第23話
「地頭くん」
「黒星さん」
俺を探していたのか偶然か、駅前で黒星さんに出会ってしまった。さすがに放課後になれば制服姿で出歩いていても違和感がないので本格的な捜索ができる。裏を返せば陰キャが歩いているだけの映像だ。その頃を見計らって白兎さんも出てくると考えていたけど当ては外れている。
「ずっと白兎さんを探していたの?」
「うん。転校するにしたって急すぎるから」
「それは私も気になるけど……地頭くんはどうしてそこまで」
「わかんない。でも、このままじゃダメな気はしてるんだ」
白兎さんが恋愛成就の神様であることや実況で日銭を稼いでいることを話しても信じてもらえるとは思えない。この部分を差し引くと、誰かに説明できることはほとんどなかった。
「地頭くんは実況配信も見てるのよね? 一番好きなのは誰?」
「ごめん。急ぐから」
「答えて!」
「は、はい!」
俺に対する態度がかなり柔らかくなったと感じていたけど、やっぱりカースト上位の迫力は凄まじいものがある。
「一番……ってなると、やっぱりおこう先生かな。あれだけ感情を素直に表してるのを見てると気持ちいいよ」
「それよ。地頭くんもおこう先生みたいに感情を爆発させてみたら?」
「え?」
「地頭くん、何か隠してるでしょ? 私もずっとデラレン好きなのを隠していたらかわかるの。神頼みのつもりで思いの丈を叫んでみたら?」
「神頼み……」
神社なら最初に行っている。そこに居なかったら俺はこうして街を駆けまわっているんだ。
「そうだ! 大事なことを忘れてた。ありがとう黒星さん」
お礼を言ってすぐさま神社へと駆け出した。足はもう限界だけどそんなことは関係ない。黒星さんの言葉で一筋の光が見えた。
「賽銭箱の前なら人の心を聞けるとか言ってた。どこに居るか知らないけど直接俺の声を聞かせてやる!」
散々走り回った後の本日二度目の石段はキツいなんてもんじゃない。気を抜いたら倒れてしまうそうだ。それでも俺は走った。白兎さんに伝えたい言葉があるから。おこう先生みたいに素直に自分の感情をぶつけたい。その一心で足を動かす。
「ぜはぁ……ひぃ、はぁ……」
ようやく辿り着いた賽銭箱は相変わらず古ぼけていて中身が入っているようには見えない。そもそもこの神社はちゃんと手入れがされているのだろうか。白兎さんは実況に熱を入れる前に自宅でもある神社をきちんとすべきだと思う。
困ったことに白兎さんに伝えたいことがどんどん増えていく。とてもじゃないけど一度で伝えきれないので、やっぱり転校なんてさせるわけにはいかない。
最近は定期券にもなっているICカードで会計を済ませることが多いので財布の中には小銭が入っていなかった。あるのは千円札が三枚だけ。コンビニで飲み物でも買って崩してもいいけど、またこの石段を登りたくはない。
「千円分の文句を叫んでやるからな。覚悟しろ」
名残惜しみつつ千円札を賽銭箱に放り込む。ここまでやったらもう後に引くわけにはいかない。ずっと走っていたのとなけなしのお小遣いをはたいたことですっかりハイになっていた。
「白兎さん、聞こえてるんだろ⁉ なに勝手に転校してんだ! 俺はまだ全然モテてないぞ」
文句の一つ目。白兎さんはまだ俺の願いを叶えていない。
「事情があるなら仕方ないけどさ、何も言わずに転校は無礼過ぎないか? 人のことを実況して生活費を稼いだんだからお礼の一つくらい言っていけよ」
この数週間は俺のおかげで生活できたと言っても過言ではないはずだ。もはや白兎さんの生活費は俺が稼いでいた。
「それに……それに」
普段大声を出すことがないので喉が擦り切れたような痛みを覚える。でも、こんなのは言い訳で、本当はこれから言うことは白兎さんに対する不満や文句ではないから言葉が詰まっている。白兎さんはよく黒星さんに「素直になれ」と言っていた。その言葉を聞く度、俺は心臓をギュッと締め付けられるような思いだった。
「俺は白兎さんと一緒に居る時が一番楽しい! 勝手に部屋にワープして、実況配信を見てろくでもない作戦を俺に与えて、黒星さんと遊びに行くと実況される。恋愛成就の神様とか生活費を稼いでるとか白兎さんの事情は置いといて、単純に俺は楽しかった」
友達として。とは言わなかった。だって、俺はもう……。
「白兎さんのことが好き! ………………かもしれない」
最後の最後ので予防線を張ってしまった。きっと白兎さんを俺をヘタレと罵るだろう。罵るためには俺の前に姿を見せなければならない。さあ、白兎さん早く出てこい。
