第四十四話 発端

時は遡り一カ月程前

アピロさんの屋敷で私は日々詰まれた分厚い本の山に囲まれ、その内容と悪戦苦闘を繰り返していた。


(薬草関係の話も分けわかなくて困ってたけど、実際の魔法技術の話になるとそれ以上に何を書いてるかわからない……)


草や薬の話は分からない用語や単語こそあるものの何をどうどこに生えているのか、どう調合すればいいか、どういう効能があるのかという部分については少しは雰囲気をつかむことができた。まさに四苦八苦、悪戦苦闘という中ですべては理解していないにせよ何とか読み終えた。

そして次に手を出したのがこの魔法技術の本だ。

その名の通り、実際に魔法を使うための内容が書かれている本だとアピロさんにもいわれこの本を開く前まで魔法が使えるようになるかもしれないという事で内心では少しわくわくしていたのだが……。


「無理、内容云々の前になんて書いてあるのかわからない……」


いざふたを開けてみるとこうである。


「というか何なのよこの本、文字は書いてあるけど意味をなしてないじゃない。

右に回って適度な水を飲んで月を見上げる……なんなのよこれ」


本の内容は読める文字こそ書かれているがまさに単語を並べただけの文字の羅列、といった状況でお手上げな状態であった。


「うーん、そのまま読むわけじゃなくて逆さまで……いやそれだもう単語としても成立してないし……」


お手上げだった。この本に関しては私だけの力で読み解くことはむつかしそう。


「もう少しこの本に着手するのが早ければキャトに聞けたのに、うーん前の本に時間かけすぎちゃったなぁ」


キャトは数日前に王都の方へと帰ってきた。

私の付き添いで暫くの間一緒にいてくれていたが、流石にそろそろ戻らなければならないとの事でグリフォンで迎えにきたアルバートさんと共に王都へ帰っていった。

雑務とは言え彼女がやらなければならない作業や魔法の修行が止まっている事もあり暫く遠出はできそうなさそうだ。

ちなみにキャトの学園推薦件は魔法を師事しているお師匠様に確認を取らないといけないとの事なのでまだ決まっていない。

もし入学できるとなれば、おそらくは私と同じタイミングで次の入学時期に学園に入る事になるためお互いその時はよろくね、と挨拶を交わして別れたのだった。


「まあいない人の事考えても仕方がないし、アピロさんに聞くしかないかな」


アピロさんは相も変わらず自由奔放で、部屋に籠もりっきりかと思えば突然どこかへ外出に出て一日帰って来なかったりと行動がまったく読めない。

前はお宝を探しにいくと突然断片世界に連れていかれて本人は勝手にどこかへいってしまうし、まさに自分勝手である。

一応その後探しにはきてくれて無事に帰れたけれど……。

ともかく聞かない事には始まらない。

読んでいた分厚い本を閉じて抱え、自室を出て屋敷奥のアピロさんの部屋と向かう。


階段を下りて一階右側の廊下を突き当りまで歩き右へ向かって。

その時、とある人物とばったり曲がり角で遭遇した。


「エーナさん、どちらに行かれるんですか?」


ばったりと会ってすぐさまそう尋ねてきたのは、この屋敷の自称使用人であるトラファムであった。

私と同じくらいの年の男の子でこの屋敷に住んでアピロさんの身の回りの生活の世話などをしているとの事だった。

ちなみになぜ自称なのかというと、その言葉通り使用人と言っているのは本人だけでアピロさんは何回かそれを訂正しようとしたのだが、本人がそれを大声でかぶせたり否定したりしているのだ。


「こんにちはトラファム。えっと、読んでる本でわからない事があってアピロさんに聞きに行こうと思っているの」

「アピロさんなら先ほど知人に会いに行くとの事で出いかれましたよ」

「いつのまに……。困ったなぁこれ以上は私一人だと進みそうにないのに……」

「その手に持っている本について困っているのですか?」

「ええ、アピロさんに読んでおいてって渡された本の一冊なんだけど文章が意味をなしてなくて何が書いてあるのかわからないの」

「なるほど、そういう事ですか」

「そうだ、トラファムは魔法については詳しかったりしないの?アピロさんの傍に長い間いるんでしょ」

「いえ、それは……」


そう尋ねられたトラファムはばつが悪い表情で目線をそらす。


(もしかしてこれ、聞いちゃいけなかった奴かな)


もしかすると彼に魔法の話はタブーだったりするのだろうか。

暫くの間、二人のいる場を沈黙が支配する。

なんと声をかければいいのかを考えていると、トラファムの方から声をかけてきた。


「すいません、黙ってしまって。その、僕は魔法関係には縁があったりするのですが魔法そのもには詳しくなくて……。エーナさんのお力になる事はできません」

「そんな、いいのよ。もしかしたらわかるかなと思って聞いてみたんだけど、もし気を悪くしたならごめんなさい」

「いえ、大丈夫です、気にしないでください。……本の件ですが私では確かに力になれないかもしれませんが、解決してくれる人物については心当たりがあります」

「アピロさん以外で誰か聞ける人がいるの?」

「はい。実は本日とある魔法使いの方に会いに行く予定があるのですが、その方ならおそらくエーナさんの抱えてる問題についても解決方法がわかるのではないかと思います」

「でもそれって別の用事で会いに行くって事よね。なんか突然知らない人にそんな質問されて気を悪くしないかな?」

「それは大丈夫だと思いますよ。その方は凄く優しいお方ですから、きっと力になってくれると思います。もう少ししたら街のとある場所で会う約束をしているので向かう予定です」

「……ちなみに、アピロさんっていつ帰ってくるかわかる?」

「おそらく今日は帰ってきません。今回はかなり遠出をするという事だったので」

「はぁ……、そうするとその人に頼るしかないのか。よし、トラファムについていくわ、丸一日部屋で悩んでてもしかたないから」

「承知しました。私も支度をするので準備ができまししたら玄関前で待っていてください。では後程」


そう言ってトラファムは一旦その場を後にした。

行くとは言ったものの、この大きな本を抱えて街まで歩くのはそれなりに疲れそうだが解決する手があるのなら頼らない手はない。

よし、がんばるぞと心の中で気合を入れながら私は外へ出る支度を整えるのだった。

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