23:2つのお手紙①

 西方の街ベアトリクスから戻って、三日と経たないうちに屋敷にヴェパー伯爵からの手紙が届いた。文面はとても丁寧だけど、有無を言わせぬ言い回しは昔の通りでまるで変わらない。

 これは間違いなく怒ってるわね……

 どこかで勇気を出して伺う必要があるけど、まだちょっと無理だわ。



 気分が重くすぐれないまま夜を迎えて、いつもの通り執務室に入り仕事を始めた。

 計算のチェックに書類の不備確認を行い溜まった書類を片付けていく。今日のペースは悪くなく、自分の山を片付け終わった所で次の仕事を貰おうとフリードリヒの方を見れば、彼の手はすっかり止まっていて、テーブルに置かれた一枚の書類を憎々しげに睨みつけていた。

「どうかなさいましたか?」

「次回の契約更新から船の賃料が上がると通達があってな。少し頭を悩ませていた。

 すまん、君の手を休ませてしまったか」

 フリードリヒに限らず、貿易商人の多くは独自の船を所有していない。複数の商人が集まり出資し合うことで港から船の権利を借りている形式を取っている。今回の通達でそれが上がるらしい。

「いえそれは構いませんが、いかほどとお聞きしても?」

「二割だ、どうだ笑えるだろう」

 次の契約更新は三ヶ月後。

 こんな時期に交渉も無く一方的に値上げの契約書が届いただけでもあり得ないのに、その値上げの幅が二割とはまったく穏やかではない。


「賃上げの理由はなんと書かれているのですか?」

「ここには船の燃料代の値上げに伴ってと書いてあるが、こんなのは唯の口実だ」

 フリードリヒは過去の燃料代を調べていた。

 それによると、確かにここ半年は値上げ傾向になっていた。だが一年前の値段に比べればまだ安いし、こういった値上げ値下げの流れはここ十年の傾向によると当たり前だそうだ。

「口実と仰るのです、もしや心当たりがおありですか?」

「……まあな」

 フリードリヒは言い辛そうに顔を顰めた。


「教えて頂けますか?」

「先に言っておくが、これは俺の責任でリューディアには関係が無いぞ。

 先月の夜会で俺とザロモンと揉めただろう。多分それが発端だ」

 ザロモンの商店とフリードリヒの商店は大体同じくらいの規模だ。しかし貿易だけではなく貴族相手に宝石や金貸しを行って、リスク分散を図っているフリードリヒに比べて、ザロモンは貿易一筋。当然ながら船の使用量はフリードリヒを圧倒している。

 港にとっての良客ゆえに彼は港の組合に少々顔が利くらしい。

 今回はその伝手を使って、こちらに嫌がらせをして来たのだろうとフリードリヒは教えてくれた。


「それは半分以上わたしの責任ですね、申し訳ございません」

「だから違うと言っている!

 奴を殴ったのは俺だ、だから俺が悪い」

「フリードリヒ様はわたしの事を強情だと仰いますけど……

 いいえ止めましょう。ここでわたしたちが言い合っても時間の無駄でした。

 どうでしょう、すべてザロモンが悪いということで手を打ちませんか?」

「フッ全くその通りだな。声を荒げて済まなかった」

「いえそれには及びませんが、……どうなさるおつもりですか?」

 フリードリヒは確かに手広くやっているが、儲けの多くはやっぱり貿易で、このまま船の賃上げが行われればかなりの痛手を被るだろう。


「奴は値上げが本意ではない。

 なぜならここに別の手紙があるのだからな」

 そう言って見せてくれたのはザロモンの名の書かれた手紙だ。

「拝見しても?」

「構わんが確実に気分を害するぞ」

 それでも読まない訳にはいくまいと、手紙を開いて読んだ。


 熟読する必要は無かろうと流して読んだのだけど……

 う~ん……読まなければ良かったと心から後悔したわね。


 わたしに対する罵詈雑言はこの際無視するが、フリードリヒに対しての暴言にはかなりの自制心を要求された。

 特に最後の、『許して欲しければ皆の前で謝罪し、詫び料を払え』と言う文は、はらわたが煮えくり返る気分よ。

 自分の行いを棚に上げてこんな態度をとるなんて、浅ましいにもほどがあるわ。


「お、おい破るなよ?」

「あらっわたしったらそんな顔をしていましたか?」

「無自覚か……」

「フリードリヒ様? まさかこれを承諾するなんて言いませんよね」

「ふんっそれこそまさかだ。

 俺が破るなと言ったのは、俺が破り捨てたいからだ」

「じゃあはんぶんこしましょう」

 その提案がおかしかったのかフリードリヒは声を上げて笑った。

 それから二人で手紙の両端を持って、せーのと掛け声を上げながら破ってやった。

 あ~スッとした!

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