Don! Don! Dance! Dance!
砲弾が直撃し、破砕された岩石が凶器となって飛散する。無差別凶器に対して、黒い翼が開いて盾となる。翼が開き、隙間からトワが顔を覗かせた。
彼女に庇われたガルゴが今にも噛みつきそうな表情で、砲撃を続ける海賊船に悪態を吐く。
「何処の海賊だ、ちくしょうめ。町を滅茶苦茶にしやがって。この町に奪う物なんか何も無いのに!」
「本当にそうかしら」
トワの言葉に、ガルゴが振り返る。
「町には金も食糧も無い! 呪いのせいでだ!」
「でも、海賊として近海を通る商船から奪ったんでしょう?」
「皆で生きる為だ! その略奪品だって、残っちゃいない!」
「なら、目的はアナタたちよ」
ぴしゃり、とトワは言い放つ。ガルゴは不可解だと言わんばかりの表情だ。
「町に何も無い? 馬鹿言わないで。アナタたちが居るじゃない。数年間、商船を襲い続けた海賊が」
「……」
「奪いに来たんじゃなくて、復讐しに来たんじゃない?」
「……気持ちがよく分かるんだな」
ガルゴは嫌味を言う事しかできない。それに対して、トワは否定を返さない。
「この町を恨まなかった訳じゃないもの」
「っ。くそ!」
行き場のない怒りをガルゴは足元の小石にぶつけた。こんなやり取りに意味がないと、彼も理解している。だから、憤りを飲み込んで考える。
どうすれば、あの砲撃から仲間や町の人を守れるのか。
すると、彼の蹴った小石が建物の壁に当たる。度重なる衝撃でヒビが入っていたせいか、小さな小石で崩落が起きた。
足の悪いガルゴは逃げられず、無意識に杖を抱え込んだ。
ガラガラガラ!
黒翼が一薙して、土煙が晴れた。トワがまたガルゴを庇ったのだ。
「まったく。一帯が不安定なのよ。軽率な行動は控えて」
トワの小言もガルゴの耳には届いていない。彼はじっとトワの黒翼を見つめている。
硬質な鱗がひしめくトワの黒翼。柔軟性の代わりに硬さを手に入れたそれは、建物の壁石や鋼鉄の砲弾なら弾ける。
ガルゴが目を輝かせて、トワの鱗まみれの手を握る。
「力を貸してくれ! あんたが必要だ!」
「え、何? 何?」
☓ ☓ ☓
「……よし。まだ崩れてない。こっちだ!」
「行け、アレッシオの所まで」
アレッシオたちは民を連れて、砲撃の被害を避けながら移動していた。
しかし、その数は当初よりも少ない。見捨てたり、崩落に巻き込まれたのではない。切り離したのだ。
体力のない民たちは町の外まで逃れる力がない。そこでアレッシオは、まずは各地にある地下拠点を目指す事にしたのだ。そこに体力がない者を優先して、避難させていった。
それが彼らの生存戦略。残った民は疲労や飢えに負けず、まだ活力があった。アレッシオの志が足を動かす原動力になっていた。
しかし、進行は遅い。
砲撃の隙間を縫うように、かつ道無き道を進んでいる。安全を優先している方針では無茶ができない。しかも、道の状態は最悪で、トラブルに阻まれて何度も迂回させられていた。
迂回先で、一行は決断を迫られていた。
すなわち、危険を承知で進むか、気力が保つか不明だが戻るか。
瓦礫の山に登って通れそうな道を探していたアレッシオ。彼は振り返り、隠れている仲間に合図を送った。
戻ってきたアレッシオが深く息を吐く。
「駄目だ。今にも崩れそうな感じだ」
「いよいよ進退きわまったな。他は火の手だらけ、崩れそうでもここしかない。どうする、アレッシオ?」
ソップの進言にアレッシオは悩む。
比較的動ける者らだが、全員が弱っている。危険な道を通るリスクは高い。
「あまり悩んでいる時間はないぞ」
「わかってる、わかってるよ」
しっかりと道が通じている保証もない。かといって、引き返して移動距離が長くなるほど、砲撃に晒される事になる。
最善手を考えるほど、正しさから遠ざかっているような錯覚に苦しむ。
「な、なあ」
民の一人が話し込む二人に話し掛けてきた。骨が浮かぶほど痩せ細っているが、他と比べてマシなぐらいに、顔に生気がある男だ。
「何だ、どうした?」
ソップが問うと、男は片手の甲を掻きながら問い返す。
「ここを進むのか?」
「相談中だ。まだ待っててくれ」とソップが突っぱねるが、アレッシオは離れようとする男を引き留めた。
