第9話 進学(9)
天人は頷く。去年の夏、半妖になったばかりの時図書館に閉じこもっていたので基本的なことは全て把握しているつもりだ。堕ちるというのは、そもそも心が自分の感情奥深くまでのめり込んでしまって、本来人間に備わっているリミッターが壊れてしまうことを指す。
「堕ちることはそもそも一人ではなしを得ないし、現状不可能なことなんだ。しかし稀に時勢を超え堕ちてしまう人間はいる。そういう人たちを含めると堕ちること自体は可能なのだけど、それがここ一年で急激に増えている。それはとてもおかしなことで、裏に何かが絡んでるとしか考えれない。それで僕はこの町だけではなくいろんなところへ行ってみたのだけれどもそこで得られた情報はただ一つ。皆“小さな女の子”にあったというだけ。きっとその子に何かあるんだと思うんだけどね、なんせ妖怪がらみのことだから、なかなか進展がなくて。君なら何か知ってると思ったんだけど、僕の思い過ごしだったようだね」
「………その言葉は、俺が半妖だからですか……?」
「その通り」
包み隠さず話す優一郎を横目で見ながら天人は背中を丸めた。
「君たちが、半妖になったのが去年の夏。そして堕ちる人達が増え出したのが、去年の夏以降。何か共通点があると思わない方がおかしいと思わないかい?」
「難しい日本語使わないでください。そこまでいうならはっきり言っていいですよ」
痺れを切らした天人は冷たく言い放つ。優一郎は最後の団子を飲み込んで、鞄から財布を取り出した。
「僕は、君たち四人の中に“小さな女の子”となんらかの関係があるんじゃないかと思ってる」
そんなの、あるわけないじゃないですか……………。
優一郎は立ち上がると、表のセルフレジで会計を済ませて天人に手を振った。
「じゃあ、僕は先に帰ってるよ。情報を集める時間が惜しいのでね」
そう言って帰っていく優一郎の背中が見えなくなるまで、天人はベンチに腰掛けたままでいた。
+++
緑は不思議な少女と並んで歩いている気分だった。いや、不思議な少女というか、この子は「神ノ条舞子」と言って、この町の町長の孫であり、半妖であるという基本的なプロフィールは知っているのだけれども、並んで歩いているとどうも自分が生きている心地がしない。なんで、こんなにも何も感じないのだろうか?
「あの」とお互い口を閉ざして歩いていた最中、舞子は緑に話しかけた。舞子のウェーブがかった髪の毛は頭の高い位置で結い上げられており、歩くたびに風が通って舞う。きらりと光る瞳が長い睫毛の下から見えた。
「変なことはしないで下さいね。そんなことしたら、私が許しませんから」
ハスキーな声が全身に響く。緑の体には一拍遅れて鳥肌が通り過ぎた。
「へ、変なこと………? なんの話?」
「……わかっているくせに」
そう言うと、舞子は丁寧にお辞儀して右の分かれ道に独りスタスタと歩いて行った。残された緑は冷や汗をかきながらも首を捻り、やがて正面を歩き続けた。
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