回まで投げられれば、それで充分に価値はあるのだ。
この試合も、乱打戦とまではいかないが、それなりのシーソーゲームになった。
大介との勝負を避けるのは、ほとんどもう去年と同じ感じになっている。
出塁率の高いステベンソンがいても、また大介のOPSから勝負した方が統計ではいいと分かっていても、僅差の試合ではそんな統計は役に立たない。
統計はチーム編成において使用するもので、現場の作戦では幅が広すぎるのだ。
なので大介は、感覚的に敬遠されてしまう。
淡々と点が入っていく試合になった。
ランナーのいない場面では、大介もある程度勝負されることはある。
昨日の試合で一本も打っていないので、ゾーンに入ってきたら飢えたように襲い掛かる。
だがその打球が野手の正面に飛ぶ可能性は、確率的である。
スタンドまで飛ばせば無意味になるのだが、今日はそれが上手くいかない。
上手く掬い上げたと思ったら、外野がファインプレイで追いついてしまったりする。
こういった点の取り合いとなれば、後攻の方が心理的には有利だ。
またしっかりとしたクローザーがいれば、それも有利なポイントだ。
ただリードしていても、リリーフのところで点を取られて追いつかれたりする。
どちらのチームもまだ、無理をする時期ではない。
普通にもう一度対決のカードがあるので、そちらでもまた相手の状態を探れる。
ポストシーズンと違って、ピッチャーのローテをいじってもいないのだ。
お互いがお互いを、探っていく状況だ。
トローリーズに限らずどの球団も、まず大介の弱点を探っている。
ここまで三年かけて、そんなものは見つかっていないのだが。
真田のようなスライダー使いは、MLBにおいてもいない。
あれはそもそも対大介のように、能力が変化したものとも言えるだろう。
もっともプロのピッチャーとしても、同世代に怪物が何人もいなければ、沢村賞は取れただろうに。
三つ上に上杉がいて、一つ上に直史がいて、同い年に武史がいる。
大介一人のせいで、打者タイトルが独占されているより、さらに厳しい状況か。
ただ真田はNPBでは大介と同じチームになったため、その天敵としての能力を発揮していない。
NPB全体の見所としては、惜しいところである。
大介相手でも、ランナーがいなければ仕掛けてくる。
そしてそれは、それなりに自信を持って投げてくる球だ。
NPBのピッチャーは、大介との勝負を上手く避けるか、無理に打たせることを主眼としたピッチングをしてきた。
MLBのピッチャーはそれに比べると、様々な正統派のボールを試しているような感じである。
勝利への執着が、NPBの方が強い。
それはおそらく原点に、高校野球があるからだ。
本格的な野球なら、中学レベルから体験する。
だが日本のプレーヤーの体験の本質は、高校野球にあると見た方がいいだろう。
甲子園という日本中に知られた、大規模な祭典。
アマチュアの勝負に世間の注目が浴びせられるのは、アメリカでもカレッジのスポーツではそこそこある。
また日本においては戦後までは、大学野球の方が職業野球、今のプロ野球より人気があった時代なのだ。
大学野球のスターが、プロに入ったということで、プロ野球の人気が出たという側面もある。
その頃はテレビがまだ主流ではなく、ラジオが全盛の時代。
テレビが普及するにつれ、テレビ局を親会社に持つチームは、全国的な人気を得たと言ってもいいのか。
工夫によって勝とうとするのは、日本人の性質である。
ならばアメリカ人の性質というのは、正面から倒せる戦力を揃えるというもの。
力こそ正義というのは、アメリカ人の本質である。
重厚長大。確かに下手に考えるより、出力だけで勝負するほうが分かりやすい。
高校や大学のクラブでも、アメリカの場合は初心者がチームに入るには、テストをされたりすることがある。
スポーツが出来るというのは、一つのカーストになっているのだ。
そんな常識はお前たちの常識で、押し付けるんじゃない。
アメリカの無自覚の押し付けがましさは、直史や大介には通用しない。
勝てなければルールを変えるという、日本人にとっては理解しがたい行為。
もっとも圧力がなければ何も変わらない、日本の体質がいいとも言えないのだが。
試合はややメトロズ有利に進んでいく。
ただ乱打戦となると、ランナーを溜めてのホームランがあるので、一発で逆転ということもありやすい。
またこの試合、双方に守備の好プレイが続出した。
特に大介などは、ショートなのでダブルプレイに関わることが多い。
(これは勝てるんじゃないかな)
いくら守備範囲が広くても、右側に打たれたり、ホームランを打たれたりすれば、守備での貢献のしようがない。
だが今日の試合は、長打までは出てもホームランには至りにくい。
こういったランナーが多い状況では、内野のセカンドとショートの状況判断が、失点に大きく関わってくる。
八回が終わった時点で、メトロズは一点をリードしていた。
このリードを守ることが出来れば、九回の裏もなく勝利に至る。