「…………あれ?」
いつまで経っても白兎さんは姿を見せない。さすがにこれは感動の再開をするところじゃないの? 素直に出てくればそれだけで絶対にバズるはずだ。
「おーーーい。白兎さーん」
賽銭箱に向かって呼び掛ける。もし遠くに居たとしても俺の元へならワープできるはずだし、これでダメならもう諦める。
「ごめん白兎さん。俺、絶対に諦めないから。白兎さんが出てくるまで毎日だって叫び続ける。お賽銭は小銭になるからこれで生活費を稼ごうなんて考えない方がいいよ。ほら、早く実況生活に戻ろう」
デラレンの装備品は失っても時間を掛ければまた同じ性能のものが手に入る。だけど、人との、神様との縁は一度失ったら二度と戻ってこない気がする。だから俺は諦めない。大事なデラレンファンの友達が教えてくれたこの方法を何度だって試す。おこう先生や佐藤純二みたいに低確率を引き当てるまで。
「今日は千円も突っ込んだんだ。まだまだ居座らせてもらうからな。白兎さんに会いたい。また一緒に遊びたい!」
「わかったわかった。もう恥ずかしいからやめるんだぞ」
「っ⁉」
声がした方向に振り替えると、巫女服に身を包んだ白髪の幼児体型が立っていた。一日中どこを探しても見当たらなかったのに、登場してみればあっさりとしたものだ。
「白兎さん!」
さすがに抱きしめる勇気は出なくて、だけど目の前に現れたのが本物であることを確かめたくて俺は手を握った。女の子の手に触れるなんてどれくらいぶりだろう。柔らかくてほんのりと暖かい感触がじんわりと脳に伝わってくる。
「まったく。賽銭箱は心の中で願っていることが聞こえてくるんだぞ。わたしのことをそんな風に思っているなんて……」
「なっ! ちがっ! そ、それは白兎さんをおびき出すための」
「そそそそそうか。ま、まあ良平が叫んでいた内容も大概だぞ。しかし、ふふ、良平の予想通り大バズり。神と人間の恋愛は禁止だが、もう少し様子を見たいからと再びわたしが姿を現したというわけだぞ」
「べ、別に恋愛対象として見てねーし」
「ほっほっほ。素直になれ良平。わたしは可愛いから恋心を抱くのも無理はない」
「だから違うって言ってるだろ! あくまで友達としてだな」
俺の好みはあくまでもおっぱいの大きい黒髪ロングだ。白兎さんとは真逆の。
「とにかく良平は神界でのウケがいい。わたしの生活費のためにも叶わぬ恋に奮闘するといいんだぞ」
「恋愛成就の神様なんだからそこはどうにかしろよ」
「うむ。だから良平と黒星をだな」
「ああああ! だから黒星さんは友達なんだって」
「照れるな照れるな。教室でも話せるようになったんだろう? あともう一押しすればめでたくカップル成立だぞ」
「うぅ……だから俺が好きなのは」
「地頭くんが好きなのは?」
「ん?」
声の正体は黒星さんだった。石段を登ってきたはずなのにいつものクールなたたずまいは変わらない。
「おおっと! これは意外な展開。早くもここでカップルが成立してしまうのか!」
こうなることがわかっていたかのように白兎さんは実況を始めた。
「そうね。白兎さんとしては私と地頭くんが付き合うことになったら嬉しい?」
「うむ。わたしは恋愛成就の神様だからな」
「おいっ! 神様だってことそんな簡単に喋っていいのかよ」
「黒星はもう当事者だぞ。脱出ゲーム行く前日の土曜日に」
「白兎さん?」
「す、すまん。さーて、わたしは実況に徹するぞ」
黒星さんがひと睨みすると白兎さんはすっかり大人しくなってしまった。この人、完全に神を支配している。
「その実況、例えば私がこんなことをしたらすごく盛り上がるのかしら?」
「ふえっ⁉」
いきなり左腕をがっしりと掴まれ、そのまま豊満なお胸へと押し当てられてしまった。制服の上からだから柔らかさは伝わりにくいはずなのに、期待と妄想がそれを補った。なによりシチュエーションがエロい。
「こんなこと白兎さんにはできないわよ?」
「そ、そうだね」
「同じデラレンファンで命の恩人。私の彼氏に地頭くんほどピッタリな人はいないわ」
「ええ⁉」
まるで恋人のような距離感で喋られると耳に息が当たってひと言ひと言にゾクゾクしてしまう。もし黒星さんと付き合ったら毎日だってこんなことをしてもらえるんだ。
「おお! 黒星が攻める攻める。女子への免疫がない良平には効果抜群だあ!」
「うっさいわ! 事実だけども」
「やはり男は女体の前では無力なのか。わたしへの想いはその無駄に育った乳に負けてしまうのか」