「皆どんな感じだ。聞かせてくれ」
アレッシオは仲間に意見を聞きたかった。
男はかすかに驚いた顔をアレッシオに向け、逡巡した後に言葉を口にした。
「辛いさ。気力だけで動くのも限界だよ」
「生きるか死ぬかだぞ」
ソップの刺すような言い草をアレッシオは咎める。痩せた男は疲れ切った顔で困ったように一つの選択肢を口にする。
「なあ、戻らないか?」
「戻るのだって危険だ」
「腹が減って疲れちまった。皆そうだ。せめて、どこ安全な所で休みたい」
「だよな……」
言いたい事を言い尽くし、男はトボトボと傍を離れた。仲間の背を見送るアレッシオの顔は曇っている。ソップが聞く。
「どうするんだ?」
「ロープか何かで梯子を作る。この瓦礫の山さえ越えれば拠点はすぐだ。皆、休める」
「そうか。そうか」
困難を前にして、アレッシオは仲間の事を考えて答えを出した。ソップはウェルターナと似たものを感じ、かすかな胸の苦しみを呑み込む。自身の罪悪感の代わりに、アレッシオへ称賛を送る。
「お前は凄い。彼らもお前を信じている」
「何だよ。この作業じゃ大工の力がいるんだ。頼りにしてる」
「……ああ」
胸の根深い所に刺さる毒刺のような痛みが和らぐのをソップは感じる。
苦境にありながらも、誰も輝く明日を掴む事を諦めなかった。今がどうであれ、ベローナたちが諦めなかった事が人々の根性を作り上げた。
☓ ☓ ☓
しかし、――
――夢ごと呑み込まんと、呪いが大口を開く。
☓ ☓ ☓
男の背を飛来した槍が貫いた。
槍の柄は粘性の黒い海水で濡れていた。黒い水が血と混じり、赤黒い液体が槍伝いに地面へと垂れる。垂れた液体が膨れ上がり、触手と成りて、男に近づいた他の者らを捕まえる。
異変に気付いたアレッシオとソップが駆け寄るよりも早く、黒い触手ごと仲間は黒い海水に沈んでしまう。
消える仲間と入れ替わるように、黒い海水から人の姿をした何かが浮上する。
アレッシオが剣を引き抜き、黒い人へと剣先を突き出す。黒い人が槍をアレッシオの剣先へとかち当てる。
「ッ!? 皆に何をしたッ!」
黒い人は答えない。否、口がない。
黒い人は水のような照り返しを持ち、男のようにも女のようにも見え、何者か判然としない異質さがある。
もっともアレッシオたちを混乱させたのは、顔の造形である。彼らが見知った、口なしの凹凸がタロの顔に見えるのだから。
再度振るわれたアレッシオの剣が黒い人の左肩から袈裟斬りに深く食い込んだ。だが、剣先は丁度胸の辺りで止まる。深く食い込むほど、水の抵抗で剣の威力が落ちたのだ。
アレッシオは剣を握る手に、まるで海に剣を叩きつけたような抵抗感を感じていた。
「タロの……」
見知った仲間の顔に驚いていると、アレッシオは不思議なものを目撃する。
タロと思っていた顔が次の瞬間には、別人の顔に見えはじめた。何度も何度も、顔の印象が変化し、その中には、地下拠点に避難させた仲間や殺されたばかりの仲間も含まれていた。
正体不明の存在に、背に冷たいものを感じる。
「な、何だっ?!」
怯むアレッシオに対して、黒い人はまっすぐ左手を伸ばした。咄嗟に、アレッシオは手で顔を隠した。
地下水源そのものが黒い海水であり、地下水路はいわば身体のようなものだ。取り込んだ人数が増えて知恵を得た黒い海水は、水脈という己の身体を応用する方法を発想した。
拠点から拠点へ水脈を通して物資を運搬する。すなわち、水運を開発したのだ。大きな物でも時間を掛けて運ぶ事ができる。
地下水路を通ってきたそれは、黒い人の足元に広がる水溜りを抜けて、足、腰、胴、腕を通り、左手へと装填された。
左手に集まる小さな粒状の物体が水圧で加速されて発射される。粒はアレッシオの左手にぶつかった。
「痛ッ」
鋭い痛み。見れば、アレッシオの掌には、鋭く尖った石粒がいくつも刺さっている。
黒い海水は水運という特徴を攻撃に転じた。地下水路の水流を流れる石同士がぶつかり合い、研磨され、鋭い礫を弾丸のように発射する。無限の弾数を誇り、決して弾詰まりしない連発式水鉄砲を開発した。
何度も何度も礫を含んだ水が発射される。アレッシオは武器を手放し、両腕で顔を守る。みるみる内に、全身が血まみれだ。防戦一方となった獲物に、黒い人は槍を突き出す。
