第166話 二人の夏休み
「もう帰っちゃうの? まだ夏休みはあるよ?」
寂しそうな声で六花が言う。足は復調傾向で、普通に動く分には問題ない。
今日は実家滞在最終日。1週間なんて気がつけばあっという間だった。1日の時間は長いのに、これが1週間となると気づいたころには過ぎているんだから世界って不思議。土日とか秒で終わるしな。時間の流れは理不尽である。
しかし、まさか六花に引き止められるとは……。きっと1週間前の俺に言っても信じてもらえないだろう。俺でも何言ってんのお前? とか言うし。でもまあ、俺の悲しい予測を覆したってことが何よりの収穫だよな。俺にとっても、みんなにとっても、忘れられない1週間だったはずだ。
「ぐぅ……でも俺明日からバイトがあるから……」
「バイトと妹、どっちが大事なの⁉︎」
「うっ……」
あれからと言うものの、六花は驚くほど素直になった。俺が完璧超人を演じていた頃のような甘えっぷり。
いや、今はそれ以上かもしれない。とにかくすごい。悲しいすれ違いで失った時間を取り戻そうと必死なのかもしれない。毎日俺のベッドに潜り込んできたし。嬉しいけど、夏は暑いな。嬉しいけど!
「こらこら六花。八尋を困らせるな」
「そうよ。べつにずっと会えなくなるわけじゃないわ」
親父と母さんが苦笑いしながら六花を嗜める。
今は玄関。みんなは帰りの支度をした俺と美咲の見送り。姉貴は先に車の冷房を効かせに行っている。開けた瞬間の熱気がやばそうだった。蜃気楼見えそうだったし。
「でも……せっかく仲直りできたのに……」
潤んだ瞳で見上げる六花。
はぁ……仕方ねぇなぁ。これは仕方ねぇよなぁ。
「よし! バイトサボるか!」
可愛い妹にお願いされたらね、仕方ないね。
まあ俺が居なくたって店は回るから大丈夫大丈夫。やっぱ妹の方が大事だしね。
妹に可愛く懇願されたら、全国のお兄ちゃんは勝てないんだよ。それがお兄ちゃんだから。
「だめ。八尋君がいないとお父さん困っちゃうよ。お父さん、八尋君のことかなり頼りにしてるんだから」
お兄ちゃん特権は社会では通用しないらしく、隣にいるマイエンジェルがエンジェルアローで俺の傾きかけた心を貫き止める。
ボスにはこんなしょうもない高校生である俺を雇ってくれた恩がある。だからそう言われると弱い。でもなぁ。
「だめかなぁ……六花が可哀想なんだもん……」
「だーめ。連休取った分はしっかり働かないとだよ」
「ぐぅ……」
さすがはボスの娘。自分の親の店に関しては容赦がないぜ。たしかに休んだ分、このあとはバイト三昧だからなぁ。
「八尋は尻に敷かれそうなタイプだな」
「ふっ……甘いな親父。敷かれそうじゃない。もう敷かれているんだよ」
俺たちは名目上対等だ。
しかし、実態として俺はもう美咲の尻に敷かれている。お弁当で胃袋は掴まれているし、迷った時には答えを指し示してくれるしで、もう俺が美咲の上に立てる要素が皆無である。
人間じゃ天使には勝てない。俺はもう、天使の虜になった時点で尻にしかれているのだ。どうだ恐れ入ったか。
ってやめろそんな残念な人を見る目を向けるな親父。息子だぞ? 俺はあなたの息子だぞ? 血が半分入ってんだから、これもある意味親父から受け継いだ魂の遺伝だぞ? 俺を否定するってことは、親父は己の半分を否定することになるんだぞ? それでいいのか⁉︎
「美咲さん。こんな息子だけどよろしく頼むよ」
「こんな息子とはなんだ?」
いいのか俺を否定することは……以下同文。
「はい。任せてください」
はい。よろしくお願いします!
もう心が屈服してた。やっぱ魂に刻まれてんだよな。天使への服従心ってやつがよ。
「八尋……健康には気をつけるのよ」
おそらく親父を尻に敷いているであろう母さんが俺の手を優しく包み込む。ま、ママァ。思わず幼児退行しそうになった。それほどまでに優しく包まれてる感がある。これが母の温もり。たぶん夏のせいもある。
「わかってる。次も元気な姿を見せに帰ってくるよ」
「約束よ……」
まさか母さんともこんな普通の親子っぽくなれるとはな。そうありたいと思ってはいたけど、やっぱり出来過ぎな感じもする。
もっと早く俺が向き合う勇気をだしてれば……ってのは所詮タラレバ論だよな。きっとこれが最短ルートだ。そう思う。
「お兄ちゃん……」
六花が寂しそうに俺を見上げてくる。
か、可愛すぎる。最近妹が可愛過ぎるんだが? 帰ろうと思った気持ちがすぐに揺らぎそうになる。
揺らいだっていいだろう? うおおおおおお! 心頭滅却!