だが今日はここのところ、登板が連続していたアービングは、休みの日となっている。
なので他のリリーフ陣で、どうにか無失点に抑えなければいけない。
もっとも九回の裏に回れば、大介の五打席目も回ってくる。
やはり有利なのは、メトロズの方である。
せめて同点までにとどめる。
だが先頭打者は打ち取ったものの、そこからヒットが続く。
ワンナウト一二塁で、トローリーズも逆転のチャンス。
(内野ゴロゲッツーとかなら、綺麗な感じで終われるかな)
トローリーズ相手には、やはり勝っておきたい。
同じリーグ内では、勝率の上下は重要なことだ。
そもそもトローリーズはこの10年ほど、ほぼ全ての年にポストシーズンに進出している。
名門であり強豪であるこのチームは、勝つべくして勝つのだ。
それを上回るのは、メトロズの場合力づくである。
一点差で、ダブルプレイならゲームセットという場面。
ただこのプレッシャーがかかる状況に、メトロズは舞台慣れしてきたアービングを使えない。
無理をすれば使えるのだが、六月のこの時期では、まだリリーフに疲労を溜めてはいけない。
それは大介としても分かる理屈である。
トローリーズもここで、確実に点を取っておきたい。
レギュラーシーズンのメトロズは、リリーフが弱いため延長戦では競り負けする。
ただこの裏に、大介の五打席目が回ってくる。
本当に打ってほしい時には、打ってくれるのが大介である。
異論を述べる人間もいるだろうが。
(俺のところに来い)
ショートに強いバウンドで転がってくれば、確実にダブルプレイにしてみせる。
だがそう都合のいいことにはならない。
最後の打球は、セカンド方向に打たれたのであった。
ボールの勢いから考えて、これは4-6-3でダブルプレイが取れる。
セカンドがキャッチすると共に、大介もセカンドベースに移動していた。
そこから大介にボールが送られて、まずは二塁でアウト。
しかし一塁に送球する大介の目に見えたのは、明らかに二塁ベースではなく、大介に向かってスライディングしてくるランナー。
(甘いわ!)
跳躍した大介は、そこからファーストにボールを送る。
ダブルプレイは成立してゲームセットだが、そこからの数瞬が大介にとって、奇妙に引き伸ばされた時間となった。
体勢が崩れているため、足から着地するのは無理だ。
手から着地した上で、上手く体を丸めて、体に衝撃を逃がさないといけない。
(手首や肩で下手に支えないように)
天性の素質で、上手く大介は受身を取る。
だがそこに、また悪意がある。
大介が転がる先には、ランナーの体があった。
転がってくる大介から、自分自身を守ろうという動作。
しかしそれによって、硬い肘が大介の背中を叩いた。
「ウゲッ」
肺の中から空気が出て、ゴギという音が聞こえた。
丸まった大介はそこで、すぐには動けない。
試合が決着した後で、今日の最大の事件がやってきた。
グラウンドに寝転がったまま、大介は立てない。
立とうとして息をすると、背中に痛みが走って動きが止まる。
これは単なる打撲ではないな、というのは自分でもすぐに分かった。
問題なのはこれが、背骨が原因であるのか、それとも肋骨が原因であるのか。
手は問題なく動くし、足の先にも感覚はある。
ならば背骨と、その中の脊髄には問題はないと思いたい。
「大丈夫か!」
首脳陣がグラウンドに出てきて、大介の周りを囲む。
ざわめきが止まらないスタジアムであるが、プレイ動画がモニターに映る。
明らかなのはランナーの意図的な妨害行為だ。
ざわめきが大きなブーイングになっている。
スタンドから物が投げ込まれるが、まだ観客がグラウンドに降りてくることはない。
トローリーズの選手たちは、全速で逃げ支度を始めている。
「大介さん」
武史を手招きして、小さな声で大介は伝えた。
「折れた音がした」
まったく、これで肋骨の骨折も二度目であるが、今回は間違いなく前回よりも問題だ。
ワールドカップの決勝トーナメントで、大介は軽い骨折をした。
ひびが入った程度で、DHとして出るぐらいのプレイは出来た。
だが今回は呼吸をするたびに、痛みが走っている。
おそらく数日はまともに動けない。
自分の治癒力の早さは実感しているが、それでもこの怪我からは、一週間では回復しないだろうと分かる。
今季のメトロズは、まずワトソンが開幕前にほぼ絶望となった。
終盤にどうにか戻ってこれるか、という状況である。
そしてステベンソンの一時離脱もあった。
だがここで大介が離脱するのは、あまりにも大きすぎる。
(参ったな……)
よりにもよって、この年に。
骨折が単に肋骨なのであれば、時間はかかっても問題なく治癒するだろう。
問題はこれが背骨であった場合だ。
足の末端まで問題なく動くので、神経系には以上はないのだろう。
だが骨折の具合によっては、手術も必要なのではないか。
大介は無理に立ち上がろうとせず、担架を待っていた。
試合はもう終わったのだが、観客は誰も帰ろうとしない。
