第178話 オーバーラン!!


 片道、馬車で三日。

 これは昨年、私が初めて新領地の視察に赴いたときにかかった日数だ。


 つまり私の街ココメルからお父さまが治める城塞都市ファルグラシムまでは、大体百二〇㎞ほどの距離ということになる。


 三日はちょっと時間がかかり過ぎ。

 交通量が多い割に道が細く、場所によってはすれ違いに注意が必要な場所も。

 おまけに道も良くなくて馬車の乗り心地は最悪。


 当時、そんなことを思った覚えがある。


 そこで私とお父さまが話し合って現在取り組もうとしているのが、ココメルーファルグラシム間の街道の再整備。


 道を補修し、拡幅する。

 治水など他の工事を優先したので工事はまだ途中だけど、二つの街を特急馬車を使って二日で走破できることを目標にしている。


 それでも、二日はかかる。

 私が思い描く『道』の姿には程遠い。


 そこで先行して二都市を結ぶべく取り組んだのが鉄道の整備だった。

 盛り土をして枕木を並べ、できるだけ直線で線路を敷く。


 目標営業速度、五十五キロ。


 これが実現できれば––––




「順調にいけば、ファルグラシムまで二時間ちょっとで着くはずよ」


「「二時間っ?!」」


 目を丸くする仲間たち。


「途中、二駅に停車するけどね」


 街道沿いに昔からある二つの宿場町に、駅を作った。

 片方は、エインズワース領の最西の街。

 もう片方は、オウルアイズ新領の最東の街だ。


 街道の整備だけでなく、歴史ある宿場町に駅が作られることで、周辺地域のヒトとモノが集まる拠点として発展して欲しい––––そんな期待を込めて計画した。


 この走行試験で問題がなければ、来年早々に営業運転を始める。


 私と仲間たちはそのために、一年以上かけて準備をしてきた。

 鉄道の敷設と機関車の開発、車両の製造。

 私が作った『ぱわさぽ』を大量投入しての大規模工事。


 ココメル、オウルアイズ、王都の三工房、さらに領兵隊、王国の駐留軍、周囲の街と村の協力がなければ絶対に成し得なかっただろう。


 今日はその最終試験という位置づけだった。



 ☆



「あ、街が見えてきましたよ!」


 ココメルを出発して三十分ほど。

 目を輝かせて窓から流れる景色を眺めていたリーネが叫んだ。


「さて、ダンカン工房長のお手なみ拝見ね」


「?」


 首を傾げるテオ。


 まあ、実際見た方が早いわよね。

 私はくすりと笑った。


 キィーーーー、という音を立て列車が減速する。


 おそらくこの世界初となるだろう油圧ブレーキ。

 私とダンカンが開発したブレーキは、その性能をいかんなく発揮していた。


 だけど……


「あれ?」


 テオと仲間たちが首を傾げる。


 駅が近づく。

 が、スピードがなかなか落ちない。


 そして––––


「あれええええ?」


 列車は停車位置を過ぎ、客車がかろうじてホームにかかるくらいの場所で停車した。


「レティア、これって?」


「やっぱり、オーバーランしちゃったわね」


 振り返ったオリガに、私は首をすくめてみせた。




「すまん、行き過ぎた」


 私たちが列車から降り、ホームから隣接する街を眺めたりしていると、機関車からダンカンがやって来た。


「あなたの本業は工房長だしね。列車の運転で一番難しいのは停車の時だから、なんとかホームの端に止められただけでも上出来でしょう」


 私が苦笑すると、ココメル工房長はやはり恥ずかしいのか「まあ、な」と言ってぽりぽりと頬をかいた。


「そういえば、運転士の育成は進んでるのかしら?」


「その辺りはソフィアの部下……ロレッタたちが色々やってくれてるぜ。領兵隊から希望者を募って訓練してる。連中が運転する車両とは、次の駅までにすれ違うはずだ」


「え、すれ違いも見られるの?」


「そりゃあそうだろ。最終試験なんだから。大体、エンジン作動中のすれ違いについて不安がってたのは、あんたじゃねーか」


「そうだった」


 てへぺろ。


 この列車の推進力は魔導エンジンによる後方上寄りへの空気噴射だ。


 向かいの列車とのすれ違いの時に互いのエンジンが作動していれば、当然空気の流れは瞬間的に激しく乱れるだろう。


 基本的にすれ違いの時には加速を切るルールにはなっているけれど、最高巡航速度付近での相互加速時のすれ違いは、必ず確認しなければと思っていた。


