第13話 新戦力

 メトロズの、ミルウォーキーとの三連戦が始まる。

 これに伴ってベンチ入りのロースターは、ピッチャーが三人も入れ替わっている。

 その中の一人に、アービングがいた。

 スプリングトレーニングの紅白戦で103マイルを投げ、そして大介にホームランを打たれていた20歳である。

 マイナーでの試合は主にリリーフで、クローザーとしても投げて6イニングで一失点。

 彼がマイナーの試合のようにしっかり機能すれば、メトロズのリリーフはかなり改善する。

 そしてメトロズの失点がリーグの平均程度になれば、一気に勝ち星は増えていくだろう。


 開幕直前にワトソンが、そして開幕直後にジュニアが離脱したメトロズ。

 その苦しい忍耐の期間が、ようやく終わる兆候を見せている。

「そんな都合のいいもんちゃうがよ」

 坂本はいささか悲観的な現実主義者である。

 オットーの先発する第一戦、どういう結果になるか。

 試合前のミーティングで、顔ぶれの変わった投手陣を眺める。

 MLBは才能があって、そしてさらにちゃんと実力があっても、すぐに活躍できるとは限らない舞台だ。

 もっとも同じチームに二人ほど、どんなリーグのどんな相手と対戦しても、すぐに結果を出してしまう選手がいるのだが。


 本当の才能というのは、あまりにも残酷なものだ。

 ただこの二人の場合は、才能もだが環境も大きく関係していると思う。

 武史が高校に入学した時には、既に上杉はプロ入りしていた。

 そしてその年、事実上の決勝戦と言われた準決勝の白富東と大阪光陰の対決は、凄まじい延長戦にまでもつれこんだ。

 翌年までは、直史がいた。

 技術におけるピッチャーの頂点である。

 そして大介はそれに加え、武史のスピードにも対応していた。

 超高校級どころか、そのままプロでもエースになるようなピッチャーが二人。

 そんなものを相手に練習していたから、大介はすぐにプロにも対応できたのだ。

 才能と、そして運だ。

 環境と言うには、そもそも佐藤兄弟も大介も、中学までは良い環境で学んできたとは言いがたい。

 武史などは野球部でさえなかった。

 それが才能のある人間が、偶然にも集結した。

 その才能を理解し、導く者まで現れて。


 坂本にもそのあたりの重要度は分かる。

 高知県は元々、一強と言われるほどに、甲子園への出場回数が偏っている県である。

 だが変わらない一強体制は、慢心し変革を拒む場合がある。

 そこで誕生した新興の瑞雲が、一気に甲子園への道を駆け上ったのだ。


 その中で坂本は、一年を東京で過ごした。

 すぐに退学して、改めて瑞雲に入学した。

 おかげで三年次にはもう試合に出られなかったのだが、東京の名門というものがどうなのか、はっきりと味わうことが出来た。

 その経験がなければ、瑞雲が甲子園に出場するのは、もう少し時間がかかっただろう。

 今のメトロズは、リリーフ陣崩壊。

 もっともそれは、新しい若手にチャンスを与える場にもなるのだが。 

 まずはこの試合、オットーがどう投げて、どう継投していくか。

 坂本は純粋にキャッチャーとして、新たなピッチャーたちの力に期待していた。




 ニューヨークに戻ってきたその日、大介は驚くべきニュースを聞いた。

 何かの間違いでは、と確認したものだ。

 だが実際に、その映像を見せられた。

 アナハイムとテキサスとの対戦。

