民族・掟・神の教え・部族法――しがらみとともに二人の戦士は今日も生きる

■ネゴシエーターをテーマにして書かれた名作漫画〝勇午〟という作品がある。パキスタン山岳ゲリラ、極東ロシア、香港黒社会、インド民族問題――世界に実在する様々な紛争問題をテーマに〝交渉〟という行為を持って事件を解決するネゴシエーターの物語だ■その記念すべく第1シリーズがパキスタンの山岳ゲリラ〝ダゴイット〟■時には反政府ゲリラになり、時にはテロリストになり、時には政府と手を組む、その時々の状況に応じて彼らの行動は千変万華に変わる。しかし信仰と民族――この点においては彼らは揺らがない■日本人には日本人のアイデンティティがあるようにダコイットにはダコイットのアイデンティティがある――それを思い知らせてくれた作品だった

■ハイファンタジーという作品を書く場合にあたり、意外と意識されないのが〝民族〟という問題だ。多くは人間対魔族という最も大きく緩いくくりに依拠し、人間をさらに対立させる民族という問題には手を出す作家はそうそういないだろう■当然である『民族とは何か?』そのとても重い問題に向き合って作家自身が答えを出さない限り書けない題材だからだ

■そしてその問題にひとつの答えを出した勇敢なる作家が書き出した傑作がこれだ

■500年前に起きた巨大な魔法事故――そして世界規模の戦乱が起きて――現在その場所には平和とはほど遠いダルマチアと呼ばれる大地がある■しかしそこには多種多様な民族が住みそれぞれのしがらみと主張の中で生きている。そしてそうした民族という括りからもこぼれ落ちてしまった2人の戦士――イリムとグジム――自らの所属していた民族が最低限の秩序を守るために残した部族法により故郷に帰ることができなくなってしまった2人だ。安住の地も、目的とする場所もなくした2人は、戦乱と抗争の絶えない大地で狙撃手と観測者と言う2つのプロフェッショナルとして今日も生き抜こうとしている。
■そこには魔王も魔族もいない、勇者もいない――しかしこの2人の戦士が明日の生存を願って引き金を引き続ける姿に〝誇りある勇者の姿〟を見ずにはいられない。
■ハイファンタジーで戦争を描こうとするなら是非一度読んでもらいたい

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