第10話 みたらし団子
侍女服よし! 髪型よし! 簪よし! お目付け役よし! 時間もよし!
――さあ、準備は整った。約1週間ぶりの厨房へ参りましょう!
晩餐会が開かれてから数日間、私は忙しくて厨房へ行く余裕がなかった。
次の公務に向けての準備だったり、騎士団の慰労に赴いたり、要人警護の訓練に参加したり……王族ってとても大変。
王族はただ護られているだけではダメで、護られる側も有事の際の一連の流れを知っておく必要があるの。当然のことなのだけどね。
爆発が起きた場合はこう動いて、火事が起きた場合はこのように逃げて、などなど、実際に起きた時にパニックにならないよう、あらかじめ私には何も知らされずに突如訓練が始まったこともあった。
……精神的に疲れましたよ、本当に。あれは心臓に悪い。
この疲労は餡子だけでは癒されない。なので今日は新しい和菓子を作ろうと思う!
「こんにちは。お邪魔しますね」
「待ってたっすよ、アズ様! こんちわっす!」
うむ。今日もヨシノは元気いっぱいね。
手が離せそうにない料理長にも挨拶して、早速私たちは和菓子作りに勤しむ。
「今日は何を作るんすか?」
「今日はですね、みたらし団子を作ろうと思います」
黒糖醤油でお餅を食べた時からずっとみたらし団子を食べたかったのよね。
「材料は――」
「もう用意してあるっす!」
あらかじめ材料を伝えておいた甲斐があった。
テーブルの上に並べらているのは、上新粉と水、醤油、砂糖、片栗粉――これだけ。
材料はとっても少ない。でも、美味しいみたらし団子が作れるの。
「早速お団子を作っていきましょう」
「白玉団子と同じ要領っすか?」
「そうですよ」
数回に分けて水を加えながら上新粉を練る。
少しずつ生地がまとまっていき、耳たぶくらいの柔らかさを目指すの。
この世界には白玉団子のような団子は存在する。
でも、それは汁物に入れるのが常識。つまり『団子=おかず』ということ。
スープとか鍋とか。とても美味しいのよね。だから、
「甘いお団子っすか……想像つかないっすね」
この世界の常識に囚われているヨシノは不思議そう。
少し前の私だったら、きっと彼女に共感していたことだろう。
甘いお団子? ないない! って。
ちなみに、白玉粉は『もち米』からできており、白玉団子はつやのあるもちもちとした柔らかい食感になる。対して今回の上新粉は『うるち米』、いつも食べる白米の粉できており、コシのあるしっかりした食感の団子になる。
コシのあるお団子を食べたい気分だったから、今日は上新粉を用意してもらった。
「白玉団子もみたらし味は美味しいですし、餡子にも合いますよ。他には黒蜜をかけるのもオススメです」
「餡子!? 黒蜜!? そっか、それがあったっすね! アズ様……じゃなかった! アズキ様が、あんバタートーストをご考案されてから、米と餡子の組み合わせを試してみたんすけど、不評だったんすよね。麺との組み合わせも微妙で――」
「米と餡子は合いますよ。麺も意外と美味しいですし」
「うぇっ!?」
正確には『もち米』だけど。もち米から作られたお餅と餡子の組み合わせは最高だし、炊いたもち米を餡子で包んだら『おはぎ』になる。
おはぎもいいですね……。次くらいに『あんころ餅』と一緒に作ろうかな。
麺はね、種類にもよるけれど、小麦粉からつくられた『うどんの麺』とか『ほうとう麺』とか、ぜんざいやお汁粉に入れると美味しいの。
「あ、次から私――ではなく、アズキ様の寒天黒蜜には白玉を入れてください。できれば餡子も。『あんみつ』が食べたいです――って、おっしゃっていましたよ」
「あ、あんみつ!? なんすかそれ! ウチの知らない甘味が次々に出てきて混乱してるんすけど! 全部教えてくださいっす!」
「また今度教えますね」
「むぅ! いけずっす!」
一度に教えたら試作するでしょう? でも、試作品を
その間、私は悶々と過ごさなくちゃいけないですよね! そんなのズルい! だからダメ!
