第2話 二人(2)
☯️
「なんで、家に居るんだよ……」
天人はハルの腕を引っ張って家の隅へ連れて行く。今回ばかりは自分達に火があると思ったのか、迫ってくる天人の顔を避けハルはのけぞる。
黒手袋のついた両手を天人の胸に添えて自分から離れさせる。
「ご、ごめんって。こっちでもちょっとトラブルがあって帰ってこざるをえなかったんだよ」
「だから何だよ、トラブルって」
天人は一歩も引くつもりはない。ハルは珍しく目を泳がせた。
「それは……今説明している暇はないっていうか――」
「何も無かったんだな⁉︎無かったんだろ!」
「あったってば!」
問い詰めるとハルも声を張って言い返した。
「こっちもこっちで大変だったんだッ!」
言葉の語尾を強調され、流石に天人は一歩後ろへ下がる。そして後ろに下がったことによって改めてハルの全身を見た。夕方、別れる前は汚れひとつなかった服の所々に泥がついている。そして視線を上へもっていくとハルの首には何かで締められたような跡が残っていた。人間………の手ではない。明らかに太く強靭んな手で締められたと分析できる。
「……お前、どうしたんだよ、それ」
天人は漸く腹から声を出した。
「だから山でトラブルに遭って帰ってこざるを得なかったって言ってるじゃん。何回言わせるわけ?」
まだ首の跡が痛むのかハルは少し痛そうに首をさすった。どう考えても妖怪がらみのことがあったに違いない。
天人はズキリと心が痛み、声のトーンを落とした。
「ごめん、俺そんなこと知らずに…」
「謝るでないぞ、小僧」
土地喰いがヒョイっと姿を現した。トントントンとリズムよく飛んで机の上に座った。
「此奴はちっとやそっとで倒れるような奴じゃないじゃろ」
「それは、そうだけど………。でもやっぱり誰かが傷つくのは…」
嫌なんだ…――――。
それに、と天人は言葉を詰まらせる。天人は拳をギュッと握った。
音音の時みたいなことはもう繰り返したくないんだ。
もう誰もいなくなってほしくない。
誰も、傷つかないで欲しい。
「バーカ」
ハルは天人の額に軽く言葉を振りかける。俯いていた顔を上げるとハルがこちらを見下ろしていた。
「人の心配してる場合?自分の方がヘニョンヘニョンな体にボッコボコな精神力なくせに」
…………悪口?
「ハルは絶対に天人達の前から姿を消さないって約束するから今は自分を強化することだけ考えな」
「破るんじゃねーぞ」
「破らないし」
「嘘ついたら俺がお前に暴言のマシンガン浴びさせてやるから」
「うわ、幼稚」
どっちがだよ。寧ろその言葉、俺がお前に言いたいわ。
天人はハルから目を逸らして深く息を吐く。土地喰いは天人とハルのやりとりを微笑まそうに見ていた。しかし、不意に感じた気配にドアの方角を振り返る。するとドアから千乃を家の中に入れまいと奮闘していた舞子と佰乃が入ってきた。そして千乃当本人は机の上にいる土地喰いと目があった。
全員の額に脂汗が流れた。
「―――やっぱりあなた達だったのね。土地喰い様を隠していたの」
家の入り口で、仁王立ちで立つ千乃は、獲物を狩るような勢いで全員を睨む。そして、その千乃の周りを纏うオーラはドス黒い色をしていた。ゆらゆらと揺れて、外の景色さえも覆い隠してしまうほどの強烈な覇気。
そう。三人にとってはどこかで目にしたことがあるような風景。
天人の頭の中には、つい先日起きた音音との風景が流れた。
「そう…………。貴方達がそう言うつもりなら、私は力づくでも土地食い様を取り返すよ………」
「ち、違うの!千乃さん!これには、理由があって…――!」
「黙れッ!」
刹那、爆風が家の中を襲った。千乃を中心として広がった爆風は家中にあるあらゆるものを移動させ、浮かせ、破壊させた。風圧で割れたガラスが舞子の頬を切った。舞子の口から漏れた悲鳴を聞いた天人は瞬時に沸点が上昇する。風が起きる前に鷲掴みした土地喰いの体を服のポケットに押し込んで、眺めの悪い家の中を駆ける。
「なにしやがんだよっ!千乃っ!」
入り口に立ち塞がる千乃の頬を思いっきり右手で殴る。勢いよく家の外に飛び出た二人は砂利の上を転がるようにして、数メートル体を地面に打ちつけた。天人は口に入った砂を吐く。
「お、おい。大丈夫か、小僧」
ポケットから頭を出す土地食いを、天人は片手で戻す。
「今は俺の心配よりも、自分の心配をしろ。………どうやら千乃の奴、お前のことを探してただけじゃなさそうだぞ」
視界の悪い向こう側からでも伝わってくる千乃の感情。こいつに向けているのは、音音の時と同じ。負の感情。その時、天人の頭の中でプツリと接続のつながった音がする。
『あーくん!』
「舞子っ!大丈夫かッ?」
『私は平気。それよりも千乃さん……あれは……』
『あのままじゃ、堕ちるぞ』と佰乃が的確な言葉を言う。
『まだ、完全には堕ちてないけど、もう祓うしか手はない』
祓うしかないって…………でも、あいつどうして堕ちるなんて、そんなこと………。
「小僧っ!前じゃっ!」
「……ッ!」
天人は目の前に飛び込んできた千乃からの風圧を避けることはできずに、もろに腹にくらう。今朝食べた食事が消化されきっておらず、口元から出そうになるけど必死に口元を押さえて、地面を転がった。背中を大きな岩でぶつけ体は止まる。呼吸がしにくい。気管が狭くなって、肺が思うように動かない。
「大人しく、土地食い様を返して。私は貴方達に用があるんじゃなくて、土地食い様に用があるの」
「……そう言われて、大人しく渡すようなバカがいるかよ」
口の中に溜まった血を軽く吐き出す。膝に手をついて重たい腰を上げる。
「それに、土地食いに用があるなら、正々堂々と話にくればいいじゃねーか。何でそんな真似してまで土地食いと話がしたいんだよ。こいつはお前に会いたくないって言ってるんだよ」
千乃は思いっきり瞼を開けて、吠える。
「嘘だっ!土地食い様が私に会いたくないはずなんてない!私を待ってたはずだ!」
「待ってねーっつってるんだよ‼︎」
「嘘だッ‼︎」
再び風圧が襲ってくると覚悟し、天人は下唇を噛み締める。しかし、風圧が襲うよりも早く、誰かが天人の体を抱え、脇に逸れる。ゴツゴツとした手のひらが背中に添えられ、それが突男だと分かった。
突男はそっと天人を地面に下ろし、自分は千乃の方に向かって天人を守るように立つ。ゴタゴタした家からようやく出ることができた舞子と佰乃は、視界が開けてきたことによって状況を理解する。
千乃は己の二の腕をさすり、震え、周りの黒い霧を自由自在に変化させた。
「う、嘘だ…………土地食い様が、私の事を見捨てるなんて嘘だ…………そんなはずない………だって、土地食い様は言ったもん。私に言ってくれたもん………」
そして千乃は今にも泣き出しそうな顔を天人達に向けた。
「ずっと一緒にいてくれるってッ!私は、土地食い様の家族だってッ!言ってくれたもんッ!」
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