やがて搬送のスタッフが担架を持って現れ、大介はそのまま病院送りとなる。
この後のことは、大介の知ることではない。
だが後に聞いたところによると、メトロズファンはスタジアムを囲み、トローリーズが帰れないように、バスを攻撃までしたらしい。
さすがにニューヨークなので銃までは出てこなかったが、MLBではここ数年ないほどの、ひどい有様となった。
病院に付き添ったのは、チームのマネージャーと武史である。
親族であるので、ごく当たり前の選択となった。
アメリカ全土が震撼した、と言ってもそれほど大袈裟ではないだろう。
スーパースターのスラッガーが、立ち上がれず担架で運ばれたのだから、それも無理はない。
すぐに続報が出ることはなく、ファンはメトロズの公式サイトやSNSアカウントから、発表されるのを待つ。
ただ大介は病院には運ばれていたが、救急車がサイレンを鳴らすほどのことではなかった。
立ち上がらなかったのは、あくまでも最悪を想定してのものだ。
運ばれている途中から、ある程度は痛みに慣れてきた。
だが浅く呼吸をしても、痛みが消えるということはない。
「多分肋骨だと思うんだけど、これだと少しかかりそうだな」
大介はちょっと人間ではないので、傷の治りが早い。
それでもこれは、寝て朝になれば治る、というものではないということは分かった。
病院でもまずレントゲンを撮られたが、結果としては肋骨が一本、単純骨折しているだけであった。
懸念された背骨や、脊髄の損傷などというものはなかった。
だがそうなると今度は、復帰にどれぐらいかかるかということだ。
医師が言うには綺麗に折れているため、痛みは二週間程度で引くだろうということ。
復帰までにはおよそ二ヶ月ほどであろうか。
「なら一ヶ月ぐらいで治るな」
大介はそう言って、駆けつけたツインズもうんうんと頷いた。
ただ二週間ほどは、下手に動かないように、ギプスをはめるということになる。
胴体を動かせないというのは、ひどく動作を狭めるということだ。
「前みたいに右打席なら打てたりはしないのかな」
武史が無茶なことを言っているが、あれは左のスイングに、痛みが走ったからやっていたことだ。
今のようにずっと痛いのでは、さすがに右で打つということも無理だ。
そもそもショートに戻るまでに、どれだけの時間がかかることやら。
おそらく復帰しても最初はDHになるだろう。
グラントにはファーストを守ってもらわないといけない。
そして二ヶ月の離脱というのは、チームにとっても痛いだろうが、個人記録としては絶望的だ。
ここから二ヶ月で復帰したとして、八月の中盤。
そこからの規定打席到達は、それほど難しいことではない。
もちろん順調に回復したらの話だ。
ただホームランや打点、そして復帰してすぐに、ヒットも打っていけるのか。
この時点でホームランは40本、打点は100点。
打率は下がるとしても、なんとかまだそれぞれのタイトルは狙えそうな数字である。
本当に四月に、おかしなぐらい打っていて良かった。
だが人生にはこんな、好調の時こそ襲い掛かる不運があるらしい。
怪我にしてもダブルプレイを諦めていれば、余裕をもって回避出来ただろう。
いや、あちらがラフプレイを仕掛けてこなかったら。
大介が離脱することによって、メトロズはどれだけの影響を受けるのか。
単純に得点力は大きく落ちるだろう。
それに守備力も低下するし、何よりチーム全体の勢いが落ちる。
ポストシーズンに進出するのは、難しくなってきたのだろうか。
今年を諦めてしまうなら、今季でFAになる選手は、トレードに出される可能性もある。
もっとも順調に行けば、八月には戻ってこられるのだ。
ならばまだまだ、ポストシーズンを諦めるわけにはいかない。
フロントにとっても難しい判断が迫られる。
シーズン90本は打てそうだと言われていたホームランは、この離脱によって絶望的になった。
だが大介としては、チームの優勝自体は諦めない。
普通なら二ヶ月と言うなら、自分ならその半分で戻れる。
ただあの時の骨折は、まだ10代の若い頃であったのだ。
30歳を過ぎた今、治癒力は落ちているのではないか。
そのあたりはさすがの大介も、自信のないことである。
なお、大介を病院送りにしたランナーは、悪質なプレイにより、罰金と出場停止の処分が下される。
もちろんその程度で、世間が納得するはずもない。
ラフプレイに対して、大介としては普通に汚いなと思う程度だが、第三者の世間の方が、声を大きくして非難する。
おかげでここからしばらくトローリーズ全体が、アウェイではブーイングを受けることになった。
スーパースターを病院送りにするということが、いかに割に合わないことか。
メトロズだけではなくトローリーズも、ここから勝率が落ちていくのである。
アナハイムもメトロズも、主力の脱落の著しい年。
ワールドシリーズへの道は、狭く細いものへとなっていった。
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