三
学校の校門をくぐると右手に蝉のお化けの銅像がある。
顔は蝉なんだけれどそれ以外はだいたい人間と同じで特撮ヒーローものの怪人のような雰囲気があった。
手はザリガニのようなハサミになっている。
全体的に気怠い感じで夕方のサラリーマンを彷彿とさせた。
わたしはスマホで検索をしてその正体を調べた。
宇宙忍者バルタン星人。
むかし流行った特撮作品の敵役らしい。
なぜこんなものが学校の敷地内にあるのだろう?
答えは簡単で校長の趣味ということだった。
先代の校長の時には二宮金次郎の銅像があったのにいつの間にかバルタン星人になっていた。
わたしはいつもこの銅像を見るたびにあの日のことを思い出した。
右足とお母さんを失ったあの夜のことを。
わたしは車椅子の速度を上げてその場を離れた。
読書クラブの部室の前にちょっとした人だかりがあった。
黒い制服に紫の腕章の一群、間違いない生徒会だ。
その内のひとりがわたしに気付いた。
「ごきげんよう稲荷口さん。あなたのやっている読書クラブについてお話があるのですがよろしいですか」
緑色の髪に居丈高な態度、
「あっ、はい。大丈夫です」
「突然で申し訳ないのですが、本日をもって読書クラブを解散していただきます。はいコレ」
大蟷螂楓は一枚の書類をわたしに手渡した。
本日をもって廃部、と書いてあった。
しかも太字で。
その下に校長のサインと判が捺してある。
「では、そういうことですので」
「ちょっ、ちょっと待ってください。どういう経緯でこういうことになったのですか? 説明をしていただかないと納得できません」
「あなたに説明しても詮ないことですが、武士の情けで一応ご説明いたします。そもそも読書クラブは部活動として認可されておりません。クラブ活動と称して勝手に本を読むのは構いませんが、学校の迷惑にならないようにお願いします。この部屋の所有権は当学校にあり、あなた方が占有していいスペースではありません。当然、この部室の中にある大量の時代遅れの産物の所有権も我が校に属します。ですから、校長の勅命を受けた我々がどう扱おうと誰に何を言われる筋合いもないということです。わかりましたか? では、執行いたします」
「ちょっと待ってください!」
わたしは車椅子で部室の前に立ちふさがった。
生徒会がわたしを取り囲む。
「この部室は先代の部長が校長の許可を得てお借りしています。決して勝手に使っているわけではないんです。いきなりこんなことをされても困ります。今日のところはお引き取りください。何度も言いますが、許可を得ているんです」
大蟷螂楓は腰に手を当ててため息をついた。
何コイツと言わんばかりの態度だ。
「いいですか稲荷口さん、校長の許可と言っても先代でしょう。現行の校長ではないはずです。先代の校長が退任された時点でそんな約束は破棄されたも同然なんです。しょせん口約束でしょう。許可が下りているというのなら、文書で見せてみなさい」
わたしは部室に入った。
一枚の紙を持って大蟷螂楓に突き付けた。
許可証の文字に『北側倉庫を読書クラブ部室として使用を無期限に許可する』と先代校長のサインと捺印がある。
大蟷螂楓は深いため息とともに許可証をわたしの膝の上に置いた。
「今日のところはこれで失礼させていただきます」
突然、大きな影がみんなを覆った。
「さっき検索したら私の身長ケビン・デュラントと同じだって」
一般の白い制服に膝上のスカート、その下にはナイキのスウェットにエアジョーダンのスニーカー。
生徒会とわたしは一斉に声のほうを見上げた。
益荒男さんだった。
「今日はね『銀河英雄伝説』の続きを読もう。アレ、面白いよね」
一瞬、時が止まったかのようだった。
異質、この人は間違いなく他の人とはちがう。
「ま、益荒男さん、はじめまして。生徒会長の大蟷螂楓です。あなたのご活躍は常々聞き及んでおりました。我が校には数多の運動部があり、そのどれもが全国区です。あなたの活躍できる舞台は整っております。こんな校舎の極北にあるわけのわからないクラブ活動など捨ておいてぜひとも運動部に入部しなさい。聞いてますか?」
「私は本を読みたいし命令されるのイヤだから」
益荒男さんは巨人がドワーフをかき分けるように生徒会の間を縫って部室に入った。
「で、ではわたしもこれで」
部室のドアを閉めて呼吸を整える。
しばらくしてノックがあった。
また生徒会かと思ったら引井くんだった。
「ちょっといい?」
「どうぞ」
引井くんはパイプ椅子に座って天井を指差した。
「あそこを調べたいんだ」
一箇所だけ色のちがう天井。
「まさかあそこから屋上に」
「そう、そのまさか。うちの部室からはどうやっても行けそうにない。以前この部屋を覗いた時に天井の色がちがってたからさ。行けそうな気がするんだよね、読書クラブからだったら」
「屋上から新宿を撮りたいって言ってたけど、それだったらドローンを飛ばせばいいのでは。わざわざ危険をおかしてまで屋上に出る必要はなさそうだけど」
「自分の目で見たいんだよね。技術的にはもちろん撮れるんだけど、情報の厚みっていうか、そういうのが違ってくるから」
「あー、取れた。簡単に取れるねこれ」
益荒男さんは脚立も使わずいとも簡単に天井を外した。
中は暗渠になっていて真っ暗だった。
「ドローンで調べよう。ちょっと待ってて」
引井くんは二人の部員を連れて戻ってきた。
手にはドローンを持っている。
「富野です」
「宮崎です」
「稲荷口サユリです」
自己紹介が終わったところで暗渠にドローンを飛ばした。
ドローンから送られてくる動画をパソコンで確認、LEDのライトが暗闇を照らしている。
「ん? 扉があるぞ。ドアノブはなさそうだな。ここから屋上に出られるかもしれない。ドローンのパワーだけで押してみよう」
引井くんは富野くんに指示をしてドローンを反転させた。
扉に対して逆さまになったドローンは思いっきり扉を押した。
「あっ、開いた!」
光。
中天の太陽は暗渠を貫通して読書クラブを照らした。
でも、どうやって屋上まで行くのだろう?
見たところ梯子のようなものなかった。
「この前言ってたセリだよ。あれをここに設置する。一週間、この部室を使わせてほしい。なるべく読書の邪魔にはならないようにするからさ」
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