ソップが割り込み、槍の一撃を止めた。彼は剣を持つ手を捻り、槍に沿って滑らせ、返す刀で黒い人を切り裂いた。
斬られた事を意にも介さず、黒い人が左手の照準をソップに向ける。だが、ソップは攻撃の勢いを止めず、更に一歩踏み込みで黒い人の左手を半分に斬った。
十分な加速が得られず、水鉄砲は不発に終わる。ソップの連撃は続き、最後の一撃で黒い人の首が飛んだ。
黒い人は形が崩れ、ただの水溜りとなった。
「アレッシオ、無事か。傷は?」
「大、丈夫。尖った礫が刺さっただけだ。目とかに入ってない。それより、お前肩」
アレッシオは相棒の肩に視線を向けた。剣を振るっていたソップはやっと右肩を負傷している事に気付いた。
「……ああ。どうりで右が振りにくいと思った」
「それでアレかよ。やっぱ、ベローナとか強い連中の仲間だなお前」
「大工の才能そこそこだったがな」
「! ソップ後ろ!」
声で振り返ると、水溜りから黒い腕が生えている。一本、いや、二本三本と生えてきて、――やがて、複数体の黒い人が出現する。
止めどなく水溜りから黒い人の群れが増殖する。アレッシオとソップは一人ずつ応戦するも、処理速度が出現頻度に追いつかない。
あっという間に、二人は瓦礫の山まで追い詰められた。
傷だらけのアレッシオは血で滑らないように武器を強く握り直す。負傷した相棒を守ろうと前に出る。そんな姿勢に、ソップの戦意が上がる。
数の不利は圧倒的、二人だけで乗り越えられる難局ではない。だが、二人は生き残る事を諦めない。
だが、呪いから生まれた存在は悪辣だ。
黒い人の顔がまた変化し、――黒い海水の知識にある中で、この二人に最も精神攻撃になる人物を選ぶ――とある人物の顔になる。
「ウェル、ターナ?」
それは、誰の声だったのか。二度と会えない筈の死人への呼びかけはか細かった。
アレッシオとソップの足元がぬかるんだ。視線を落とせば、地面から黒い海水が滲んでいた。
「くそ、アレッシオ。罠だ! まずいぞ」
「あ、ああ……」
二人は黒のぬかるみから抜け出そうともがく。だが、逃れる時間はない。黒い群れが集結しようと動き出す。
「ここだ!」
瓦礫の山頂から声がした。ガルゴが杖の先に火の付いた布を巻き付け、空に向かって左右に振っている。
ガキンッ!
上空で、金属質な玉を打つ音がする。見上げれば、黒い丸が近付いてきて――。
上空でトワが砲弾を翼で打ち返したのだ。地面に着弾する。衝撃が黒い人群れを吹き飛ばす。
「こっちだ!」
ガルゴがロープを垂らす。アレッシオたちはそれに掴まり、黒い海水を抜け出して瓦礫の山を登る。
生き残った数体が追いすがるが、トワが連続で砲弾を弾き飛ばしてくる。堪らず、黒い人は地面へと消えた。
瓦礫の山を登り終えたアレッシオが空を指差す。
「何だアレ?」
「味方だよ。取り敢えず、移動しよう」
「ああ。立て直さなければ」
ソップもガルゴに同意する。だが、アレッシオは渋い顔で首を横に振る。
「……俺は戻る」
「アレッシオ?」
ソップが振り返った時には、もうアレッシオは瓦礫の山を下り降りていた。
「皆の所へ行く! 町の外で合流しよう!」
「待て、危険過ぎる! アレッシオ!」
アレッシオは背を向けて走り去っていく。ソップも後を追おうとするが、度重なる行き来で瓦礫の山が崩れた。それでも飛び降りようとするソップをガルゴが止める。
「怪我じゃ済まない。追うなら迂回しないと」
「……ああ」
ソップは空で砲弾を弾く何かを見上げ、疑いの目線をガルゴへ向ける。
「アレは怪物だな。まだベローナ側か? それとも、お前も自分で決めた口か?」
「わからない。彼女なら砲撃を何とかできると思っただけだ」
ソップは「そうか」とだけ呟いた。
「俺はアレを信じよう。アレッシオを助けてくれた。信じられる理由になる。ん? 見ろ」
ソップが空を指差す。ガルゴも見上げる。空では、砲弾を防ぐトワに空飛ぶ白い影が襲いかかっていた。レディだ。
「くそ、白い方がどうして邪魔するんだ!?」
「……あの砲撃は怪物の仕込みだったのかもな」
「そんな」
