第四十八話 校長、挨拶、勘違い

私とトラファムは、サフィこと大精霊サフィーア・サルビアに連れられ、学園内を歩いていた。

学園の中は、外から感じた無骨な要塞のイメージとは違い、古さは感じられるものの、細かい装飾やうごめく絵画、魔法文字が刻まれた扉など、「魔法学園」という名の通り、見たことのない不思議なものが目に飛び込んでくる。

そういったものに目を奪われて、つい足を止めそうになってしまうが、そんな私をよそにサフィは歩みを緩めることなく、どんどん先へ進んでいくため、時折小走りで追いついている。


「目新しいものがいっぱいあるのはわかるけど、今は目的の子に会うのが優先よ。もう少ししたら、あの子、先生との個人レッスンがあるはずだから、用事を先に済ませないと」

「その子の予定までわかるんですか?」

「ええ。この学園にいる子たちの予定はすべて把握してるわ」


先ほど、サフィから彼女自身について簡単な説明を受けた。

サフィはこの場所を守護するために契約を結んでいる大精霊であり、人の姿をしているが、人とはまったく異なる存在なのだという。


『簡単に言えばこの学園、そしてここにいる子たちを守るため、管理者として存在しているのが今の私よ』


そうした簡単な自己紹介を受け、私たちは目的地へと向かっているわけである。

「精霊」なんてとんでもないワードが出てきたため、以前の私なら驚いて質問責めにしていたかもしれないが、村を出てからは理解の追いつかない出来事ばかりだったせいか、昔ほど動揺しなくなってきた……かもしれない?


(でも後でいろいろ聞きたい……まさか精霊なんていう存在が本当にいるなんて……)


精霊。童話などでは聞いたことがあるが、まさか実在しているとは。

妖精などと似た存在なのだろうか? それに、姿も人の形をしているなんて。

――やっぱり、今すぐ聞きたいかも。


などといろいろ考えているうちに、サフィの足が止まった。

横を見ると、ここに来るまでに見てきた扉とは異なる、少し大きめの扉の前だった。


「はい、到着。ここが校長室よ。今、中に入っても大丈夫か確認してくるから、二人とも少し待っててね」


そう言うとサフィは、扉に手を……かけることなく、そのまますり抜けるように向こう側へと消えていく。


「えぇぇ!? トラファム、今サフィが壁の向こうに幽霊みたいに!!?」

「あー、私も最初に見たときは驚きましたよ。もう慣れましたけどね」


「いつものことです」というような涼しい顔でそう返すトラファム。

先ほど、自分では“慣れてきた”と思っていたが……どうやら私は、まだまだのようだ。


「言っていた通り、彼女は精霊なので。何の処置もされていない物理的なもので遮っても、ああやって通り抜けてしまうんですよ。精霊の方々は大体あんな感じです」

「その言い方だと、他にも精霊がいるように聞こえるんだけど……」

「もちろんいますよ。私が面識あるのは、サフィを含めて4人くらいですが」

「あと三人もいるの!?」


自分で口にしたあと、ふと「精霊を“人”と数えるのはおかしいのでは」と考えがよぎるが、その思考が巡る前に、扉の向こうからぬっとサフィの上半身が飛び出してきた。


「ちょうど今、話が終わったところだから入っても大丈夫だって。開けて入ってきて」


そう言って彼女は、また扉の向こうへ音も立てずに消えていく。


「じゃあ、入りましょうかエーナさん」

「そうね、入りましょう……扉の向こうでこれ以上、超常的なことが起きないことを願うわ」


――たぶん無理なんだろうけど。

そう思いながら扉をノックし、トラファムが扉を開けて中へ入っていく。

それに続いて、私も扉を抜けて部屋に入る。


そこに広がっていたのは……壁棚に敷き詰められた分厚い本の数々と、飾られた写真や絵画。

部屋の奥に見えるのは、大きな机と、同い年くらいのショートヘアで黒い髪の少女、そして机の向こうに腰を掛ける一人の白髪の老人の姿だった。


老人の顔には皺こそあるが、その顔つきは衰えを感じさせないほどしっかりとしており、細目ではあるが、その目からは力強さが感じられる。


「そんなところに立っていないで、近くまで来たまえ」


立ち止まって部屋の様子をうかがっていた私に対して、老人はそう呼びかけた。

「はいっ」と返事をして、小走りで机の前に近づく。


「君か、アピロが目をかけているという娘は。確か、エーナだったかな」

「はい、私、エーナ・ラヴァトーラっていいます……目をかけてもらっているのかは、わからないですけど」

「はは、目をかけていない娘を、わざわざあの魔女が弟子に取るわけがないだろう。

私はエルハライオ。この学園の校長代理をやっている。よろしく、エーナ」

「こちらこそ、よろしくお願いします。エルハライオ校長……代理?」

「ああ、代理だ。訳あってな。たいした理由ではないから、まあ気にしないでくれ」


そろそろ他の人に任せたいんだがねと付け加えて、エルハライオ校長代理は少しため息をつく。


「でも、もう長い間校長代理をしているから、校長って呼んでも大丈夫だと思う」


と、机の横にいたショートヘアの少女が私に声をかけ、私の元へ近づいてくる。


「私の名前はフロノ。この学園に通っている生徒。あなたが、あのアピロの弟子になったっていう天才魔法使いね」

「えっと……よろしく、フロノ。さっきも名乗ったけど私はエーナ……あれ?」


いま、何か言葉の内容がおかしかったような?


「えっと、“天才魔法使い”って、アピロさんのことよね?」

「ええ。アピロが天才なことも知ってる。そして、その天才魔法使いがすごい弟子を取ったっていう噂も。そんな人に会えて光栄、よろしくエーナ!」


一方的に手を取られ、握手される私。

あれ、これってなんだか……すごい思い違いというか、事実と異なる話が広まっているような……。

その実感が湧いてくるのは、話が進んでしばらく経ってからのことだった。

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