第171話 産業革命の狼煙④


 保育園。

 つまり両親が働いている間その子供たちを預かり、保育をする施設。


 地球の歴史では、産業革命期の十九世紀初頭にイギリスで始まったとされる幼児保育施設は、様々な形となり今や世界中に広まっている。


 オウルアイズ領ではおそらくこの世界で初めての保育園を開園し、両親が工房で働いている家庭から受け入れを始め、幼児保育•幼児教育への取り組みを始めていた。


「元々このオウルアイズ領ではダリス教会が孤児院を運営して、それをエインズワース家が支援する形をとっていたの。ただそれだと運営費用がかなり厳しくてね。うちもちょっと前まで財政的に厳しかったから、お世辞にも十分な支援ができているとは言い難かったのよ。そこで––––」


 私は人差し指を立てる。


「教会と話し合って孤児院の運営をエインズワースが引き継いだ上で、施設と人員を大幅に拡充して有償で子供たちを預かる保育園を併設したの!」


 つまり収入源をつくった。

 利用者はもちろん工房の従業員。そしてオウルフォレストの街の人たちだ。


「保育料は親の所得に応じて変動させて、できるだけ色んな人が利用できるようにしているわ」


 私の説明に目をぱちくりさせる仲間たち。

 そんな彼らを見て、モニカが口を開いた。


「保育所で子供たちをみてくれるので、私たちも安心して働くことができるんです。私の母も保育所で働かせて頂いてますが『孫に色々買ってやれる』と毎日張り切ってます」


 おお、とどよめく友人たち。


「有償で子供を預かる施設なんて聞いたことがないわ」


 オリガが興味深そうに身を乗り出す。


「無償で仕事をするというのは、一時的なものならともかく毎日となるとしんどいものよ。それがたとえ子供や孫の保育でもね。それにそれでは世間にお金も回らない」


「そうだな。僕も無償奉仕というのは好きじゃない。仕事には相応しい報酬があるべきだ」


 傍らのテオが同意する。




「世の中には色んな家庭があるわ。父親がいない家庭、母親がいない家庭、両親が共働きの家庭、親がいない子を育てている孤児院だって、家庭であり家族よね。もし親が働いている間きちんと責任を持って子供を預かる場所があれば、家族のあり方の選択肢が広がると思ったのよ」


 私の言葉にモニカが頷く。


「侯爵様とレティシア様、それに工房の人たちには本当に感謝しているんです。あのまま王都にいれば仕事もなく、私も母も子供たちもどうなっていたか分かりません。それが今、私たちは『明日が今日より良い日になる』と信じて生きていける。––––今、この工房では私のように王都や各領で仕事を失った女性が百人以上働いています。私が声をかけた方もいれば、風の噂を聞いて一大決心で移住した人もいます。レティシア様が働く環境を整えて下さったことで、みんな未来に希望を持てるようになったんです」


 自らの身の上から語られる彼女の想い。

 その言葉は、重い。


「未来への希望、ね。うちの領地にもそんな産業があれば––––」


 唇を噛むオリガ。


 彼女の実家は今、領地を接するライラナスカ帝国からの難民と魔獣被害で大変なことになっている。

 ライフルの製造法を勝手に教えることはできないけれど、友人として何かできることはないだろうか?


 一方、リーネとレナは自分たちの家族にモニカの話を重ねているようだった。


「ここみたいなところで働けてれば、お母さんももう少し苦労が少なくて済んだのにな……」


「孤児院のみんなで移住したい」


 そうよね。

 良いところしか話してないけれど、うちの職場環境、生活環境がこの世界で突出して良いのは間違いない。


 エインズワース工房が迷宮国に進出するのは難しいけれど、友人たちのためにできることはあるかもしれない。


 せっかくこうして帰省したのだ。

 みんなとも相談して、じっくり考えてみよう。


 私は話をまとめた。


「良いところばかり話してきたけれど、もちろん全てがうまくいっている訳じゃないわ。保育園の収支は補助金がなければやっぱり赤字だし、人手も足りない。––––でもこうして働きやすい環境を整えたことで、工房に真面目に仕事に取り組んでくれる人が集まってくれた。新たな仕事もできた。幼い子供たちが教育を受ける機会も増えて、将来の魔導具開発を担う人材も育成できる。この保育園事業はオウルアイズとエインズワースの未来に対する投資でもあるの」


「未来への投資、か……」


 テオが思案顔で呟いた。




 ☆




 組立ラインと金属加工工場をまわり、モニカの話を聞いた私たち。

 最後にやって来たのは、魔導ライフルの最終検査を行っている場所。


 つまり、射撃場だ。


「ちょっと……何よ、あれ?」


 茫然と呟くオリガ。

 彼女の視線の先では、何人もの検査員が完成品の最終検査……つまり射撃を行なっている。


 タンッ!


 手前の検査員が、魔導ライフルを一発撃っては双眼鏡で弾着状況を確認する。

 仲間たちには通常弾での射撃も見せたことがあるから、驚くことはないだろう。


 多分、オリガが声をあげたのは––––


 タタタタタタタタタンッ!

 タタタタタタタタタンッ!


 ライフルの向こうでキツツキのような連射音を放っている二脚つきの銃と、


 ダダダダダダダダッ!!

 ダダダダダダダダッ!!


 一番奥で物騒な連射音を放っている、禍々しい代物のせいだろう。


 私が解説する。


「真ん中のものは、魔導ライフルを改造して連射機能を持たせた『七ミリ軽機関銃』。奥のものは、陣地防御や空の敵を撃ち落とすために開発した『十二ミリ重機関銃』よ!」


 ドヤる私。

 オリガが額に手をやる。


「ねえレティア、ちょっと待って。そんな『当然』みたいな顔して言わないで」


「なんで?」


 私が聞き返すと––––


「威力がおかしいのよ! 奥のものが爆音を立てる度に、向こうの丘の形が変わってるじゃないっ!!」


 オリガが久しぶりに激しいツッコミを入れてきたのだった。



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