 キャッチャーが二人ともアウトで、直史がキャッチャーをしたというものである。


 何をやってるんだ、というのが大介の感想である。

 高校時代は大介も、甲子園で即席のキャッチャーをやったことがある。

 だがあれはピッチャーが直史だから、成立したものだ。

 もしもファールチップなどがあっても、自分なら大丈夫。

 それにあれは、多少の怪我なら問題ない、決勝戦であったからだ。


 中学時代は直史も、キャッチャーをやっていたというのは知っていた。

 だが白富東は学年に必ず、バッテリーを作るという体制でやっていたのだ。

 一応最初に、少しキャッチャーとしてボールを受けたのは見ていた。

 高校の地方大会レベルなら、通用したかもしれないというレベルだった。

 当時140km/hを投げていた岩崎のボールは、ちゃんと捕れていた。


 翌日の試合前、メトロズのロッカールームでは、それについての話題がかわされていた。

 途中では大介にも、それに関するコメントが求められたものである。

「何やってんだか」

 そうそう今季絶望などという怪我はないにしても、一週間や二週間の怪我ぐらいは、してもおかしくない。

 MLBのピッチャーのボールは、ストレートならほぼ150km/hオーバーであるのだ。

 自分との約束の、最後の一年。

 それがそんな風に、失われてしまう可能性すらあったと思える。

 根本的な話をすれば報復死球が最低であって、そのあたりだけはMLBと相容れない価値観の大介である。


 ただ坂本などは、普通に笑っていた。

 思えばこいつも、元ピッチャーからのコンバート組だ。

「おまんも高校ん時やっとったがよ」

「あれとこれでは話が違うだろ」

「ちゅうてもピッチャーのことを一番分かっているのはピッチャーやきに」

 どうやら元ピッチャーである坂本からすると、直史にキャッチャーの適性があるというのは、おかしなものではなかったらしい。

「ただあの合理的な人間が、無茶をするなとは思うちゅうが」

「合理的?」

 大介はその言葉には、違和感があった。


 問い返された坂本は、むしろその点に大介が反応するのが不思議だった。

 ただ少し考えると、合理的ではないな、と思い直しもする。

 一年間バッテリーを組んでいたのだ。坂本にも分からないでもない。

 そしてワールドチャンピオンになった、あのメトロズとの死闘。

 合理的と言うよりは明らかに、根性論で投げていたような気がする。

 涼しい顔をしながらも、失神するまで投げるようなピッチャー。

 高校時代から直史を知っていれば、精神論はともかく精神力は、おそらく最高の選手であるとは思う。


 大介としても直史のことを、合理的と言うのは間違いだと思い直した。

 効率的なことは間違いない。それは確かだ。

 合理的というのも、おそらく本人としてはそうなのかもしれない。

 だがその理というのは、直史にとっての道理で動いているのだと思う。


 本質的に精神論が嫌いな直史。

 しかし最も勝利を諦めないのは、大介よりもむしろ直史ではなかったか。

 本当に勝たなければいけない試合で、パーフェクトに相手を抑えてしまう。

 二年連続で、甲子園の決戦でパーフェクト級のピッチングを行う。

 もっとも一度目は、上手く春日山に足を掬われてしまったが。


 直史は確かに合理的な人間かもしれない。

 だがその理は、普通の人間の理とは違うのだと大介は直感する。

