小松菜なんて⑤

人の家に入るだけで、ホームステイをしに行くような気になる。ホームステイというと、異郷の地に行くというか、極端な話「現地の民俗を観察しに行こう」という感じがして、本当は大変失礼である。


 だけど、どんな家でも、強い文化と言うものがある。同じような地域、同じような家族構成でも、実は全然違う。というか、実は全然違うのに、「いやいや、私たち似たもの同士でしょう」みたいなテンションで来られるから困るのだ。人種とかそういう大きい話の時にしか「いやいや、ダイバーシティでしょう!」と言ってくる奴は、概ねバカだ。私とあなたは、実は相当違う。


 だから最初っから理解出来っこない。理解出来っこない地点に、実はお互いに立っているということを知らない奴が、この世には多すぎる。


「どうぞ食べて下さい。すいませんこんなものしか無くて…」

 という訳で、私は人の家の居間でカレーライスを目の前にしている。

「は…はぁ…どうも、ありがとうございます」

「すいません、お客さんに出している余り物しかなくて…」

 という訳で、私はラブホのカレーライスを目の前にしている。


 「話がしたいよ」と某人気バンドのシングル曲並みにアツいお願いを妹アロハにされてしまったので、そのままの流れで私はお宅にお邪魔している。ただ、何と言っても自営業なので、ラブホと併設されている妹アロハ邸に連れてこられた。初めてである。渡り廊下を挟んで、ラブホの離れに自宅があるの、少しジワるな。


 「いえ…そんなお構いなく…ていうか本当に良いんですか…?食べさせてもらっても…?」

「そんな…こんな遅い時間までお付き合いしてもらったので、お腹も空いたことでしょうし、どうぞ召し上がってください…!」

 そういうことで言うと、さっきパンを捨てる時、ちょくちょくかじっているので、そこまでではないのである。というか、カレーパンもかじったばっかりだし。

「では…ありがとう…じゃいただきます」

 断る訳にはいかない。異郷の地に連れて来られると、どうしても様々なものを受け付けないときがある。だけど、偏見を持たないこと、一度相手が生み出してくれる流れに乗ってみること。そういうことを、強く望んで飛び込んでみる。その結果については分からないけど、少なからず、「ダイバーシティ」と厚顔無恥で叫んでいる奴をバカにしたければ、それくらいはやっておくべきである。気付いたら、誰しもが知らぬうちに保守的になってしまうのだ。


 スプーンを手に持ち、私はカレーに手を伸ばす。

「おいしい…」

 心配も、ごちゃごちゃした理屈も、実は全て必要なかった。カレーなんて失敗のしようもないけど、だけど普通のカレーよりもおいしいと思った。「ラブホのカレーのくせに」という前提もあったかもしれないけど。


「ホントですか!あーよかった~これ私がつくってるんです…!」

「えっ、凄いね…でも普通のカレーじゃなくない…?すごい辛いわけでもないけど、体があったまるような…夏だけど…」

 市販のルーをそのまま溶かした感じがしなかった。ご飯とルーがこんなにトゥギャザーするなんて…。


「いや~嬉しいですね~でもそんなに大したあれじゃないですよ。隠し味にですね、ショウガとニンニクを入れているだけなんで」

「え!薬味って凄いね…」

「割と体力を消耗されている方も多いので、野菜を炒めて水を入れる時に、一緒に結構ドバドバ入れてしまいます」

 知らない間に妹アロハもご飯をよそっている。スムーズな流れで私と晩御飯になる。


「コツはドバドバ入れることです」

「それじゃ隠し味じゃないじゃん…」

 消耗した彼らにとって、私が今食べたのよりも一層美味しく感じられるのだろう。ドバドバした調理をしたとしても。


「このカレー目当てでリピートしてくださる方も多いんですよ、朝食で無料でつくんで」

「えぇ…『朝食無料』で本当に釣れる人っているんだぁ…」

 どこに「朝食無料だから…ちょっと夜も遅いし…入ってみよっか…?」と相手を誘う輩はいないと思っていたけど、そうでもないらしい。だからと言ってラブホの選択要因において何が重要になるかは知らないけど。


「その他は普通のカレーです、まぁ私自身はそこまでショウガとか強くないんで、あんまりおいしいとは思わないんですけどね。でも、お客様が喜んでくださるならいいんです」

 そういいながらも、彼女はカレーを流し込むようにバクバク食べる。他にサラダとかないのかな…本当にカレーと白米しかないっぽい。これがこの家の強さというものか。


「すいません、色々喋っちゃって…全然興味なんかないですよね、ラブホのカレーの作り方なんて」

「いえいえ!すっごく美味しいから、全然、大丈夫だよ」

 答えになっていない応答をする。「興味があります」というと、少し違うような気がする。「興味がある」というのは、ポジティブなように見えて、少し上から目線なニュアンスも含んでしまう時がある。


 「興味がある」というのは、前提として、「観察する主体」と「観察対象」との間に距離があるということだ。だから、必然的に「観察対象」に積極手に関わろうとは思っていないということを意味してしまう。もしくは「観察対象」が面白かったら観察するけど、そうではなかった放っておくことも意味する。それって、実は凄く無責任だと思う。

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