家と一緒に転生した俺は異世界をマイペースに生きていく

まるお

第1話 クレーム的な交渉

「じゃあ、家を持っていきます」



 俺は答えた。



「家?」



 神様は意外そうな顔で聞き返す。



「そう、家です」


「今住んでいる家をそのまま異世界に欲しいというのか?」


「その通りです」


「いやしかし、それはあまりにも曖昧過ぎる。大抵もっと小さい物……たとえば携帯だったりチート能力だったりだな……」


 ここは天界。

 そして不慮の死を遂げた俺が神様と対面している所だ。

 ラノベ好きの日本人であるならば別に珍しい光景ではない。

 よくある間違って死なせてしまったから何か欲しいものは無いか?というアレだ。

 しかし神様ってこんなにしょっちゅう間違えてていいのかね?

 うちの会社ならとっくに首だぞ、こんなジジィ。

 この無能さと仕事に対する気の緩み、バブル時代のリーマンと何ら変わらん。

 見かけだけは俺より年寄りの感じに見えるけど神様の年齢はわからない。



「何かけしからんことを考えておる様じゃな」



 おっと、心が読めんのか。

 じゃあ一々こういう場は必要無くねえか?



「君はそう言うがな、人権に配慮して今は聞くことになっているのじゃよ」


「なるほど。天界も色々と|五月蠅い人権屋が多くなってきたみたいですな」



 天界にもいる人権屋のおかげでこういう機会が与えられているかもしれないが、生憎と感謝する気は全く起きなかった。

 話しぶりから判断するとどうやらこの神様も俺と同じ中間管理職の様に思える。

 見かけは老人なのにな。

 やはり無能の証明って所か。



「じゃから、そういう事はあまり考えない様に。儂にも感情がある」


「はっ。失礼しました。とにかく私の要求物はそれだけです。別にハーレムもチートも望んでおりません。可愛い要求ではないかと」


「そうは言うがな、何とも曖昧過ぎる。どの様にでも解釈できてしまうぞ」


「それでは相互に詳細を確認させていただきます」


「うむ……では確認じゃが、希望は土地込みでほしいという事じゃな」


「はい、無論です。所有する敷地にある全ての物は広い範囲で私の家の一部です。そういう意味です」


「むう……」


「あ、そうだ。大事なことを忘れていました」


「……何だ?」



 神様の表情に露骨な警戒感が浮かぶ。

 自分から要求を聞いておいて表情に出すとは人間が練れてないな。

 文字通り人間でなく神様だからだろうか?

