第10話 ある商人の過去
“リカルド”は、あの日見たあの顔が頭から離れないでいる。
どこかで見た記憶があるような気がした、それが最初の印象だったが、時間が経つにつれ、それが何だったのか徐々にはっきりしてきた。
――それはもう30年以上前の話だ。
当時リカルドはまだ20代前半だった。父親はこの国の商人で、暮らしはそれほどはかばかしくなかった。リカルドは朝晩で芋粥一杯という日も珍しくはなかった。
リカルド自身は何の仕事をしても長続きはせず、稼ぎもないため、結局は父の稼ぎに頼る毎日だった。
そんなある日のこと、一人の男と出会う。
名前は何と言ったか、覚えてはいない。ただ、そのギラつくようなまなざしだけが印象的だった。
その男は、仲間を募っていた。自分とともに、ある辺境の国へ行く者を酒場で探していたのだ。報酬は約束するという。しかし、その旅の目的はその時が来るまで明かさないというのが条件だった。
あまりに胡散臭い話だ。
当然、そんな話に乗っかるものは一人もいなかった。
――リカルド以外は。
リカルドがどうしてその男の話に乗ったのか、その理由を問われたとしても、わからないとしか答えられないだろう。
一つだけ言えるとすれば、しばらくの間だけでも父から離れられる、というのが正直な理由かもしれない。
父は少ない商売の稼ぎを常に浪費するため、リカルドと母は、母が農家の手伝いでおこぼれに芋をもらってきてはそれを粥にして水増しして食をつないでいた。
父はその日の売り上げを酒代に充て、ほぼ毎日飲んだくれて帰ってきては、リカルドに当たり散らしていた。
リカルドももう充分大人であったが、さすがに父に手をあげる勇気はなく耐えるだけの毎日だった。
(もういやだ――ここから離れたい)
リカルドはいつもそう思っていた。そこへあの男が現れたのだ。
その男とリカルドはたった二人でその目的の場所へ向かった。
二人旅は2週間にも及んだ。
当時はまだ戦争や小競り合いがあちらこちらで起こっていたし、夜中になると、狂暴化した野生動物や、一定の地域には魔物も現れる。出来る限り危険な場所を避けながら旅をつづけた。
当然宿を取る金もないため、常に野宿で、魔物が現れにくい昼間に、森や林、川や池などで狩猟をしては食いつないだ。
そこはかつて、ある小国があった場所で、城砦は焼き払われ周囲の村も焼かれて廃墟となっていた。
リカルドからすれば異国の小国で、しかもすでに滅んだ国の名など興味はなかったため、今でもそれがどこだったのか、全く見当がつかない。当時その様に滅ぼされる小国などどこにでも存在していたのだ。
深夜になったら城砦の跡地に侵入する、とその男はリカルドに告げた。
「――明るい間だと万一にでも人に気づかれたら厄介なんだ。暗くなって人が絶対来ない時間に忍びたい」
「いったい何を探してるんだ? そろそろ教えてくれてもいいだろう?」
「――そうだな。ここまで黙ってついて来てくれたんだ。もういいだろう。実は俺はこの城の城主の息子だ。襲われた時に命からがら脱出したんだ。この城には隠し部屋があってな、そこに宝物が収められているんだよ。俺はその宝物を元手に、もう一度家系を立て直すつもりだ。リカルド、お前も俺を手伝わないか?」
「な? なんだって? おまえ、貴族だったのか――」
「ああ、今は何も無いけどな。あの宝物を手に入れさえすれば、再興は可能だ」
「そんなに、あるのか?」
「見たら驚くぞ?」
そうしてその夜、夜が更けると二人は行動を開始した。
月は新月で雲はなく晴れてはいたが、全くの暗闇であった。
目的の場所はすぐに発見できた。近くの川へと続いている排水溝が地下に掘られていたのだが、その排水溝の片隅にそれはあった。
何もない排水溝の壁の前でその男は立ち止まると、手をかざし何ごとかをつぶやき始める。
すると、その壁面に光の文様が浮かび上がり、やがて壁が消滅し、通路が現れた。
「な、なんだ、いまのは?」
リカルドがその男に小声で聞くと、
「ああ、魔法だよ。と言っても、俺もこれしか使えないけどな」
ここには直系親族の者にだけ伝えられている術式による封印が施されているのだと、その男は言った。
リカルドはこの時点でこの男についてきた自分の幸運に驚喜した。こいつは正真正銘の貴族だ、嘘じゃなかったんだ、と心の中では飛び上がりたいような心境だった。
通路の奥には扉があり、その扉の前でも男はまた詠唱を始める。そして、カチリと扉から錠が外れる音がした。
扉を開くと、そこはまさしく宝物の山だった。
リカルドはこれほどの宝物を見るのは初めてだったが、どれか一つを取ってみても、それだけで充分な暮らしができる価値があるだろう。
「よし! 宝物は無事だったな。これで一族を復活させることができるぞ――」
男がそう言ったときだった。
今入ってきた通路の方から嫌な匂いがした。
その匂いはなんとも我慢できない匂いで、二人は思わず鼻と口を覆った。
「な、なんの匂いだ?」
男が叫ぶと同時に、通路から大量のヘドロが部屋へと流れ込んできた。
「これのせいか! それにしては匂いがひどすぎる!」
リカルドも叫んだその瞬間だった。
そのヘドロから何かが二人めがけて伸びてきた。
リカルドは咄嗟にその向かってくるものをかわすために、隣にいた男の腕を強く引いた。
「な――」
男は体勢を崩してリカルドの前に壁になるように立ちはだかった。そしてそれはヘドロから伸びてきた「腕」をまともに食らった。
「リカルド――! おまえ、なにを!」
リカルドはあわててその場にあった宝物を懐にいくつか放り込んだ。
「リカルド! 助けてくれ!」
男が叫ぶ。男の体は腰のあたりまでヘドロに飲み込まれてしまっている。
「む、無理だ! すまん――!」
そういうやいなや、リカルドはそのヘドロの脇を抜けて通路を駆けだした。
「リカルド――! リカルド――! 待て――! 助けてくれ――! が、ぁあああああァァァ――……!!」
走りながら、リカルドの後方からあの男の断末魔の叫びが響いてくるのが聞こえた。
――そこからどうやって家まで戻ったのか、本人もよく覚えていない。気が付いたら、自分の家の寝床に転がっていた。
夢だったのか? 夢であってもいい。あんな恐ろしい思いは二度とご免だ。そう思いもしたが、懐に何やらごつごつとしたものを感じて取り出してみると、それは美しく輝く宝石だった。宝石は全部で4粒ほど懐に残っていた。
(そうだ、間違いない。あの男の顔だ――。生きていたのか? いや、年齢が違いすぎる。あれからもう30年以上たっているんだ、しかもあの男より10以上も若いじゃないか。本人のはずがない――じゃあ、あいつはいったい何なんだ……)
ただの他人の空似か、それともやはり何かの魔法なのか、リカルドはそう思うと身震いを抑えられなくなった。
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