第50話 大ファンの選手がまさかの……

「ファークスが勝つに決まってるでしょ! だって、ギートがいるのよ」


「いいえ! 勝つのはコープです。広島市民として、これだけは譲れません」


 明日から始まる日本シリーズを前に、ファークスファンの今服喜多代とコープファンのレオの間で舌戦が繰り広げられていた。


「何が広島市民よ。たかが三年そこそこしか住んでいないくせに、偉そうに市民面しないでよ」


「今服さんこそ、広島市民のくせに敵であるファークスを応援するとは、どういう了見ですか?」


「それはもちろん、ギートがいるからに決まってるじゃない」


 喜多代は、ギートこと柳戸やなぎと選手の大ファンだった。


「そういえば、柳戸選手ってたしか広島出身でしたよね?」


「そうよ。おまけにギートは私の兄の友達で、小さい頃はよく遊んでもらってたのよ」


「なるほど。そういう経緯があるのなら、応援したくなるのも納得できます。ところで、岡さんは誰のファンなんですか?」


「私は断然、アッチこと熱田あつだ選手よ。ホームランを打った後、『熱男ねつお!』と叫ぶパフォーマンスが、たまらなく好きなのよね」


「そうなんですか。ちなみに私は、紀井選手の大ファンです。あの小さい体で走者をバンバン刺す姿は、観ていてスカッとします」


「そうなんだ。というか、あんたコープファンじゃなかったの?」


「もちろんそうですが、紀井選手が個人的に大好きなんです。二人にも、そういう選手はいるでしょ?」


「ううん。私はずっとギート一筋よ。こう見えて結構一途なんだよね」

「私もアッチ一筋よ。私たちはあんたみたいに、他球団の選手を好きになったりしないの」


「本当ですか? 大巨人の坂森選手とかイケメンだし、本当は二人とも好きなんじゃないですか?」


「あんなチャラチャラした男、好きなわけないでしょ!」

「そうよ! あんたと一緒で、浮気ばかりしてるって噂だし」


「浮気を何度も繰り返すのは、それだけ甲斐性があるということです。彼は数億の年俸をもらってますからね」


「たとえそうでも、浮気症の男は嫌なのよ」

「いくらお金持ちでも、浮気をする男なんて、到底応援する気になれないわ」


「あなたたち、まだまだ子供ですね。男は浮気をしてこそ、男としての価値が上がっていくものなんですよ」


「あんた、自分の行為を肯定しようとして、そんなデタラメ言ってんじゃないわよ!」

「そうよ! このエロポンコツ野郎!」


「岡さん、それはちょっと言い過ぎじゃないですか? まあいい。この屈辱は、明日コープがファークスをコテンパンにやっつけることで晴らしてくれるでしょう」


「それはこっちのセリフよ!」

「そうよ! コープなんか返り討ちにしてやるから!」






 翌日、レオ、喜多代、伊代の三人は、それぞれの球団を応援するため、ミツダスタジアムに来ていた。


「ギート! かっとばせ!」

「アッチ! 打って!」

「大瀬田さん! ナイスピッチング!」


 試合は両先発の好投で、五回終了まで両チームとも無得点だった。


「さすが万賀まんがさんね。コープの打者がバットにかすりもしないんだから」


「ウチの大瀬田さんも負けてないですよ。なんせここまで一本もヒットを打たれてないんですから」


「それももう終わりよ。なんたって次の回はアッチに回ってくるからね」


「そうはいきませんよ。このまま最後までノーヒットノーランに抑え込んで、ファークスに屈辱を味あわせてやりますよ。はははっ!」


 レオの高笑いも束の間、大瀬田投手の投げた球を熱田選手が渾身の力で振り抜くと、打球はあっという間にレフトスタンドに吸い込まれていった。


「熱男!」


 ダイヤモンドを一周してベンチに戻ってきた熱田のお決まりのパフォーマンスに、伊代は「アッチ、かっこいい!」と、人目を憚らず、大声で叫んだ。


「岡さん、嬉しいのは分かりますが、あまり大声を出さないでください」


 悔しさを押し殺しながら注意するレオに、伊代は「何言ってるの。こういう時に大声を出さないで、いつ出すって言うのよ」と、真向から反論した。


「分かりました。じゃあ、コープが得点した時は、今以上に声援を贈るので覚悟していてください」


「そうなればいいけどね」




 試合はそのまま一対〇で進んでいたが、八回の裏に板倉がツーランを打ってコープが逆転に成功した。


「いいぞ、板倉さん! さすがポスト聖夜と言われているだけのことはあるね。ぎゃははっ!」


「うるさい、レオ! そんなバカ笑いしないでよ!」


「これが笑わずにいられますか。これでもうコープの勝ちは決まったようなものですね。なんたってウチには、栗森という絶対的なクローザーがいますから」


「そうはさせないわよ。最終回はギートに回って来るし、必ず逆転してみせるから」


「そうなればいいですけどね」




 九回の表、先頭バッターがフォアボールで出塁し、柳戸選手に回ってきた。


「ギート! ホームラン打ったら逆転よ!」


 喜多代の声援が届いたのか、栗森の投げた球を柳戸が得意のアッパースイングで振り抜くと、打球はまたたく間にライトスタンドの場外へと消えていった。


「やった! さすがギート!」


 興奮しまくる喜多代に、レオは悔しさを押し殺しながら、「これは、コープがサヨナラ勝ちする展開ですね」と言うのが精一杯だった。



 九回の裏、コープはファークスのクローザー、モウネロの前に、あえなく三者凡退に終わり、ゲームセットとなった。


「えー、それでは只今から、ヒーローインタビューを行います。今日のヒーローは、九回の表に逆転ホームランを打った柳戸選手です。柳戸選手、今の心境を聞かせてください」


「そうですね。血管が切れるんじゃないかと思うくらい興奮しています」


「あの場面は、どんな気持ちでバッターボックスに入ったのでしょうか?」


「ここでホームランを打ったら、今日のヒーローは僕だろうなって思いながら入りました。でも、まさか本当に打てるとは思っていませんでした。打てたのは多分、聞き覚えのある声の応援をもらったからだと思います」


「聞き覚えのある声?」


「はい。さっきからずっと考えてたんですけど、やっと思い出しました。それは僕の友達の妹の声です」


 柳戸がそう言った瞬間、喜多代は嬉しさと戸惑いが入り交じったような顔のまま、固まってしまった。

 その様子を観てレオは、「柳戸さーん! その子はここにいますよ!」と大声で叫んだ。

  

「バカ! そんなこと言ったら、みんなこっちを見ちゃうじゃない!」


 喜多代の抗議も空しく、観客が喜多代に興味の目を向けている中、「あっ! 喜多代じゃないか!」と柳戸が興奮気味に叫んだ。


「もしかして、あそこにいるのが、先程言ってた友達の妹さんなんですか?」


「はい。僕は彼女がまだ赤ん坊だった頃から知っていて、彼女のオムツを替えたこともあるんですよ。はははっ!」


 昔を思い出して良い気分に浸っている柳戸に、喜多代は顔を真っ赤にしながら、『ギートのバカ。そんなこと、全国放送で言わないでよ』と、心の中で訴えていた。


 

 



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