第1話 居場所(1)
☯️
「……という流れになったわけで、もう一二泊していくことになった」
『というわけでじゃないわよ!どういうことか全然説明になってないじゃない!』
電話の向こう側から聞こえる音量に、天人は思わず耳を遠ざけた。再び丁寧に耳元に薄い携帯を押し当てて、
「だから、その、色々あって明日には帰れそうにないから………」
『色々って何よ!色々って!』
「つーか、俺、母さんに電話したつもりなんだけどなぁ……」
天人は頭の後ろをかいて、激怒している姉に向かって愚痴を吐く。
『だぁから、あんたが急に突拍子もないことを言うから、母さんから私に変わったのよ!わかる?わかりなさいよ、この不良弟が!』
えええ………いくらなんでもそこまで言わなくていいじゃん。こっちには、こっちでやむを得ない事情があるんだから。
そうあたふたとしていると、天人の手から舞子が携帯をとった。
「お姉さん。舞子です。神ノ条です」
『ああ、舞子ちゃん?何、どういうこと?なんで明日帰ってこれないわけ?』
「すいません。こっちの手違いで旅館に宿泊する期間が明日ではなく、明明後日までになってたんです。もうその日までの料金は払ってしまっているし、どうせなら泊まっていこうとなったんですけど、いいですか?天人くんを、予定通りにお家に返せないのは申し訳ないです」
丁寧な口調で話す舞子に対して、さくらも口を閉ざした。
しばらく二人で何か話し込んでから、携帯の電話は切られ、天人の手元へ返される。舞子は返す際、深いため息をついて、天人を哀れ見るように一眼見てからキッチンの奥の方へと消えていった。
いや、なんだよ………。お前が言いたいことはわかるよ。俺だって感じてるんだから………。
天人はドスっとソファーに腰を下ろす。
「……その、なんというか、天人の家も色々と大変なんだね」
佰乃はキッチンから持ってきた温かいココアの入ったマグカップを天人に渡した。天人は受け取り一口すする。
「大変つーか、以上なほどに過保護なんだよ。昔っからな」
「過保護にしては………長いな」
「まあな。俺んところはさ、姉のさくらと俺と母さんしかいねーからさ。俺たちは一人でもかけたら寂しくなるほど小さな家族なんだ」
佰乃は自分のマグカップに入ったココアを啜って、両手に持ち替え、天人の隣に腰を下ろした。
「父方はいないの?」
「……父さんは、七年前の飛行機墜落事故で死んだよ。他の親戚は、早死にしてて、もう俺の家系の藤崎の性を名乗っているのは限られた人たちしかいない」
「七年前の事故…………天人も靁封町にいたのか…………」
「ああ」と天人は短く返事を返して、あの日の記憶が引っ張り出された。あの時はまだ子供で、俺は自分のことしか考えられないガキだった。いや、それ以前に自分という存在を確立しているのかまだわからない年頃だった。
七年の歳月は、恐ろしいほどに早く過ぎていた。
「それで、これからどうするんだよ」と話を切り出す。
「土地喰いとやらは、今どこにいるんだ?見つけてはいるんだろう?」
「今は、ハルのフードに隠れて過ごしているよ。相性は最悪そうだけれど、いざとなった時、弱くなった土地喰いを守れるのはハルだから」
「ははは、確かにな。あいつのそばにいるのが一番安心できる」
過去に俺もあいつに救ってもらったことはあるからな。
「でも、いつまでも千乃ノイって奴から隠し通すことはできないんだろう?話を聞くところによると、そいつだいぶ変わってるらしいし、見つかるのも時間の問題なんじゃね?」
「そうなんだよね。何かいい案はない?」
そう聞かれてもねぇ………。
天人はもう一口ココアを啜った。今度は、一番初めよりも少し緩くなっていて、この家が全体的に寒いことを知る。
「もういっそのこと、ここにいますって教えちまった方がいいんじゃないのか?土地喰いの願いってのは、千乃がもう奴の前に姿を表さないことで、千乃の伝えたいことってのは分かってないんじゃ、話は進まないだろう?もしかしたら、千乃の伝えたいことっていうのは、土地喰いの願いってのと一致しているかもしれないし。どのみち何かを捨てないと進めないと思うぜ」
「天人の言うことにも一理あるけど、あの子がそう簡単に土地喰いのことを諦めるようには見えないんだよ」
「というと?」
「……わからないけれど」
言葉を詰まらせる佰乃の右側で天人は大きく欠伸をした。ふと時計を見ると時刻は八時半を指している。突男達が家に帰ってきた時は、すでに日が落ちていて、先ほど夕食を済ませて、あとは風呂入って就寝するだけだ。どうせ明日朝早くから千乃が来るのであれば、早く寝るに越したことはない。
いまだ天人の隣で慎重に言葉選びをしている佰乃を放っておいて、窓の外へ目を向けると、外を歩くハルの背中が目に入った。
こんな時間に、一人で何してんだ?と天人は不思議に思うが、そういえば今は一人じゃなくて土地喰いもいるんだったと思い出し、気にせずもう一度欠伸をした。
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