 確実に言えることは、大介以上の負けず嫌い。

 ならばあの試合も、勝ちにいったというのか。


 勝算はなかった。

 実際にぼろぼろになるまで、テキサスに点を取られた。

 それでもなお、最後までキャッチャーのポジションにいたのだ。

 計算すればそれは、明らかにおかしなものである。

 だが直史の計算は、おそらく彼にとっての独自の価値観からなっているのだ。

「今年で燃え尽きるつもりなのかな……」

 大介の呟きは小さく、坂本にも聞こえないものであった。




 リリーフ陣が大きく入れ替わった。

 先発の選手たちも、そのことの意味をしっかりと分かっている。

 自分がちゃんと役割を果たせば、チームの勝利につながるのだ。

 もちろんそれは錯覚であるが。


 ホームでの試合なので、まず相手の攻撃から始まる。

 自分の後ろを守る新たなリリーフがいるという安心感。

 ただメジャーで投げている経験は少ないだけに、本当に通用するのは未知数だ。

 しかし変化は望むところである。

 一回の表、オットーはランナーこそ出したものの、特に危なげもなくしのいだ。


 そしてその裏、メトロズの攻撃。

 ステベンソンが出塁し、バッターボックスには大介。

 別に全くおかしくないと言うか、むしろ当然のことだろうと思うのだが、大介はここ二試合でホームランを打っていない。

 おかしいと思うほうがおかしい。

 昨年の大介のホームラン数は、一昨年から10本も減って71本。

 10本も減って71本である。重要なことなので二回。


 スタートダッシュから七割をキープしてきた打率が、ようやく六割台半ばまで落ちてきた。

 そこに油断がなかったとは言わない。

 外ではなく、内角の膝元へのスピードボール。

 しかしそれを大介は、難なく掬い上げた。

 ライトスタンド中段、飛ばしすぎないフライ性のホームラン。

 今季13試合目にして、早くも10号ホームラン達成である。


 メトロズは一回の裏、さらに一点を追加した。

 最後はダブルプレイに終わったが、一挙三点はいい滑り出しだ。

 そして二回、オットーは変わらず安定したピッチングを続ける。

 三者凡退に抑えて、二回のメトロズの攻撃。

 下位打線ながらヒットが続いて、さらに一点を追加した。


 メトロズは今年、10点以上取った試合ではちゃんと勝利している。

 そもそも10点も取るというのが、それなりに難しいということは置いておいて。

 勝利した試合の中で、最少の得点であったのが10点。

 九点を取った試合でも負けているのだ。

 オットーとしても二試合に先発し、六回三失点のクオリティスタートであるが、勝ち星はついていない。

 七回まで二失点に抑えるハイクオリティスタートなら、おそらくどうにか勝ってくれるだろう。

 だがミルウォーキーの打線は、そこそこ点を取ってくるものだ。

 七回三失点あたりを目指すべきか。


 しかし今日は打線の援護が大きい。

 第一打席でホームランを打った大介は、確かに警戒されている。

 だがその前にステベンソンがいると、高確率で大介を歩かせると、得点圏にステベンソンが進む。

 大介の後ろを打つのは、高打率高出塁率のシュミット。

 ピッチャーが打たれて崩れても、それ以上に点を取ろうとしているのが、今年のメトロズである。


 六回までを二失点。

 もう少し投げられたら良かったのだが、球数制限に引っかかる。

