第30話 告白する前にフラれる幽霊女
「葉子さん、ちょっと話があるんですけど」
昼休みの休憩室で、岡伊代は山本葉子に声を掛けた。
「どうしたの? そんな真剣な顔して」
「葉子さんが、坂本さんのことを狙ってるという噂を聞いたんですけど、それって本当なんですか?」
「えっ! 一体どこからそんな噂が……」
「まあ、それはどこでもいいじゃないですか。それより、私の質問に答えてください」
「えっと、気になってるのは事実だけど、別に狙ってるわけではないわ」
「そうですか。じゃあ、私が坂本さんにアタックしても、なんの問題もないですね」
「えっ! 岡さんて、坂本さんのこと狙ってるの?」
「はい。なので、ライバルである葉子さんに一応断っておこうと思って」
「別にそんなこと気にする必要なんてないのに。私はライバルでもなんでもないんだから、岡さんの好きなようにすればいいわ」
「分かりました。じゃあ今週末、一緒に映画に行く約束をしてるので、その時に告白します」
「そう。頑張ってね」
葉子は表向きは応援しながらも、内心は気が気でなかった。
休日、伊代は映画を観終わった後、坂本に告白するため彼をカフェに誘った。
「映画、面白かったですね」
「ああ。特にアクションのシーンが最高だったな」
映画の話題でひとしきり盛り上がった後、伊代は突然表情を引き締め、「坂本さん、良かったら私と付き合ってくれませんか?」と告白した。
「君の気持ちは嬉しいけど、前も言ったように俺たちは年齢差があるから、付き合ってもうまくいかないと思うんだ」
「年齢が一回り違うカップルなんて、ザラにいますよ。そんな理由で断られるなんて、納得できないですよ」
「そうか。じゃあ、もっと具体的に言ってあげるよ。俺は今日のデート中、周りの目が気になって仕方なかった。『あの女の子、なんであんな冴えない男と付き合ってるんだ?』と言われてるような気がして、ずっと落ち着かなかったんだ」
「それは考え過ぎですよ。坂本さんは全然冴えなくなんかありません」
「君はそう思ってても、世間は違うんだよ。この先、君とデートしてても、俺は心から楽しめないと思うんだ」
「そんなの、実際にやってみないと分からないじゃないですか。とりあえず何度かデートして、それから結論を出せばいいんじゃないですか?」
「いや。俺の心はもう決まってるから、この先何度デートしても無意味なんだよ」
「じゃあ、今日のデートはなんでOKしたんですか?」
「俺がシミュレーションした通りの展開になるか、一度試してみたかったんだ。もし違う展開になったら、君との交際を真剣に考えてみようと思ってたんだけど、残念ながらほぼ予想通りの結果となってしまった」
「じゃあ坂本さんは、この先どんな人と付き合おうと思ってるんですか?」
「そうだな。やはり、一緒にいて心が落ち着く人がいいかな」
「じゃあ、葉子さんなんてどうですか? 彼女、坂本さんのことが気になって仕方ないみたいですよ」
「えっ! いやあ、気持ちは嬉しいけど、さすがに幽霊女と付き合う気にはなれないな」
「幽霊女は、ちょっとひど過ぎません? 本人が聞いたら、思い切りショックを受けますよ」
「そうかな? だってあの人、お化け屋敷でバイトしてるんだろ? おまけに、ノーメイクにもかかわらず、フルメイクで臨んでいる他の幽霊役の誰よりも、客に一番怖がられているそうじゃないか」
「あははっ! 坂本さん、葉子さんのことよく知ってますね。案外、二人はお似合いかもしれませんよ」
「やめてくれよ。あんな暗い顔をした人と付き合ったら、こっちまで暗くなっちゃうよ」
「言っちゃ悪いけど、あの人って生まれながらの幽霊顔ですよね。まるで、お化け屋敷で働くのが運命かのように」
「もし俺が映画監督だったら、ホラー映画を撮る時は迷わず彼女を登場させるだろうな。スクリーンに彼女の顔がアップで映し出されると、それだけで絶大なインパクトを与えると思わないか?」
「うわあ、なんか想像しただけで、鳥肌が立ってきたわ。もう坂本さん、変なこと言わないでくださいよ」
「ごめん、ごめん。というか、俺も自分で言ってて、鳥肌が立っちゃったよ。はははっ!」
葉子の幽霊話でひとしきり盛り上がった後、二人はカフェを出て行った。
その際、二人の座っていた後ろの席で、帽子を目深にかぶった山本葉子が、俯いたままずっと肩を震わせていた。
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