第24話 新カップル誕生?

「古賀さんて、中年女性に人気がありますね」


「そうか? 俺はまったくそんな自覚はないけどな」


 二週間前に派遣社員として入社した現在45歳の古賀由紀夫は、同世代の女性から圧倒的に支持されていた。


「仕事中もよく話し掛けられているし、帰りのバスでもみんな外から手を振ってるじゃないですか」


「それは、俺みたいな四十代の男が少ないからだろ。やはり同世代だと、話し掛けやすいんじゃないかな」


「それだけじゃないと思いますよ。古賀さんには、なにか熟女を惑わすような魅力があるんですよ」


 レオは、尊敬の眼差しを向けながら言った。


「そう言うレオだって、男の魅力が全身から溢れてるじゃないか。実際、女性にはモテるんだろ?」


「いえ、いえ。私なんてさっぱりですよ。いろんな女性を飲みに誘ってるんですけど、いつも断られてます」


「それがいけないんだよ。ある程度ターゲットを絞った方がいいんじゃないか?」


「私の座右の銘が『下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる』なので、それはできないんですよ」


「……なるほど。それじゃ、仕方ないな」


──こいつ、絶対、座右の銘の意味が分かってないだろ。


 古賀は心の中でそう思いながら、その場を後にした。





「古賀さんて、ほんと渋いわよね。結婚してなかったら、絶対アタックするのにな」


 現在43歳の長谷川裕子は、古賀のことを本気で好きになっていた。


「既婚者はやめた方がいいよ。もし奥さんにバレたら、慰謝料を請求されたり色々面倒だからね」


 同じ派遣社員の大本雅子は、自らの体験を交えながら忠告した。


「でも、同世代の独身男性といったら、アイドルおたくの吉田さんくらいでしょ? あんな薄気味の悪い人は、こっちから願い下げだわ」


「確かに彼はあまりお勧めできないけど、独身ということを考えれば、古賀さんみたいな面倒なことにはならないわよ」


「いくらそうでも、私は吉田さんと付き合う気はないわ」


 




 数日後、裕子は憧れの古賀と隣で作業することになった。


「長谷川さん、今日はよろしく」


「こちらこそ! 古賀さんと並んで仕事できるなんて、まるで夢のようだわ」


「そう言ってもらえ光栄です。今日は共に頑張りましょう」


「はい!」


 やがて作業が始まると、古賀は裕子からのラブコール攻勢を受けることになった。


「古賀さん、好きな食べ物はなんですか?」


「卵焼きかな」


「じゃあ、今度作って持ってきますよ。私、卵焼きには自信があるんです」


「ああ。じゃあ、楽しみにしてる」


「あと、好きな歌手はいますか? 今でも昔でもいいんですけど」


「特にいないかな。俺、昔から音楽はあまり興味ないんだ」


「……そうなんですか」


 古賀のまさかの回答に、裕子が戸惑いを隠せないでいると、向かいで作業していた吉田が、「僕は昔は宮沢りえと観月ありさが好きだったけど、今は断然坂道グループのファンなんだ」と、にやにやしながら答えた。


「誰もあんたなんかに訊いてないわよ! 関係ないのに、口を挟まないでよ!」


 怒りをあらわにする裕子に、古賀は「俺の代わりに答えてくれたのに、そんな言い方はないんじゃないか?」と、キレ気味に注意した。


「……ごめんなさい。急に話し掛けられたから、つい興奮しちゃって」


「謝るのなら、俺じゃなくて吉田さんにだろ?」


「それはできないわ。だって悪いのは、勝手に人の話に入ってきた吉田さんの方だから」


「たとえそうでも、吉田さんは良かれと思ってやったんだから、あんなに怒鳴らなくてもいいじゃないか」


「他の人ならまだ良かったけど、吉田さんだったことが我慢できなかったのよ」


「おい、おい。本人を前にして、よくそんなことが言えるな。普通そういうことは、胸の中にしまっておくものだろ?」


「そのくらい彼を嫌ってるってことよ。顔を見ただけで虫唾が走るほどにね」


「…………」


 裕子が発した吉田へのあまりにひどい中傷に古賀が言葉を失っていると、言われた本人はケロッとしながら、「そんなのは聞き慣れてるので、何とも思いません。それより、長谷川さんの好きな歌手は誰ですか?」と、訊き返した。


「何で私があんたの質問に答えなくちゃいけないのよ。気持ち悪いから、話し掛けないでよ」


「僕もあなたの質問に答えたんだから、あなたも答えないとフェアじゃないでしょ?」


「それはあんたが勝手に答えただけでしょ! こっちは聞きたくもないもの聞かされたうえに、古賀さんに説教されてイライラしてるんだから、これ以上私に関わらないでよ!」


「分かりました。では、最後に一つだけ僕の質問に答えてください。長谷川さんの一番好きな食べ物はなんですか?」


「鶏の唐揚げだけど、それがどうかしたの?」


「本当ですか! 実は僕も鶏の唐揚げが一番の好物で、家でよく作るんですよ。なので、明日にでも作って持ってきますね」






 翌日、吉田は昼休みになるとすぐに、裕子のもとへ駆け寄った。


「約束通り、作ってきましたよ」


 吉田はそう言うと、タッパーに入れた唐揚げを裕子に見せた。


「あんた、本当に作ってきたの?」


「はい。味には自信があるので、たくさん食べてください」


「せっかくだから食べてあげるけど、一つでいいわよ」


 そう言うと、裕子は唐揚げを一つつまんで口の中に入れた。

 すると……






「美味しい! これ、ニンニクが程よく効いてて、とても美味しいわ!」


 言うやいなや、裕子は立て続けに三個も口に入れた。


「長谷川さんの口に合ったみたいで安心しました。良かったら、今度また作りましょうか?」


「……お願いします」


 裕子の胃袋をがっちりと掴んだ吉田は、いつもの不気味な笑顔ではなく、晴れ晴れとした表情で「分かりました!」と元気よく答えた。

 


 


 

   

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る