どうして、と言葉が出そうになるが、ガルゴはトワとの会話を思い出した。
「復讐の為、なのか……」
「俺はアレッシオを追う」
ソップは瓦礫の山から近場の建物に飛び移る。ガルゴの方を振り返る。
「ベローナは呪いごと町を、過去を清算する気だ。アレッシオは復興させ、過去を取り戻す理想がある。ガルゴ、お前はどうする?」
ガルゴは逡巡し、杖を握り直して答える。
「多分、アレッシオの道とは違う」
「そうか。気を付けろ。それと、砲撃を何とかしてくれたら有り難い」
そう言い残して、ガルゴはアレッシオが向かった方角へ向かう。
結局、一人になったガルゴが空を見上げる。空ではトワとレディが戦っていた。
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町の空
海賊船から飛んでくる砲弾を、被害の少なそうな場所を狙って、トワは翼で打ち落とす。しかし、レディが妨害してくる為、それはままならない。
レディの尻尾がトワの腰に巻き付き、トワはぐるぐると振り回される。
「少年だけじゃなくこの町も救いたいの? 移り気ねえ!」
トワは遠心力が乗った状態で空に放り出される。すると、彼女の背に海賊船からの砲弾が直撃した。翼の付け根辺りに砲弾がめり込み、押し出された。
骨の砕ける音にトワが苦悶の呻きを上げる。そんな彼女に、レディがしならせた尻尾で追撃を加えた。
「あの船は私の演出よ! 無粋な横槍は要らないわ!」
調子づくレディ。トワを虐めるのが楽しくて仕方ない様子だ。だが、トワとて、やられっぱなしではない。
動かない筈の翼を動かして、トワはレディに向かって力強く推進する。推進力を乗せて、拳で殴りつける。
「ッ!?」
翼の修復が間に合わないと踏んでいたレディは驚く。すぐにタネが分かり、更に嬉しそうに大笑いする。
「ハハハッ、随分と大胆になったわね! もう戻れないわよ!」
レディの言葉通り、急速回復の為に引き出した呪いの力により、トワの翼は一回り大きくなり、右腕も人のそれではなくなった。
けれど、女はその右腕に力をこめて拳を固くする。
「あの子を守れるなら怪物に成ってやる」
怖じける事なく。トワは怪物の拳でレディを再び殴りつける事で言葉を証明する。その怪力は凄まじく、レディは遠くまで吹き飛ばされる。
怪力だけではない。トワは沖の海賊船から砲弾が二発発射された音を聞く。風の流れと音で砲弾の位置を把握したトワは急速旋回し、空飛ぶ砲弾の前に到達し翼で弾を弾く。
巧みな空中制御で戻ってきたレディがトワの進化を見て、発露した呪いの性質を分析する。
「沖まで聞こえる耳、翼だけで大砲を防ぐパワー。ふっ、そんな怪力じゃ皿洗いもできないわね」
レディの悪口も今のトワには筒抜けだ。
「した事もないくせに。あの子が居るのよ、どうして海賊を連れてきたの?」
「演出。アレはここの海賊共に恨みがあるの。復讐劇の泥沼に巻き込まれるなんて、とってもスリリングでしょう」
「演出家を気取るのもいい加減にしてッ」
自分勝手な言い分のレディにトワは腹が立ち、咆哮した。
「人の心を弄んで、傷付けて。なにより、大切だと言うなら少しはあの子の事を考えてよ」
「相変わらず、偉そうに」
二人は同時に高度を上げ、何度も空中で衝突を繰り返す。互いに再生力に頼ったノーガード戦法。血汗飛び散る攻撃の応酬だ。
人を愛する怪物と人を憎む怪物。鱗の硬さと怪力の大振り、柔軟さと手数の連撃。進化する程、二人はどんどんかけ離れていく。
「少年の事を考えてない? 言い掛かりも甚だしい! 私の行動は全て彼の為よ!」
「これのどこが思い遣りだと言うの!?」
「全てよ! 彼と私の夢、スリルある冒険を叶える為! 私は私の全てで夢を叶えるのよ!」
「あの子の無垢な想いを曲解したんでしょ! 貴女は昔から我が強いもの!」
「我儘なのはどっち! 私の欲しい物ばかり奪ったくせに!」
「捨てたのは貴女よ! 割を食ったのは私!」
「結局は得したんでしょうが!」
激戦の最中、二人の間に飛び交う罵声は親友同士の口喧嘩だ。
空中で揉みくちゃになりながらも、トワは砲弾を可能な限り防ぐ。全てではないが、レディの妨害に対してトワは硬さでごり押しができるので、妨害を受けながら砲弾を防いでいた。
