第87話 幻灯機、そして……



 ☆



 私の領地、エインズワース伯爵領。

 その領内には現状、魔導具工房がない。


 従って今後私が自分の領地で魔導具づくりを続けていくなら、ゼロから工房を立ち上げる必要がある。


 ダンカンを新たな工房の工房長に推したお師匠さまは、最後に彼にこう言った。


「俺は俺でやることが山盛りだ。魔導ライフルの量産を立ち上げなきゃならんし、どこかの無慈悲な弟子からはすでに幾つも開発を押しつけられてるから、文字通り手が回らん。新たな工房の立ち上げを任せられるのは、お前しかいねえんだ。––––腹を決めろ」


「無慈悲な弟子、なあ……」


 そんなことを言って、ジトッとした目でこちらを見る二人。


「だからっ、なんでこっちを見るんです???」


 私が抗議すると、二人の工房長は同時に「「はぁ……」」とため息を吐いた。


 息を吐ききったダンカンが、「しゃあねえなぁ」とぼやきながら顔を上げた。


「分かった。分かりましたよ。伯爵領の工房は俺が引き受ける。その代わり、必要な物と人員はなんとかしてくれよ?」


 その顔にはもう、迷いはない。


 お師匠さまがダンカンの背中を引っぱたき、私は大きく頷いた。


「必要なものは、全て揃えます。要求事項を先にソフィアに送っておいて下さい。伯爵領で待ってますから。……よろしくね。期待してますよ、ダンカン」


 私の言葉に、彼は珍しく照れたように「おうよ」と答えたのだった。




 ☆




 会議の主な議題はそれで終わりとなった。


 そこで私は、お父さまに言って、一つだけ披露させてもらうことにする。


「皆さんご存知でしょうが、先日私たちは『魔石安定化装置』の開発に成功しました。試作機を使ったサンプルの出来は上々で、現在ゴドウィン師匠に量産設備の製作に取り掛かってもらっています。予定では一ヶ月後には稼働を始められる見通しです」