 8-2というスコアで、メトロズはリリーフへ継投。

 三点差以内に詰め寄られるまでは、新しく上がってきたリリーフを使う予定だ。




 メトロズが今季、クローザーを獲得しなかった理由。

 それはもちろん、若手の台頭に期待をしていたからだ。

 103マイルのストレートと、スプリットを持つアービング。

 基本的にクローザーは、球速さえあれば二種類の球種でなんとかなる。

 先発であると三種類はないと、かなり組み立ては厳しいが。


 七回と八回、メトロズは一点だけ失点した。

 アービング以外にもマイナーから上がってきたピッチャーはいて、まずはメジャーのマウンドに慣れることが重視された。

 その間にもメトロズは、一点を追加している。

 九回の表、9-3というスコアから、最終回のマウンドにアービングが登る。

 メジャーデビューの試合がクローザーというのは、さすがにプレッシャーがかかるのではないかとも思う。

 ただ六点も差があって、好きに投げればいいのだ。

 その意味では楽なシチュエーションであるとも言える。


「まあ気楽に打たせろよ」

 大介はアービングにそんな声をかけていたが、アービングとしてはもちろん気楽に打たせるつもりなどない。

 スプリングトレーニングからレギュラーシーズンまで、しっかりと結果は残してきた。

 マイナーでもクローザーとして、圧倒的な数字をのこしてきたのだ。

 メジャーに上がれなかったのは、本当に登録期間の都合でしかない。

 自分なら通用するという、圧倒的な自信。

 もっとも紅白戦では、大介に打たれている。

 だが今季キャリアハイのペースで打っている打撃の神様を、他のバッターと比べる必要はないだろう。


 記念すべき初球。

 それはど真ん中に投げると、最初から決めていた。

 103マイルのストレートは、あっさりと打たれてしまう。

 大介の守備範囲外で、センター前に抜けてしまった。


 ここからだな、と坂本は冷静でいる。

 いくら103マイルが出ていようと、ど真ん中なら打たれても当然だ。

 ストレートのスピードだけでは、通用しないのがMLBの世界。

 ここからアービングの、メジャーリーガーとしての人生が始まるのだ。


 ランナーを背負った状態で、どんなピッチングをするのか。

 それもまた課題の一つではある。

 だがアービングはわずかに一塁ランナーを見たものの、ほとんど気にせずに投げ込んできた。

 インハイへのストレート。

 やや甘いかもしれないが、最終回に投げてくるクローザーとしては、これこそがまさに求められるものだ。

 同じようなコースで一つファールを打たせて、最後にはスプリット。

 100マイル近いスプリットが沈んで、空振りを取った。




 すごいものである。

 ストレートはコマンドに、まだまだ課題がある。

 しかし低めか高めに、しっかりと投げ分けることが出来れば、それだけで相手はまともに打てない。

 本当にすごい。

 武史はこれの、上位互換なのだから。


 球速、コマンド、変化球。

 全てが下位互換のアービングでも、クローザーとして通用するのだ。

 ストレートだけである程度ストライクカウントを稼ぎ、そして決め球にはスプリット。

 鋭く落ちるこの球を、今日のミルウォーキーは誰も打てない。

 二人目もまた、スプリットで三振にしとめた。

 最初のバッターにヒットは打たれたものの、この奪三振能力は合格だ。

 