「いつまで続くかしらね!」
「ッ。貴女の邪魔がなければッ」
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カリーニョ号甲板
海賊船に偽装した船では、甲板で戦闘が勃発していた。
大砲を止める為に乗り込んだ若者たちと船員たちが戦っている。襲撃者は次々と船べりから甲板に登る。彼らは皆、漁に使う
登ってきた仲間を先導するのはサラニカだ。
「登った奴から休まず攻めな! いつもの漁と同じだ。大砲を撃つ隙を与えるんじゃないよ!」
波状攻撃を続ける若者たち。彼らが海賊業で商船を襲撃する時も、このように隠密で接近、素早く侵入、立て直しの時間を与えず電撃戦の打撃を与え続ける。これが必勝法だった。
だが、
「ぐわっ!?」
「なんだい?」
真っ先に突撃を仕掛けた第一波から悲鳴が上がる。戦況を確認するべく、サラニカは船べり付近の木箱に登り、波揺れを耐えるためにロープで身体を支える。
「サラニカ、どうした?」
「……。奴ら、普通の海賊じゃないね」
サラニカの眼は、揃った動きでこちらの攻撃第一波を防ぐ船員たちを捉える。
そう、船員らも海賊らしい質素で小汚い格好をしているが、船長と同じく、偽装した兵士である。木盾を構える前衛、槍を構える後衛。二人一組となって、連携してくる。
サラニカは敵を分析し、舌打ちする。
「立ち直りが早い。ありゃ訓練してる動きだ。こいつら、私掠船だ」
敵の正体を見抜いたサラニカは木箱に登る。
甲板全体が見回せる位置から、サラニカが仲間に指示を飛ばす。
「一本釣りは止めだ! やり口を変えるよ! 定置だ!」
サラニカの一声で若者たちの動きが変わる。波状攻撃ではなく、集まって甲板上に侵攻拠点を作る。速攻戦法を止め、連携重視で拠点を守る。
戦況が膠着したのを見て、サラニカは木箱を降りる。
「少し時間が稼げた」
「どうする?」
「数も練度も負けてるよ。時間を掛けたらすり潰される」
周囲を見回していたサラニカが何かを発見した。
「アレだ」
「マジかよ」
困惑する仲間の尻を叩き、サラニカは行動に移す。
前線では、船員たちが侵入者たちを押し返そうとしていた。このままでは、膠着状態のバランスが崩れて、一気に船から追い出されるだろう。
「どきなッ!」
突如、若者たちの垣根が割れる。そして、船員たちの方に向けられた大砲が現れた。
火付け役のサラニカが船員たちを見て、鼻で笑う。
「バカスカ撃ち込んでくれた礼さ。吹っ飛びな」
躊躇いなく、人に向けて大砲をぶっ放した。
砲弾は反対側の船べりを突き破る。船だけでなく、船員たちの戦力に大穴ができた。
「スッキリしたじゃないか」
訓練された船員たちも至近距離で大砲を撃ち込まれては、流石に動揺を隠せない。
隙を逃さず、サラニカは仲間に告げる。
「さ、攻めな」
動揺する船員たちは先程のような連携ができず、各個撃破されていく。
若い海賊たちの勢力が甲板上で広がっていく。
「大砲を確保しろ。町に撃つ隙を与えるな、全部奪って奴ら自身に返してやりな」
指示を出しながら、サラニカ自身も前線に加わり、漁用の鉤で敵を切り裂く。
「ほらほら! 手の空いてる奴は中に攻め入りな!」
号令に従い、三人の若者が甲板の戦場脇を抜ける。階段を駆け上がり、船内に通じるドアを開けた。
先頭の若者は硬い壁のようなものにぶつかる。彼が壁の正体を見る前に、大きな手が伸びて、先頭の若者の頭を鷲掴んだ。
三度、扉を貫通して剣の刃が煌めいた。頭を掴まれている先頭の者を除いて、彼らは事切れて倒れた。
やかましい戦場の中、その大男は現れただけで目を惹いた。ドアから現れた大男は戦場を横目で眺め、悠然と歩いた。
「船長!」
船員たちが口々に大男を呼ぶ。彼は声に応えるよう、血を払った後にレイピアを掲げる。落ちかけたオレンジの陽光を浴びて、輝く刀身が船員たちの視線を奪う。
まるで威光を誇示するような振る舞い。それだけで船員たちの士気が格段と高まる。
船長が剣先を侵入者に向けた。
「撃滅しろ!」
甲板上に水平線の向こうまで届きそうな雄叫びが上がる。