王族に出しても問題ないレベルになるまで待てませんよ! だからこうしてお忍びで作りに来ているの。
「うーむ」
「どうしたんすか?」
「生地に火を通すとき、茹でるのと蒸すの、どっちにしようかと思いまして」
「両方したらいいんじゃないっすか?」
「……そうですね。そうします」
せっかく少し多めに作っているのだし、両方作ってみて食べ比べをするのもいいかもしれない。
生地は、いい感じにまとまって、柔らかさもちょうどいい。
あとは茹でる用と蒸す用に切り分けてっと。
「むー! やっぱり気になるっす! ウチも白玉団子を作るっす!」
あんみつが気になっちゃったのかしら。
個人的にはナイス判断! みたらし団子だけでなく、あんみつも食べることができたら最高です。
ヨシノはパパッと材料を持ってきて、手慣れた様子で白玉団子を作り始めた。
「あ、お砂糖を入れた生地も作ってもらえませんか?」
「また何か思いついたんすね! 了解っす!」
それはどうでしょうね。うふふ。秘密!
沸騰したお湯に丸めた生地を投入して茹で、急遽用意してもらった蒸し器にも生地を入れて蒸す。
その間にみたらしのタレを作っちゃいましょう。
「お醤油にお砂糖を入れて、お水も入れて、火にかける」
「ふむふむ……それだけっすか?」
白玉粉をこねながらヨシノが鍋の中を覗き込んでくる。
「これだけですね。温まったら水で溶いた片栗粉を入れてとろみをつけて、みたらしのタレの完成です! まあ、みりんを入れる作り方もありますけど、分量はよくわかりません」
前世ではいつもお醤油とお砂糖だけで作っていたから。
ヨシノ、あとは頼みます。
「くっ! 作り方をメモしたいのに手が離せないっす――あっ! カトレア様! メモをお願いしてもいいっすか!?」
「ちょっ!? ヨシノお前!」
メモを取れないヨシノが導き出した苦肉の策、それは私を見守っていたカトレアにお願いすることだった。
しかし、彼女は元王妃付きの侍女であり、王太子の乳母も務めた女性だ。
実際、慌てて止めようとした料理長よりもかなり地位が高い。今は
普段ならヨシノのような一介の料理人がお願いを申し出ることはできないのだが――ヨシノ、あなた本当に恐れ知らずね。
それで、問われたカトレアはというと、
「構いませんよ」
「よろしいのですか、カトレア様!?」
「ええ。構いません、エドワード料理長。わたくし、手持ち無沙汰でしたから。喜んでヨシノのお手伝いをさせていただきます」
「カトレア様がよろしいのでしたら……。ヨシノ、お前は後で説教だ」
「うぇっ!? なんでっすか!?」
懇願の眼差しを向けられても、私にできることはありません。
おとなしくお説教を受けなさいな。
「さて、いい感じのとろみになったので、タレはよさそうですね」
茹でた第一弾のお団子も火が通ったようなので、お湯から取り出して冷水の中へ。冷やすとキュッと締まるの。
そして、第二弾のお団子をお湯の中へドボン。次々にお団子を作っていく。
「蒸した生地もそろそろですかね」
火傷に気を付けて生地をコネコネ。
一口サイズに切り分けて、次は手のひらの上でコロコロ。
綺麗に丸めていく。
「竹串ってたくさんあります? 無ければ別に――」
「こちらをお使いください」
「あら料理長。ありがとうございます」
スッと差し出された竹串。持ってきてくれたのは料理長だ。
とても気が利く
料理長は仕込みは終わったのかしら?
「竹串にお団子を4個ほど刺していきます」
料理長の手も借りたら圧倒言う間に刺し終えた。
さすがプロの料理人は手慣れているわね。早さと的確さが私みたいな素人とは桁違い。
「あとはこれを焼いて――」
「焼くんすか!?」
「ええ、軽く表面に焼き目がつくまで焼きます」
白玉団子の生地を作り終えたヨシノが戻ってきた。
茹でたり蒸したりする作業は、暇をしていた他の料理人に任せたみたい。
みたらし団子の完成が近いことを察したのね。
ヨシノも料理長も興味深そうに焼かれるお団子を覗いている。
「焼き目がついたらタレをかけて、みたらし団子の完成です!」
「「おぉー!」」
なぜか巻き起こる拍手の嵐。
え? なにこれ。ちょっと恥ずかしいんですけど!
「完成したので――毒見をお願いします」
「はい。いただきましょう」
出来立てのみたらし団子をカトレア様に献上。
ヨシノや料理長も毒見の必要がないので試食し始める。
うぅ……ズルい。見ているだけが一番辛いのよ。
「まぁ! これはこれは!」
「美味しいっす……めっちゃ美味しいっす……! 語彙力が崩壊するっす!」
「美味しいですな。以前の黒糖醤油に似ていますが、このタレのほうが醤油と砂糖の味が綺麗にまとまっていて、団子のモチモチとした食感に合います。なるほど。竹串に刺すと食べやすい」
おぉ! みんな高評価ね!
で、食べていい? 私も食べていい!? 食べていいですかっ!?
私が作ったみたらし団子を早く食べさせてぇー!
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