 ランナーも一塁からは動けない。

 そして最後のバッターがアービングと対戦する。

 初球のゾーンのストレートを、見逃してワンストライク。

 二球目は外に外れて、平行カウント。

 三球目も外れていたが、前よりは内側であって、これを空振り。

 追い込んでから、投げたボールはスプリット。

 しかしこれは相手も読んでいたようである。


 必死で食らいついたボールが、ショートの正面へ。

 大介が無難に処理して、スリーアウト。

 メトロズはやっと、安定した勝利を果たしたのである。


 これまでのメトロズは、勝った試合は必ず、二桁得点をしていた。

 そんな得点力があること自体、そもそもとんでもないことである。

 だが二桁点を取らなければ、勝てなかったのも反対から見た事実。

 この日は初めて、一桁得点で勝利できたのだ。

 九点も取っておいて、一桁得点というのもなんであるが。


 ただ先発が安定して投げて、リリーフがしっかりと抑える。

 現代のMLBにおける、最も王道のパターンがやっと成立した。

 オットーは三試合目で、ようやく今季初勝利。

 いくらピッチャーの価値基準が勝ち星ではないとしても、やはり勝利投手になるのは気分がいいものだ。


 七回と八回のリリーフも、一点は取られたがまだこれからだ。

 アービングがクローザーとして機能したのだから、あとは安定感が問題か。

 レギュラーシーズンの試合の中で、チームとして成熟していかなければいけない。

 大介たち選手はともかく、メトロズの上層部は今年のワールドシリーズに、アナハイムが出てくる可能性は低いと考えている。

 アナハイムのターナーの容態については、治療の方針さえまだ立っていない。

 秘密のことであるはずが、おおよそは漏れてしまっている。

 今季戻ってこれるなら、戦力を追加する余裕はない。ターナーの年俸はそれほどまでに高いのだ。

 もう今季は絶望とするなら、年俸自体は払わなければいけないが、ぜいたく税の額が大きく減る。

 ターナーの代わりとなれるバッターなど、もう市場には残っていない。

 他のチームからトレードで獲得するにも、代償として出す選手がいないのだ。


 メトロズのみならず、リーグのチームの中でも、特にワールドチャンピオンを目指すチームは、おおよそアナハイムの今季はもう絶望的だと考えている。

 大介や坂本、それに武史は、そうは思っていないが。

 直史がこのまま、中四日で30勝以上したとする。

 樋口にアレクといった曲者が、どうにか他の試合を五分で終わらせることが出来ると思う。

 そうなるとどうにか、アナハイムはポストシーズンには進出出来るだろう。

 そこまで進めれば直史は、残りの試合を全て一人で、勝ち抜くまで投げ続ける。

 勝利の道筋が存在するなら、その細い糸をたどっていくのが直史だ。

 他の誰にも出来なくても、直史ならばやってしまうだろう。




 ミルウォーキーとのカード、メトロズは優位に進めた。

 第二戦の先発はスタントンで、六回を三失点で抑える。

 メトロズ打線は元々得点力は高かったが、ついに打線として機能してきたようである。

 二度も歩かされた大介が、盗塁でチャンスを作る。

 ステベンソンが前に出ていなければいないで、平気で盗塁数を増やしていくのだ。

 そもそも今季は大介にしては、盗塁の数は少なかったのだ。

 だが前にランナーがいなければ、自分で得点圏まで到達してしまう。

 それがランナーとしての大介である。


 メトロズ打線はこの日も、スタントンが勝利投手の権利を得る状況で、リリーフに継投していく。

 アービングがまたも最終回、クローザーとして登場。

 ただこの日も点差があるので、抑えてもセーブはつかない。

 それは分かっているが、メトロズ首脳陣としてはまず、アービングに成功体験を積ませたいのだ。


 そしてわずかながら、アービングの欠点にも気づいてきた。

 この試合も交代して最初の打者に、打たれてしまったのである。

 それも今度はホームラン。

 ただ一発浴びてからは、しっかりと後続を抑える。

 最終的なスコアは7-4でメトロズの勝利。

 一本打たれてからでないと、ギアが上手く入らないあたりが、アービングの欠点であるらしい。


 ホームランは困るが、ヒットならば問題ない。

 ただしイニングの頭から、ランナーのいない状態でなければ、安心しては使えないが。

 それはシーズン中の起用で、しっかりと学んでいけばいい。

 そうは思うのだが、首脳陣としてはやはり、ベテランのクローザーを一人、教育係として抑えておくべきであったと思う。

 クローザーはチームに一人。

 四番を打てるようなバッターや、先発を任せるエースピッチャーならば、一つのチームに何人いてもいい。 

 だがクローザーだけは、本当に一人しかいないものなのだ。

 