一転、反撃へと転じてきた船員たちの士気は異常なほど高まっていた。そもそもの練度の高さが士気の向上と相まって、強靭さを生み出す。
船員一人ひとりが強力な兵士に変じた。
確保した大砲でまた砲撃するが、熱狂状態の勢いは止まらない。動揺を熱狂で塗り替え、慢心なく数の有利で押し潰す。船長の戦略に、サラニカたちは追い詰められた。
「サラニカ、どうする?!」
仲間たちが打開策を求めてサラニカの名を呼ぶ。けれど、その声も船員たちの鬼気迫る気迫に掻き消されそうだ。
苦虫を噛み潰したような顔のサラニカは船長を見上げる。対して、舵の前に立つ船長は海風を堂々と受け、若き海賊が消えゆく様を眺める。
船長は倦んでいた。
「こんなものか」
期待外れの結末に、船長は興味を失くしかけていた。だが、彼は若き海賊を率いる女の顔が苦渋から笑みに変わるのを見た。
サラニカは一つ深呼吸する。
「すぅ……弱気になってんじゃないよ!!」
サラニカが吠える。戦場の声よりも大きく、全員の耳に届いた。
誰もが彼女に注目した。
女はベローナがいつも仲間にやっている事を思い浮かべ、自分も真似して、大きな笑みを浮かべる。
「死にかけなんていつもの事! 苦しいなんていつもの事! いつでも死にかけさ! そんなアタシらが戦うのは何の為だ!?」
彼女の言葉はベローナの言葉と同じだった。だから、仲間たちはベローナに応えるように、サラニカの言葉に応える。
「呪いに勝つ為、明日を生きる為!」
「そうさ! 誰かが呪いに勝てば、呪いのない明日を迎えれば、アタシらの勝ちさ! おら、死にかけ共。下に向けな!!」
「おう!」
若き海賊たちは大砲を下に向けた。偽の海賊はその意図を理解できなかったが、サラニカの不敵な笑みを見た船長だけは理解した。
「諸共か! イカレ共め!」
彼らは笑う。笑って、死ぬかもしれない無茶をする。
だって、自分たちはいつも死にかけだから。
「呪われた海に一緒に沈もうじゃないか」
しかし、甲板の混沌はさらに加速する。
☓ ☓ ☓
二人は髪を引っ張り合い、揉みくちゃになりながら空から落ちてきた。誰もが動きを止めて、落ちてきた黒と白の闖入者を見た。
黒と白の怪物たちは落下してきた後も、激しく罵り合っている。
「いい加減、邪魔しないでッ。しつこ過ぎ!」
「お前こそ。存在が邪魔なのよッ」
二人だけの世界で喧嘩していたが、白い怪物――レディが周囲の様子に気付いた。
レディの視線に気付いたトワも逆さまになりながら周囲を見やる。
いつの間にか、自分たちが海賊船の甲板に落下した事を理解した二人は、戸惑う船員たちと若い海賊たち、大砲と点火棒を持つサラニカを順繰りに見やる。
そして、同時に二人は互いを見た。
互いに相手が何をする気か瞬時に気付く。より早く動いたのは、体勢的に上にいたレディだ。
トワを掴んでいた手を離し、甲板を尻尾と同時に叩く。跳び上がったレディが狙うのはサラニカだった。
トワも駆け出したが、船員や若者たちが邪魔になって追い付けない。
レディがサラニカの傍に着地した。
「! 怪物ッ――」
頭が理解するよりも早く、サラニカの身体は宿敵を認識して動いた。海賊船を沈めるよりも、大砲を無力化するよりも、この敵を倒さなければならない。
点火棒を白い怪物の顔面めがけて突き出す。
翼の爪がサラニカの身体に食い込んだ。力強く食い込んだせいで、血も飛び出ない。
動きを止められたサラニカの手を、レディは切った。指が手から離れ、点火棒も落ちる。
大砲の無力化を阻止したレディはこちらを見る船長を見やる。汚れた仮面で表情はうかがえないが、性格から恩着せがましい傲慢な顔は想像に難くない。
「まだのようだぞ」
レディの周囲に居る若者たちが一斉に、レディだけを狙って武器を振るった。
いくつか身体で受けながら、レディは悪態を吐く。
「どこまでも鬱陶しい連中ね。がッ!?」
レディの喉に、サラニカが無事な手で握った鉤が突き刺さった。
何とか鉤を抜こうとするが、魚を逃さない為の返しが引っ掛かり、レディは上手く引き抜けない。
「アタシは料理好きなんだ。なのに、指を……よくも、やってくれたね怪物ぅ!」
(抜かないと再生の邪魔に。いや、それよりもこの位置にはアレが!)