「初めは体目的でもいいわ。白兎さんのことなんて忘れるくらいイチャイチャしましょう」
「女の子が自分の体を安売りしないで!」
「そういう紳士なところも素敵だわ。やっぱりデラレンファンに悪い人はいないわね」
「俺は別に紳士じゃないって」
二人は気付いてないようだけど股間はすっかり盛り上がっている。もしかしたらこの様子を見ている神様はコメントで指摘してるかもしれない。俺はすっかり黒星さんのに性的なアピールにやられてしまっている。
「さあ良平はどう動く? 叶わぬ神への恋に挑むか、それとも目の前の快楽に溺れてしまうのかあ!」
「肉欲に溺れるってそんな表現では私に分が悪いじゃない。本当に恋愛成就の神様なんでしょうね?」
「ほっほっほ。教室でも良平と話せるようになりたいという願いは叶ったではないか。作戦は実行できなかったがの。あの事故は予想していなかったので本当に驚いたぞ」
「作戦って……黒星さんと何か企んでたのか?」
「企むなんて失敬な。わたしは黒星の願いを叶えるべく、一芝居打って良平をヒーローに仕立てるつもりだったんだぞ。結果的にあの事故で黒星にとってのヒーローになったわけだ」
「ちょっと白兎さん。神様に守秘義務はないのかしら?」
「もう願いを叶えた後だしな」
「くっ! ろくでもない神様ね」
「黒星さんもわかってくれた?」
「ええ。だから地頭くん、私と付き合いましょう」
「脈絡がなさすぎる!」
昨日の一件でタガが外れたように黒星さんのアプローチは積極的だ。今までがツンツン対応だっただけにギャップが大きくてより一層デレデレに感じてしまう。
「ほっほっほ。良平のモテたいという願いも叶っているぞ。さすがはわたしだ」
「いーや全然だね!」
白兎さんの自信たっぷりな発言を俺は秒で否定した。
「一度しか言わないからよーく聞け。こうなったらハッキリ言うしかない。願いを叶えたとか言ってまたどこかへ行かれちゃ困るんだ」
心の中で願っていることは白兎さんには届いている。それに今までの発言で視聴者である神様達や黒星さんも察している。その上で白兎さんは恋愛の神様というポジションでのらりくらりと回避して、俺は俺でヘタレだからちゃんと想いを伝えていない。
だから言ってやる。悔しいけど、黒星さんにここまでされても俺の気持ちは揺らがなかった。おっぱいも長い黒髪も飾り。誰かを好きになるっていうのは、そういうのがきっかけにはなるかもしれないけど、本質はそういうことじゃない。
白兎さんは俺にそれを教えてくれた。成就するかは置いておいて、恋愛の神様であることは認めざるを得ない。
「俺は白兎さんが好きだ! 恋愛成就の神様だって言うなら、人間と神の垣根を超えてこの恋を成就させてみろ!」
こんな寒い冬の日なのに体が熱い。たぶん顔も真っ赤で醜態を神界に晒しているんだろう。だけど本当の気持ちを伝えられた爽快感がそんなことを吹き飛ばしてくれる。一緒に居て楽しくて、友達よりも近くて居てほしい。白兎さんは俺にとってそんな存在なんだ。
「この男、どうやら神に挑むようです」
俺の気持ちを改めて知った上で恋愛成就の神様は実況を続けた。
「わたしの可愛さに籠絡されたモ恋愛実況に付き合ってくれるお礼の意味を込めてプレゼントだぞ」
「ど、どうしたの白兎さん」
じりじりと俺に近寄ってくる。心なしか頬はほんのりと桜色に染まっていて、一足早く春が来たような雰囲気すら感じさせる。
「黒星よ、わたしから良平の心を奪ったその時こそ、お前と良平の恋愛は成就したと言える」
「そうみたいね。私、これまでどんな難しい問題も解いてきたわ」
「ほっほっほ。それは実況し甲斐があるぞ。黒星にもお礼をあげようか?」
「いらないわよ。ライバルからの施しなんて」
「あの、なんの話を……」
白兎さんがグイっと背伸びをしたかと思うと、ほっぺに柔らかなものが当たった。自分の顔にも同じものが付いているはずなのに、それとは比べ物にならない弾力と程良い熱が広がっていく。
「これからも盛り上がる配信を頼むぞ。良平」
恋愛成就の神様からの依頼に、頭が沸騰状態の俺は黙って頷くことしかできなかった。
「それではみなさん、これからも良平と黒星、そしてわたしが織りなす恋愛模様をお楽しみください」
実況系恋愛の神様 くにすらのに @knsrnn
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