 二連勝した後の第三戦、さすがにメトロズの勢いは止まった。

 先発のグリーンが捕まり、だらだらと五回までに六点を取られていたのである。

 リリーフとしての経験を積むのは、アービング一人に限ったことではない。

 若手のピッチャーはどんどんと、投げていかなければいけない。

 この試合も粘って投げてもらえば、打線は逆転出来たかもしれない。

 しかしようやく勝利のパターンをつかんできたメトロズとしては、ここいらで負けてもおかしくない。

 二勝一敗でこの先を進めば、問題なくアトランタには追いつく。

 グリーンの投げた試合は最初から、ある程度捨ててかかる試合であったのだ。


 MLBは162試合もあれば、全ての試合で勝てる条件が揃うわけもない。

 対戦するピッチャーのレベルも考えて、上手く負けていかなければいけないのだ。

 一つの試合に全力を尽くす、高校野球と一緒にするわけにもいかない。

 勝つ試合を確実に勝ち、捨てる試合は実戦練習として使う。

 そういった割り切りの良さが、ワールドチャンピオンになるためには必要なことなのだ。


 第三戦は6-9で敗北。

 三連戦でカード全勝とはならなかったが、確実に勝てるところで勝てるようになっている。

 次の三連戦は、地元ニューヨークでワシントンを迎えうつ。

 第一戦の先発は武史である。




 メトロズはどうにか陣容が整ってきた。

 余裕が出てくると、大介はアナハイムのことを考える。

 チームの勝率としては、ほぼ五割をキープ。

 ア・リーグ西地区の中では、ヒューストンとシアトルに続いて三位である。


 勝率が高ければ三位であっても、ポストシーズンに進出できる可能性がないわけではない。

 だがほぼ五割という勝率であっては、さすがに厳しいだろう。

 開幕前から内野の要のショートが離脱して、グラウンドボールピッチャーの直史としては、厳しいのではないかと思っていた。

 幸いにも今のところ、守備で足を引っ張られているということはないらしい。


 それにしても樋口まで短期離脱と、アナハイムは今年は怪我人に祟られている。

 控えのキャッチャーも離脱しているらめ、三番手をスタメンで使っている状態だ。

 打撃力はあるので、コンバートも考えられている、四番手キャッチャー。

 それがベンチに入っているあたり、アナハイムの苦しい事情は分かってくる。


 樋口の離脱によって得点力も落ち、そしてピッチャーの数字も下がっている。

 直史一人は、完全に孤軍奮闘しているようであるが。

 その直史のピッチングを、大介はツインズに見せられていた。

 わずかにフォームを変えているようだと。


 まさかあの試合、キャッチャーをした影響がどこかに出ているのか。

 そんなことも考えたが、残している数字はとても直史らしいものだ。

 ただこのままでは、アナハイムはポストシーズンには進めないのではないか。

 西地区ではヒューストンが、前年の鬱憤を晴らすかのように、首位を独走している。

 またア・リーグの他の地区では、やはり中地区のミネソタが強い。

 東地区はボストンが強く、ラッキーズも負けていない。

 アナハイムの前途はあまり明るいものではないだろう。


「問題はやっぱり直接対決か」

 自分のチームをそっちのけで、大介はアナハイムの予定を見ていた。

 同地区で上にいるヒューストンとシアトルとは、今季はまだ対戦していない。

 直接対決で勝てば、その勝利の価値は二倍となる。

 四月中にはヒューストンとの対決は一度ある。

 しかしシアトルとは一度もなく、かなりスケジュールが偏っている。


 これはアナハイムにとってはチャンスである。

 もちろん他のチームとの対戦も重要であるが、直接対決が優先だ。

 90勝もしていなくても、地区優勝なら確実にポストシーズンには進める。

 もっともやはり勝率が高くないと、試合数では不利となるが。

 樋口がいないことによって、アナハイムは打線も苦しくなっている。

 一点もやらないというぐらいの覚悟がなければ、勝てなくなっているのだ。

 そのためのバッテリーの力も、樋口がいないのなら低下は間違いない。

 ターナーが戻ってこれるのか、それとも今季は、あるいは来季も絶望なのか。

 大介はワールドシリーズの、三年連続同カードを期待する。

 あの場所こそが、二人の勝負にとって、最高の舞台だと思っているからだ。


 甲子園には及ばない熱狂。

 それでも優勝時のパレードなどは、高校野球ではありえない派手さを持っている。

 甲子園では日本中に、その熱狂を届けた。

 だがこの三年間は、アメリカ中に熱狂をもたらしている。

 MLBというアメリカを象徴する、アメリカ生まれの野球のリーグ。

 それに対する国民意識は、年配層の方が好んでいるとも言われる。

 大介と、そして直史や上杉の活躍によって、アジア系への人気の派生はあると聞く。

 そんな人種のことも関係なく、小柄な大介の活躍は、全米を熱狂の渦に巻き込んでいるのだが。

 今年にしても、この調子ならいくつものレコードを更新することになるだろう。

 全試合に出場し、全ての記録をキャリアハイに持っていく。

 そして三つ目のチャンピオンリングを取りにいく。

 しかしその時の相手は、直史であることを、大介は望むのであった。



×××



 ※ 本日パラレル限定版投下しています。

   それに伴いその前話までをしばらく公開します。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る