レディは鉤がこれ以上喉を――より正確には、そこにある器官を傷付けるのを警戒していた。そのせいで、重傷のサラニカを突き飛ばせないでいた。
だが、そんなレディの隠したい意図を見抜ける者が甲板には居た。
人の壁を突破してきたトワが状況を観て、理解した。
「そのまま引き裂いて! 喉に毒袋がある。再生が遅い!」
「トワァッ!」
自分に刺さっている爪の傷が広がるのも気にせず。黒い怪物の正体も気にせず。
サラニカは聞こえてきた声に従って、力一杯に腕を振り抜いた。
「フゥン!」
裂かれたレディの喉から鮮血が飛び散る。
サラニカの鉤の先には、喉に繋がっていた毒袋の一部が突き刺さっていた。咄嗟の反撃だった為に、位置がズレていたのだ。
毒の完全な無効化には失敗した。この程度であれば、再生も早いだろう。
だが、トワがすかさずフォローに入る。
落ちた点火棒を拾い上げ、喉を抑えるレディに飛び掛かり、力に勝る右腕で火種をレディの喉の傷に押し当てた。
怖気を催すような、言葉にならない絶叫を上げるレディ。爪でズタズタに裂かれようと、トワは毒袋を破壊する気だ。
「これ以上、殺させないッ」
黒と白の怪物が再び揉みくちゃになりながら、甲板上をのたうち回る。
やがて、トワは渾身の力で振り払われた。
レディの呪いが進行している。トワを振り払うのに力をかなり引き出したようだ。
フシューフシュー、と荒い息を吐き出しながら、自慢の毒ブレスが出ない事を認識し、ボロボロの喉に手を当てるレディ。トワを睨む目は憎しみに満ちていた。
まだ再生が追いついていないせいで言葉を紡げないレディ。そんな彼女に代わり、仲間に肩を借りるサラニカが声を上げた。
「黒い怪物……どうして味方してくれるんだい?」
「味方じゃない。敵でもないだけ」
「驚いた」
船長の声。トワとレディを見比べて、また驚きを口にする。
「よもや、仮面の貴婦人が二人居たとは。いや、島の怪物がと言い直すべきか。貴様の用意した舞台は煩雑で、荒唐無稽だな」
船長の視線はレディに向けられている。
喉を擦るレディは忌々しそうな目線を返すだけ。
「酷いカオスだ。復讐も霞むというものだが……この際、構うまい。どうせ名誉のない仇討ちだ。せめて楽しくなければな」
貴族であるなら品のない遊びはできない。だが、今の彼は一人の男で海賊だった。享楽の為の悪逆も、下品に大笑いする事も許されている。
船長は片手銃を抜き取り、手近な若者を撃った。自分の意のままに他者を傷付ける愉しさを素直に受け入れた。
「ハハハ!」
次に銃口をまだ息のあるサラニカに向けた。
「神を恐れぬ不遜な餓鬼共。我を恐れるがいい。お前達の罪を罰する死神こそが我らだ、愉しんで殺してやろう」
船長に従い、船員たちもサラニカたちに武器を向ける。予想外の乱入はあったが、大砲を奪われた事で、形勢は一気に不利へと傾いていた。
「生憎、宣教師が死んで祈るのは止めたよ」
「ならば、祈りは不要だな。地獄に落ちろ」
鼻で笑うサラニカ。
「地獄も慣れてるよ、クソジジイ」
サラニカを狙う銃弾をトワが防いだ。
トワは船長を見上げる。
「黒い怪物よ。貴様はこの海賊共を恨まないのか?」
「これ以上、あの町を砲撃するのを止めなさい」
「無理だな。これは愉しい復讐なんだ」
「あの町には彼ら海賊と関係のない子供が居る。町を狙うのは止めて」
「ふむ。海賊に相談が通用するとでも?」
「本物の海賊じゃないのでしょう」
「そうとも。だが、今は海賊だ。海賊に言う事を聞かせたいのなら取引だろう」
「……良いわ。取引する。条件は何?」
「よし。ならば、――」
船長は手を挙げる。
「砲撃を再開しろ! 更地にするまで蹂躙を続けろ!」
「なっ!?」
すぐにも砲撃が再開された。
「取引をすると言った筈よ!」
とトワは抗議の声を上げる。しかし、船長は鼻で笑う。
「何処の誰ともわからない仮面の女と行儀よく取引なんぞするものか! 復讐の邪魔者は全て敵よ!」
喉が治ったレディも言葉を発する。
「ゴホッゴホッ……止めたいなら、怪物らしく皆殺しにしてみれば?」
