第83話 (4)高瀬2回戦
S高校の控室に戻ると、ちょうど高瀬が試合に行く支度をしているところだった。
緊張しているらしく、顔がこわばっている。
「おい、高瀬。そんなに怖い顔をするなよ。後輩たちがびびっているぞ」
おれはわざと軽口を叩いてみせた。
「花岡……てめえ」
高瀬がおれの左肩にパンチを打ち込んでくる。いつもどおりの重いパンチだった。
「頑張ってこいよ」
「うん……」
多少の緊張が溶けたのか、高瀬は少しだけ笑顔を見せると、試合会場へと向かっていった。
高瀬の相手は、去年の地区大会優勝者だった。
確か県大会でも三位ぐらいになっていたはずだ。
「高瀬先輩、ファイトー」
「大丈夫、高瀬なら勝てるよ」
試合会場のS高校陣営から、女子部員たちの応援が飛ぶ。
最前列は女子部員たちが固まっているため、男子部員たちはその後ろに立つような形で高瀬の応援をしていた。
高瀬は正眼に構えると、じっと相手を見るようにしている。
対する相手の選手はリズムを取るように、竹刀を小刻みに上下させていた。
静と動。まさに、そんな感じの対戦だった。
先に仕掛けたのは、相手の方だった。
相手は、高瀬の小手を狙って飛び込んできたが、高瀬はそれを冷静に竹刀で受け流す。
今度は高瀬が仕掛ける。
受け流した竹刀で返すように胴を狙う。
竹刀の先は相手の胴に当たったが、当たりが浅いため、審判は一本を取らなかった。
そのままの勢いで、今度は小手を狙う。
相手が受ける。
鍔迫り合い。
相手の方が高瀬よりも少し身長が高いせいか、鍔迫り合いでは高瀬の方が不利のように見える。
高瀬はこの程度で潰されるような練習はしてきていない。
それはおれが一番知っていた。
一瞬、高瀬の体が沈んだように見えた。
相手の腕を下からかち上げるようにして、高瀬が相手の腕を弾き飛ばした。
後ろによろけた相手は、両手が上がった状態となり、胴が空く。
そこに高瀬の竹刀が綺麗に入った。
「胴あり、一本」
会場がどよめいていた。
高瀬の相手は、この地区大会の優勝候補だったのだ。
その優勝候補が無名の選手に綺麗な一本を取られた。
「いいぞ、高瀬。気を抜かないで行け」
思わず声を出して応援していた。
高瀬は冷静だった。
最初と同じように、正眼で構えてじっと相手を見据えている。
相手が焦っているのはよくわかった。
焦りは乱れとなる。
よく、祖父が口にしていた言葉だ。
相手が攻め込んできた。
高瀬は冷静にその攻撃を受け流す。
高瀬の守りは固い。それが相手の焦りへと繋がる。
相手が焦れば焦るほど、高瀬の術中にはまっていく。
雑な面打ち。
剣先はぶれ、速さもない。
高瀬がそんなチャンスを見逃すわけがなかった。
「胴あり、一本」
高瀬の抜き胴が綺麗に決まっていた。
試合に勝った高瀬がS高陣営に戻ってくると、部員たちが一斉に高瀬に話しかけた。
「すごいね、高瀬さん」
「先輩、かっこよかったです」
「この勢いで優勝できるよ、高瀬」
女子部員たちは高瀬を囲んで大騒ぎをしている。
おれは遠巻きにその様子を見ながら、三回戦の用意をした。
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