 すました顔で俺は要求に大事な一言を付け加える。

 こいつがあるのと無いのとでは雲泥の差だ。



「異世界に行ってもちゃんと上下水と電気とネットとかは使えるようにして下さい。せっかくの設備が使えないんじゃテントと変わらんですからね」


「細かい奴じゃな」



 俺の家はオール電化なのでガスは必要ない。

 さらにその延長線上と見せかけて要求を追加する。



「細かいついでにもう一つ。こちらから持って行ったものは全て、あちらの世界では一切破壊も劣化もしない様にして欲しいのですが」


「な、何じゃと?」


「私の要求は『』、一行で完結します。詳細は補足したまでで」


「それは、しかし……」


「つまり、これから私が送られる先が何処であろうともTVが見れたりPCパソコンや携帯でネットが出来なければ以前のままではないという解釈になります。」


「……」


「もちろんそこで購入した物も同様です。


「クレーマーじゃな、お前は」



 俺への呼び方が変化した。

 どうやら静かに怒っている様だ。



「お褒めにあずかり恐縮です。そういうお客様に鍛えられていますので」


「褒めとらんわ。でもまあ確かに私の捉え方もそちらの言い方もお互いあいまいだった所があるかもしれん」



 そう言って神様は紅茶をすする。

 へぇ、神様もダージリンティーを飲むとは知らなかった。



「この場合、車も入るかのう」


「無論です。繰り返しますが、私の購入した土地に存在する物全て含め私の家という認識です」


「……図々しいにもほどがあると思わんか?」



 その一言は俺の神経を不快に刺激した。

 静かに、多少の怒りを込めて神様を見据える。

 ただしもちろん表情はあくまで穏やかにだ。

 心を読める神様には意味がないだろうが。



「一言申し上げますが、私は労働の対価で得た私自身の正当な財産を要求しているだけです」


「しかし……」


「とんでもないチートな能力を持って赤ん坊からやり直すならともかく、年を取ったままで転生するだけですしね。私にとって何も得るモノの無い転生です」


「そう言われるとその通りではあるが」


「私は私の正当な権利を要求しているだけと認識しております。理不尽に死んだのに身一つで転生したら私にとって二重に理不尽極まりない事でございます」


「それは分かっている。だから、こうして希望を聞いているのじゃ」


「現実は往々にして理不尽が横行しているもの。それは私だって承知しております」



 ホントかよ? 

 そう言いたげな態度の神様に気が付かないふりをして俺は話を続ける。



「善人が誰かに殺され本人にとって理不尽な一生を終える事も珍しくありません」



 現に私は誰かの間違いで死にましたしね、と嫌みを忘れない。



「しかし実際私は今回貴方様とじかにお話しする機会を与えられました。だからこそ一言申し上げているのです」


「ここまでの規模だと前例がないのでな」



 前例って……やっぱアンタ、公務員だろ。

 俺は心の中で突っ込む。



「勿論あなたの一存でそれを無下に否定されるならそれはそれでしょうがない事と思います。所詮私に決定権は無いですから」


「いやらしい言い方をするな。何も聞かないとは言っておらん。前例の無い願い故に判断が直ぐにはつきかねるのじゃ」



 暫く神様も考えている。

 言い分はおかしくないはずだ。俺はおとなしく結論が出るのを待つ。



「わかった。お前の希望は聞こう。その代わり異世界へ転移したら魔法は全く使えなくする。それでどうだ?」



 プラスがあればマイナスもある。

 そうしなければ例外的処置をするのも難しいのかもしれない。

 

 俺としては正直、魔法が使用可かどうかなどどうでもいい。

 異世界バカの若造ならともかく望まぬ異世界転生だ。いや、転移なのか?

 まぁ、いずれにしろこれから行く世界がどのくらい魔法のウエイトを占めているか判らんが、正直戦う事が無ければ魔法など殆どクソの役にも立たないだろう。

 俺は魔法よりも現代日本の製品を求める。



「了解しました。それで構いません」


「うむ、お前がこれから行く世界は魔法が存在する世界だ。そこでは魔法は色々と生活に根付いておる。いずれ上手に魔法が使えるようになれば寧ろ快適な生活を送る事が出来るようになるかもしれなかったのだが」


「あ、大丈夫です。魔法になど興味はありません。引き籠る自信がありますので」


「いや、引き籠られても……」


「では早速、契約書を」


「け、契約書じゃと?」


「はっ。神様にとって例外的措置であるならば、なおさら必要ではないかと」


「契約書を交わせとまで言ったのはお前くらいだ」



 俺は神様に契約書をもらった。

 何でもちゃんと神力が籠っているものでこの誓約を破る事は出来ないという。

 契約書じゃなくて誓約書じゃね? と思ったが黙っておく。

 ここは神様を信じるしかない。


 そもそもこちらは理不尽に死んだのだ。これくらい貰って当然だ。

 だがこの神様に大分無理をさせたのは事実らしい。

 一応社会人としてお礼は言っておく。



「色々と不快な思いをさせて誠に申し訳ございませんでした。ですが取るに足りない卑小な一人間の言う事をきちんと聞いて頂き、その度量の広さにさすがは神と感服しております」


「お世辞は良い。で、これでもうよいかな?」


「はい。モンスタークレーマーにいつも責められっぱなしだったので機会があれば自分も言いたい事を言ってみたいと思っておりましたが、色々言い過ぎた所があったかもしれません。先程までの無礼な態度ご容赦ください」


「うむ。ではそろそろ移動させるぞ。もう会うこともないが達者でな」



 会話を早く終わらせたいのがありありだ。

 俺自身もうこの神様と会うことも無いのだから言いたいことは言ったと思う。

 そして俺は光に包まれて異世界に転生した。

 おそらく、愛しのマイホームも。

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