強く奥歯を噛み締めるトワ。呪いの力を振るうようになったが、やはりその力で他人を蹂躙するのには抵抗があった。
そんな彼女を嘲笑うレディ。
だが、大砲を止めようとしているのはトワだけではない。
若者たちが再び戦い始めた。指示を出すのは、重傷を我慢しているサラニカだ。
「怪物も無視しろ! 大砲を撃ってる奴だけ狙え! 大砲を奪え! アタシらには、ベローナが居る!」
傷から血を流すサラニカは船べりに身を預け、仲間に指示出しをする。振り返ったトワとサラニカの視線が交わる。
言葉を交わした訳では無い。けれど、サラニカが小さく「頼む」と声に出したのを、今のトワの耳は聞き逃さない。
トワは小さく頷き、若い海賊たちに協力する。
舵の前に立ち、甲板上の戦いを見守っている船長は、横に降り立ったレディに気付く。視線は戦場から外さず、その意図を問う。
「あの女はお前の獲物だろう。放っておくのか?」
未だ本調子ではない喉を擦り、レディは咳払いしてから答える。
「ゴホッ……ここに来たのは、観たいシーンがあるから。それが終わったら、私は愛し人を迎えに行くわ」
「観たいシーン?」
「ええ。この瞬間をずっと愉しみにしてたの」
彼女の期待に応えるかのように。
騒がしさで目覚めたその幽鬼は、船内に通じるドアを空け、甲板に現れた。
怪物二人は、その優れた嗅覚で男の匂いを感じ取る。
「――ラヌ?」
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町の港
窓を閉め切った薄暗い物置。コランはベローナに連れられて、そこを訪れていた。
カビ臭い空間には、何に使うかわからない道具や小型の舟なんかも置かれていた。武器の類は見当たらない。コランには、どうしてベローナがここに来たのか分からなかった。
ベローナは物置の奥に行ってしまい、何をしているのか、よく見えなかった。ただ、時々何かが崩れるような激しい音がする。
外の光が差す入り口辺りに立ち、コランは物置を軽く物色しながらベローナに問う。
「ベローナさん。こんな所に来て、どうするの?」
「私らは海賊であると同時に、怪物を倒す為に準備してきたんだ。当然、大砲だって欲しかったけど、ここらを通る商船にそんな物積んでなくてさ。大砲は手に入らなかった」
ベローナがホコリ塗れの顔を覗かせる。
「けど、代わりになる兵器の設計図を手に入れたんだ。仲間の鍛冶屋と船大工に頑張って貰って、そいつを作ったのさ」
二人は物置の扉を開け放ち、薄暗い闇の中から堤防の端までソレを押した。
遂に端まで到着した時、汗だくになったコランはその場に大の字になって倒れた。
「はあはあ……こ、ここで……いいの?」
「ああ。砲撃が続いてる状況じゃ、ここまで移動させられなかった。コイツを使って反撃なんて出来なかった」
ベローナは海岸線に見える海賊船を見た。
「サラニカ。チャンスをくれて、ありがとう」
丁度、船からの砲撃が再開された。
ベローナも反撃の準備をする。
受け皿に金属製の食器や小石を詰めた袋を乗せ、留め金と連動するレバーを握る。
「これが私らの大砲代わりだ。散々やってくれたお返しだよ!」
ベローナは思いっ切りレバーを倒した。
留め金が外れ、受け皿が跳ね上がる。そう、ベローナが持ち出したのは、小型投石器だった。
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ここまでお読み頂き、ありがとうございます。
お待たせしました。更新しました。
また随分とお待たせして、申し訳ない限りです。
次回も更新日は未定ですが、制作は続けていますので、お待ちいただければと思います。
それでは、次回もお楽しみ頂ければ幸いです。
皆様、再びとなりますが、ありがとうございます!
「あなたとドラゴンの夜話」継語 桃山ほんま @82ki-aguri
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