18:無礼な男②
「おい!」
怒鳴るような声と共にザロモンの肩に手が乗った。
そのまま力任せにぐぃと肩を引かれ、ザロモンの体の向きが変わった。そして小気味よいバキッと言う音と共に、ザロモンの頬に拳がめり込んだ。
「ぐあっ!」
ザロモンを殴りつけたのは、怒りの形相を湛えたフリードリヒだった。
殴りつけた時に手を痛めたのか、彼はぷらぷらと手を振って遊ばせている。
「フリードリヒ! テメェ何しやがる!!」
「それはこっちの台詞だ。リューディアが俺の妻だと知っての狼藉か」
「ふんっこいつは借金の形に貰っただけの女だろう。折角だから返済の手助けをしてやろうと声を掛けてやったんだよ!」
今度は彼の腹にフリードリヒの拳がめり込んだ。ザロモンはぐぇっと呻きながら体をくの字に折った。
「テ、テメェ……
一度ならず二度までも! 後悔させてやる!!」
「ハッ言われるまでも無い、とっくに後悔してるよ。
お前の様なクズ野郎と知り合いだったことにな!!」
そう言うが早いか、互いに拳を握って殴り合いが始まった。
ここがいくら壁端とは言え、こんな騒ぎになれば当然目立つ。すぐに人混みが割れて体格の良い男たちが現れた。
自分に非があると解っているのか、ザロモンはそれを見て舌打ちを漏らし、
「チッ覚えてやがれ!」
と、まるでチンピラの様な捨て台詞を吐いて逃げて行った。
「ふんお前こそ覚えて置けよ、これは
本当の事だけど、堂々とそう宣言されると流石に恥ずかしい。
っと、それどころじゃないわ。
「あの良かったのですか?」
「何がだ」
「だってあの方、商売相手だと仰っていましたよね」
「ああそんな事か、ならばどうでもいい。あいつとは二度と取引をしないのだからな。
それよりも、助けに入るのが遅れて済まなかった。
大丈夫だったか?」
「ええ相手にしていませんでしたから大丈夫です。
でも来てくれて嬉しかったです」
「まああれだ。お前は俺の妻だからな、助けるのが当たり前と言うか……な?」
「手と頬が……
明日になると腫れてしまいますね。氷を貰ってきます」
「むぅ……
くそっザロモンめ、遠慮なしに殴りやがって」
主催者から、今回のいざこざの原因を聞きたいと言われて、わたしとフリードリヒは会場から客室へ場所を移していた。
そこで従者に運んで貰った水とタオルを使って、彼に殴られたフリードリヒの頬を冷やした。そしてもう一つ、殴りつけた手も赤く腫れてきたので同じく冷やしておく。
「慣れないことをするものじゃないな」
タオルが気持ちいいのか、フリードリヒの口調は先ほどとは打って変わって穏やかだ。
「わたしの所為で済みません」
「何を言うか、悪いのはすべてザロモンだ」
一人になったわたしの迂闊さを叱る事も無く、フリードリヒはどこまでも優しい。
「あの……」
「どうかしたか」
「今さらなんですけど、どうやらわたしはあなたのことが好きみたいです」
「くっく、なんだそれは。
本当に今さらだぞ?」
「だって仕方がないじゃないですか、あんな風に恰好良く登場して助けてくれたんですもの。誰だって好きになっちゃいますよ」
「じゃあこれでめでたく両想いだな」
「えっ両想い?」
「なぜ疑問形なんだ」
「だってわたしにはフリードリヒ様に好かれる要素が有りませんもの」
「そうかな。雇用費も支払うことなく仕事を頼めるところは大変魅力的だぞ」
「ハ?」
思わず乾いた声に出たが、彼の目が悪戯が成功したかのように笑っていたから、さっきのは冗談だと気づいた。
「もうっこんな時にそんな冗談を言うなんて!
申し訳ございませんが前言を撤回いたします。好きだと言ったのはわたしの勘違いでした!」
「それは困ったな、どうすれば許してくれる」
「……わたしのどこが良かったんですか?」
フリードリヒはニコッと笑い、顔を徐々に近づけてきた。
ああこれはキスされるなと思って頤を上げて目を閉じようとすると、「綺麗な緑色の瞳だよ」と囁かれて、慌ててぱっちりと目を開けた。
その様子が可笑しかった様で、彼はくっくと嗤うとパッと距離を離した。
甘い雰囲気は今度こそ綺麗さっぱり霧散した。
「もう! また冗談ばっかり!」
ドアの外からノックの音が聞こえた。
冗談の所為ですっかり白けていたから、立ち上がりドアに行こうと腰を上げた。しかしフリードリヒに手を取られてグィと引かれて失敗。
瞬く間に、すっかり彼の腕の中に納まっていた。
「悪かったよ」
そのまま、フリードリヒの顔が迫ってくる。
「あのノックが」
「待たせて置け」
したいかしたくないかの天秤はすぐに片方に傾き、わたしはそっと目を閉じた。
唇に彼の体温を感じながら……
ああっもう! わたしって流されると弱いなぁ~と心の中でため息を吐いた。
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