 出席者たちから「おお」という歓声があがる。


「実はこの装置の開発に至る過程で、私たちはある現象を発見しました。これからご覧頂くのは、その一部です。––––アンナ、ロレッタ、カーテンを閉めてくれる?」


「「はいっ!」」


 元気よく返事をして、窓に向かう二人。


 間もなく窓の両側からカーテンが引かれ、ホールが薄暗くなる。




 そこで私は、カバンからあるものを取り出した。


「それは……魔石かい? どうやら安定化処理がしてあるようだが」


 お父さまの問いに、頷く私。


「おっしゃる通りです。この魔石は、ある工夫をした上で、私が直接安定化の処理を施したものになります。––––それでは、見ていて下さい」


 私は立ち上がってイスから離れると、左手に魔石を持ってかざし、右手にこれまた鞄から取り出した懐中電灯のような形の魔導具を構え、そのスイッチを押した。


 カチッ


「「おお……」」


 その瞬間、皆がどよめいた。


 懐中電灯から出た魔力光が魔石を照らし、魔石を透過した光が壁を照らす。


 そうして壁に映ったものは––––




「……ココとメル?」


 ヒューバート兄さまの呟きに、私は「正解です」と頷いた。


 壁に映し出されていたのは、屋敷の庭に広げられたテーブルセットと、そのテーブルにちょこんと座った二体のクマたち。


「これは絵画? ––––いや、それにしてはあまりにもリアル過ぎる」


 グレアム兄さまが壁を睨んで唸る。


 私は懐中電灯に並んだ二つのボタンのうち、二つ目のボタンを押す。


 カチッ


 次に映ったのは––––


「これ……私ですか?!」


 屋敷をバックに笑顔を向けているのは、私の最愛の侍女、アンナだった。


「お、お嬢さまっ、恥ずかしいです! さっきのに戻して下さい!!」


「可愛いのに……」


「そういう問題じゃありません!」


「仕方ないわねえ」


 私はしぶしぶ一つ目のスイッチを押す。


 カチッという音とともに、壁には再びココとメルの画像が映った。


「「…………」」


 私とアンナがじゃれている間、他の出席者のほとんどは目を丸くして壁の画像と私の手の中のものに見入っていた。


 やがてお父さまが、信じられないという顔で小さく首を振ると、私を見つめる。


「レティ、説明してくれるかい?」


「分かる範囲でよろしければ」


 お父さまの求めに、私はにこりと笑って頷いたのだった。




 ☆




 ココとメルの魔石の中に私の記憶を見てから、私はその現象に一つの仮説を立てていた。


『適切に安定化した魔石は、記録装置の機能を持ち得る』


 そして、


『圧力がかかった魔力に曝すことで、その機能を活性化することができる』


 今まで誰も考えたことがなかったであろう、突飛なアイデア。


 だけど実際、ココとメルには私の記憶が刻まれていたし、魔導基板を抜いた状態で過去に使用した魔法を発動することができた。


 お師匠さまの『魔剣』の話にも、回路が壊れた魔法剣で魔法を発動したという話が出てきた。


 これだけ事例があるのなら、試さない訳にはいかない。


 私はここしばらく本領の自分の研究室にこもり、手を替え品を替えて魔石に魔力圧を加え、その時の挙動を記録し、考察を積み上げていたのだった。




 結論から言えば、そう難しい話ではなかった。


 魔石は瞬間的に強い魔力を加えたとき、その周囲の光景を記録した。


 そして、記録した時と同じ波長の魔力光を魔石に照射すると、その像を外部に投影することができた。


 それが今、皆に披露した現象。


 とりあえず懐中電灯型の魔力光照射装置を作って手動で魔石に当てたけれど、これは魔石と照射装置を一つの箱に収めて魔導具にできる。


 『幻灯機』。


 絵や文字などを暗い部屋の壁に映し出す機械。

 映画館の映写機に近いかもしれない。


 そしてここまでくれば、その『次』が見えてくる。




「『写真機(カメラ)』を作ろうと思います」


 ひと通り魔導幻灯機の原理を説明した私は、お父さまにそう言った。


「かめら?」


「はい。写真機(カメラ)です。今壁に映したような人物や風景を撮影する機械で、撮影した画像を特殊な紙か金属板に転写できるようにしたいと考えているんです」


「転写?! そんなことまでできるのか???」


 身を乗り出したダンカンに、私は答える。


「開発はこれからです。正直、やってみなければ分かりません。ですが、魔導金属(ミストリール)をうまく使えば、できないことはない、と考えてます」


「……お嬢から俺への依頼の一つが、それだ」


 ぶすっとした顔でそんなことを言うお師匠さま。


「まあまあ、お師匠さま。この開発がうまくいけば、出来上がった『写真』を使ってインパクトばっちりの求人ポスターを貼り出せますから! 職人募集に絶大な効果がありますよ」


「まったく。この調子でどんどん突っ走って行きやがる。ちったあ年寄りを労わらんかい」


 師匠のぼやきに、どっ、と笑いが広がる。




「私からの披露は以上です。––––最後に一つ、ご相談があるのですが、よろしいでしょうか。お父さま」


「なんだい?」


「ソフィアから、エインズワース伯爵領の領都、プリグラシムの改名について建議がありました。なんでも貴族が初めて領地を賜った場合、その領都に新たな名前を付けるのが古くからの慣例だとか」


 私の言葉に、父は「ふむ」と頷いた。


「確かに、そういう慣習があったということは聞いたことがある。……それで、名前は決めたのかい?」


「はい。色々考えたのですが良い名前が思いつかなくて……。『ココメル』にしようと思うのですが、いかがでしょう?」


 その瞬間、「っ!」と噴き出すのをこらえる音が、並んで座るお兄さまたちの方から聞こえた。


「い、いいんじゃないかな。分かりやすくて」


 ヒュー兄さまが顔を手で押さえながらそう言うと、隣のグレアム兄さまも同じポーズで、


「そうだな。覚えやすくて良い名だと思う」


 と言った。


「頑張って考えましたのに……」


 むくれる私。


 その時お父さまが、微笑とともに頷いた。


「うむ。レティのように可愛らしくて良い名前じゃないか。私も賛成だ!」


 こうして、何か釈然としないまま、私の街の名前が決まったのだった。




 ☆




 それから五ヶ月。


 私はオウルフォレストとココメルを行き来しながら、新たな工房の立ち上げと魔導具開発に明け暮れた。


 幸いなことに写真機の開発は順調に進み、王都工房に貼り出した写真を使った求人ポスターのおかげで、多数の職人を集めることができた。


 新工房の窯の火入れも、無事完了。


 季節は秋から冬へ。


 そして、春の気配が漂い始めた頃。


 領都ココメルの私のもとに、陛下からの呼び出しの魔信が入ったのだった。











次回、『彼』が再登場。

ここから2巻のクライマックスに向けて加速します!


引き続き本作をよろしくお願い致します。



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