向こうでは俺を待っている人がいるんだ! 労働力として……。さすがにボスに対して不義理はしたくないからな。お盆の大連休を許可してくれた恩にも報いなければなるまい。
「しばらくのお別れだ」
六花の頭をくしゃくしゃに撫でれば、彼女はくすぐったそうに目を細めた。
その姿を見ただけで、万感の想いが込み上げる。
帰って来てよかった。正直、初めは不安も多かった。俺はみんなとやり直すことができるんだろうかって。でもそれは杞憂だった。みんなちゃんと、心の奥にあった想いは一緒だったんだから。
「……?」
俺に勇気をくれた張本人を見れば、彼女は可愛らしく首を傾げた。
美咲が思う以上に、俺は美咲に救われている。彼女がいたから今の俺がある。
初めはなんで美咲が俺の里帰りに? とか焦ったけど、美咲がついてきてくれたからこそ、六花との今がある。
俺と六花を繋いだのは美咲だ。感謝してもしきれない。また返さないといけない恩が増えてしまった。な? もう尻に敷かれるしかないんだって。
でも、美咲はそんなことないって言うんだろうな。なんとなく、そう言う彼女の絵が浮かんだ。たぶん間違ってないと思えるくらい、俺たちはお互いを理解し始めている。
「寂しかったら今度は六花が俺の家に来ればいい。お前ならいつでも大歓迎だ」
クラスの奴らとかはいつでも勘弁だけどな。
もうハカセとか篠宮あたりでさえ食傷気味だから。これ以上溜まり場にされたら困る。
でも妹はべつ。毎週来ても歓迎しちゃう。俺はお兄ちゃんだから。
「ほんと⁉︎」
「男に二言はない。いつでも待ってる」
でも、事前に連絡はくれよな。
いやべつにやましいことはないけどさ、タイミングってやつはあるからね? いやほんとやましいことはないんだよ。美咲といちゃついてる時に急に来たらちょっと困るとかそんなん全然ないから。
……こまめに部屋掃除しとこ。
「約束だよ! 絶対行くから!」
六花がパァッと笑顔の花を咲かせると、玄関の外からクラクションの音が聞こえた。待ちくたびれた悪魔が俺たちを急かしているらしい。感動の別れに水を差すなよ。お前も家族だろうが。
しかし、待たせるとそれはそれで後が怖いからな。名残惜しいけど、そろそろ行くとするか。
「姉貴がうるせぇからそろそろ行くよ」
「またいつでも帰って来い。ここはお前の家だ」
「わかってるよ親父。次からはもう少しこまめに帰ってくる」
親父は静かに頷く。
口角が少し上がっているのは気づかないフリをした。
「たまには連絡するのよ」
「心配すんなよ母さん。時折生存報告するから」
母さんは優しく目を細めた。
「お兄ちゃん……絶対遊びに行くから!」
「約束な」
六花と指切りをした。
なら、絶対に守らないとな。嘘ついたら針千本飲まされちゃうからな。お兄ちゃんの愛を持ってしてもそれは耐えられないかもしれない。
この家を出る時に、名残惜しいなんて感情が芽生えることはないと思っていた。だけど……今俺の胸には温かい感情がいっぱいあって、この家が好きだって気持ちがあって、それがたまらなく嬉しかった。
ここには無いと思っていた俺の居場所は、その実最初からそこにあって、ただ俺が見ようとしてないだけだった。
馬鹿だよな俺は。六花には格好つけたけど、俺も同じようなもんなんだから。妹の前では格好つけるのがお兄ちゃんなんだ。ちょっとくらい自分のことは棚に上げたって許される。それがお兄ちゃんだから。
「じゃあ……」
前に家を出る時言わなかった言葉。俺の帰る場所はここではないと思っていた心が、無意識に拒絶していたんだろう。
今なら言える。むしろこの言葉以外あり得ないとさえ思える。
だからそう。別れの挨拶はこれしかないよな。
「行ってきます!」
「「「行ってらっしゃい!」」」
うん。これが1番しっくりくる。
―――――――――――――――――
ちょっとしたあとがき
長い冬眠にも関わらず、3章の最後までお付きあいくださりありがとうございました。待ってましたの言葉、死ぬほど嬉しかったです。
いかがでしたか? 前章の反省を生かして、今持てる力の全てを捧げました。
今後の予定を少しだけ。
この作品の1章をプレス機で半分以上圧縮して公募に出してみたり、ちょっとした新作を作ってみたり、少し別方向のチャレンジをしたいので、それらが落ち着いてまた気が向いた時に続きを書いて更新します。
長い目で待っててくださると嬉しいです。
(たぶん早くて半年後……?)
無料だから許してください……!
では、最後に章終わりのいつものやつを……。
ちょっとでも面白かったと思った人は☆で評価をください!
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さらにさらに気分が乗った人は是非レビューをください!!!
全部作者のモチベに繋がります!!!!
意外とちょろいんですよ作者は!!!!!
ついでに、こんな話が見たいなどの意見があれば是非お願いします。
次の構成でねじ込めそうならねじ込みます!
読者様あっての作品ですから!
それでは、次回「野郎と天使と文化祭(仮)」編でお会いしましょう!(進捗0文字)
美咲とイチャイチャしながら、八尋がイケメンと絡んでいく話になるかもです。
(予定は未定です)
みんなの天使が俺に甘い 国産タケノコ @takenokono-sato
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