第54話 初めての大ゲンカ

「アキヤの方がかっこいいに決まってるでしょ!」


「あんなの、ただ色黒なだけで、小悟の方がかっこいいよ!」


 今服喜多代と岡伊代が珍しく言い合っている。

 原因は、喜多代の推し『エグいサル』のパフォーマー、アキヤと、伊代の推し『百鳥』のボケ担当、小悟についてだった。


「小悟なんて、ただのチンピラじゃない。あんなのとアキヤを比べること自体ナンセンスなのよ」


「小悟がチンピラなら、アキヤなんてただの筋肉バカじゃない」


「誰が筋肉バカよ! いくら岡ちゃんでも、その暴言は許されないわ。今すぐ取り消してよ!」


「嫌だと言ったら?」


「もう、あんたとは絶交よ!」


「願ったり叶ったりなんですけど!」


 まさに売り言葉に買い言葉。

 幼少からずっと仲良しだった二人は、初めてともいえる大ゲンカをした挙句、絶交宣言までしてしまった。  






 数日後、伊代は坂本とのデート中、喜多代のことを相談した。


「はははっ! そんなくだらないことが原因で絶交までするなんて、君たちは仲が良いのか悪いのか、よく分からないな」


「坂本さんにとっては、くだらないことかもしれないけど、私たちにとっては重要な問題なんです」


「まあ、そうかもしれないけど、そのくらいのことなら、すぐに仲直りできるんじゃないか?」


「それが、そう簡単にはいかないんですよ。謝るにしても、何かきっかけがないと難しいし……」


「俺は、そう難しく考える必要はないと思うけどな。『ごめん』という文字とともに、謝っているスタンプでも送っとけば、喜多代ちゃんも許してくれるんじゃないかな?」


「それだと、ちょっと軽くないですか? もし私が逆の立場だったら、そう思いますけどね」


「そうかな? じゃあ伊代ちゃんは、どんな風に謝られたら納得するんだ?」


「私はラインとかじゃなく、面と向かって謝られた方が、相手の気持ちが伝わって納得できると思います」


「じゃあ、伊代ちゃんもそうしたらいいじゃないか」


「それが簡単にできるのなら、こんなに苦労はしませんよ! さっきも言ったけど、何かきっかけがないと難しいんです」


「きっかけねえ……じゃあ、こういうのはどうだ? 別の要件で喜多代ちゃんを呼び出して、そのついでに謝るというのは?」


「別の要件って何ですか?」


「それを今から考えるんだよ。絶交中ということで、よほど大事な要件でないと、喜多代ちゃんは来てくれないうだろうからな」


 二人はしばし考えた後、伊代と喜多代の共通の友人が来月結婚するという情報を得たから、そのプレゼントを一緒に買うという名目で喜多代を呼び出すことにした。


「でも、嘘だと分かったら、服ちゃん怒るんじゃないかな?」


「さっき話し合った通り、これは伊代ちゃんの芝居に懸かってるんだから、喜多代ちゃんにバレないよう上手くやりなよ」


「私、あまり自信ないなあ……」




 その後、伊代がメッセージを送ると、それを見た喜多代はただちに呼び出されたカフェへ向かった。


「満里奈が結婚するって本当?」


 カフェに着いた途端、喜多代は興奮しながら伊代に訊いた。


「うん。それより、この前はアキヤのこと筋肉バカとか言ってごめんね」


「私こそ、小悟のことチンピラとか言ってごめんね」


「じゃあ、もう許してくれる?」


「もちろん。それより、満里奈の相手って、どんな人なの?」


「……それは、私もよく分からないんだ。なんせ、その情報を得たのは、ついさっきのことだから」


「そうなんだ。まあ、相手のことはどうでもいいか。それより、どんなもの買おうか?」


「……そうね。定番の、お揃いのマグカップとかでいいんじゃない?」


「それだと、ちょっと安易過ぎない?」


「そうかな? こういう時は、無難なものを選んだ方がいいと思うけど」


「分かった。じゃあ、早速買いに行こうよ」



 その後、二人は雑貨屋で買ったマグカップを持って満里奈の家に行く道中、伊代が「えっ! 満里奈が結婚するって、デマだったみたい!」と、スマホを観ながら叫んだ。


「どういう事?」


 怪訝な顔で、喜多代がスマホを覗こうとすると、「満里奈のやつ、彼氏にフラれた腹いせに、自分でデマを吹聴したみたいなの」と、伊代はスマホを隠しながら返した。


「なんでスマホを隠すの?」


「別に理由はないけど」


「じゃあ、見せてよ」


「……それはできない」


「岡ちゃん、満里奈が結婚するという情報を得たって言ってたけど、それ自体嘘だったんでしょ?」


「……なんで分かったの?」


「あのねえ。私たち何年友達やってると思ってるの? 最初からなんか怪しいと思ってたけど、さっきの下手な芝居を観て、それが確信に変わったわ」


「……やっぱり、服ちゃんには通じなかったか。私、最初から自信なかったんだよね」


「平気な顔で嘘をつけないところが、岡ちゃんのいいところだからね」


「それって、褒めてるの?」


「もちろんよ」


「じゃあ、怒ってない?」


「うん。それより、これから美味しいものでも食べに行こうよ。実は私、岡ちゃんと絶交してから、あまりご飯食べてないの」


「私もよ。じゃあ、この近くに安くて美味しい定食屋があるから、そこに行こうよ」


 その後、二人は定食屋で腹一杯食事を堪能し、ともに笑顔で家路に就いた。




 

 


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