「さあ、そろそろ出発するぜ。すれ違いテスト、やるんだろ?」


「そうね。じゃあ行きましょうか!」


 そうして私たちは、再び車上の人となる。




 対向の列車は、私たちと同時に向こうの駅を出発する手はずになっているらしい。


 すれ違う場所は、二つの街の中間点付近。


 わざわざ時間を細かく指定せずにそんなことができるのは、もちろん魔導具のおかげだ。


 私は留学する前に、エインズワース領の危機管理システムをベースにした、あるものを設計していた。


 列車の現在位置を表示し、司令室からの指示を信号機を通じて列車に伝える、運行管理システム。


 実は土台となるモデルを作ったところで留学してしまい完成させられていなかったのだけど––––なんとそれをダンカンの弟子のジャックが中心になって完成させ、各駅で運行情報を共有できるようにしてしまったのだ。


 どうやらあの生意気なジャック少年には、システム開発の才能があるらしい。


 私が下地を作ったシステムをどうやって完成させたのか。こっちにいる間にぜひ彼に聞いてみないと。


「ふふっ」


 思わず笑みがこぼれる。


「どうかされましたか?」


 隣のアンナが不思議そうに私を見る。


「なんでもないわ。ただ、いろいろ楽しみだな、って思っただけ!」


 そう言って私はにっこり笑ったのだった。



 ☆



 列車が駅を出発し、加速してゆく。

 そうして二十分ほどが経った頃。


 カランカラン


 機関車からベルが鳴った。

 ダンカンが対向列車を発見した合図だ。


「さあ、すれ違いよ。うるさいのが苦手な人は耳を塞いで」


 私の言葉に、耳を塞ぐ女性陣。


 そして、その瞬間が訪れる。


 ガァアアアアアアアアッ!!!!


 爆音。

 ガタガタビリビリッ!! と激しく列車が震える。


 だけどそれは、一瞬。

 五秒と経たずに揺れは収まり、列車は先ほどまでの静けさを取り戻す。


「……すっげ!」


 あまりの音と振動に目を丸くし固まるテオ。

 かく言う私も、全身を硬直させていた。


 これは……なんというか、想像していた以上の衝撃だ。


 現代日本でも電車が至近距離ですれ違うときはかなりのものだけど……ちょっと木造車体の密閉度の低さを舐めていた。


 それでも––––


「……なんとか、行けそうね」


 私は強がるように評価の言葉をひねり出した。


 運行最高速度での、魔導ジェットエンジン作動下のすれ違い。

 確かに音と振動はすごかったけど、列車の安定性に不安を感じるほどではなかった。

 これなら運行上、問題ない。


 私は深呼吸すると、あらためてみんなを振り返った。


「もう大丈夫よ。すれ違い試験は、あれで終わりだから」


 はぁああああっ、と安堵の息を吐き出す仲間たち。


「すごかったわね」


「まるで雷が落ちたようでしたっ!」


「……心臓に悪い」


 そんな中––––


「最っ高!! ですね!」


「「えっ???」」


 乗り物スキーの侍女が発したひと言に、みんなギョッとした顔で彼女を振り返ったのだった。




 その後つつがなく試験運転は終了し、私たちは城塞都市ファルグラシムの北東端に建設された駅に到着した。


「で、どうだった?」


 今度はかなり手前から減速し、誤差数mで列車を停車させたダンカンが、機関車から降りてきて真っ先に尋ねてきた。


 一年以上かけてみんなで準備してきた魔導トレイン。


 その問いに私は––––


「合格よ! エンジンも、列車も、線路も、全部問題ないわ。早速、開業の準備を進めましょう!!」


「よっしゃぁあああああっっ!!!!」


 両のこぶしを握り、絶叫するダンカン。


 それはそうよね。

 この一年、工房の立ち上げに拡張、魔導トレインの開発と、彼が各方面に助けを求めながら寝る間を惜しんで仕事に打ち込んできたのを、私は知っている。


 だから私は––––


「ダンカン、手を」


「?」


 うちの工房長が、私のまねをして片手を掲げる。

 その手に向かい私は––––


「!!」


 ぱあん、っとハイタッチを交わしたのだった。



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