花姫コネクト

月都七綺

Lesson1

恋したいです⑴

 その少女は、いつもひとりぼっちでした。



 誰からも認識されなくて、話すことも出来ない。だけど、にこにこ笑っている不思議な子。



 透明になってしまった代わりに、少女は恋を知ったのです。



***


 ふたりきりの静かな部室。筆記用具とノートを片付けていると、長く下ろしたセピアの髪がふわっと浮く。

 目の前に手が出てきて、思わず退しりぞいた体が壁の前で固まった。

 私を囲うようにして壁へ手を付く男子は、同じ新聞部の姫川ひめかわきょうセンパイ。

 大人っぽい瞳でこちらをじっと見つめながら、何か言いたげな顔をしている。


 大路おおじはな。中学二年にして、初めて壁ドンとやらを経験した。

 知ってはいたけど、不意打ち過ぎて少し焦ってしまう。

 それに眼差しが鋭いから、妙な威圧感いあつかんがあるのだ。


「あの、姫センパイ? ちょっと近すぎます」

「……そうか?」


 背丈が一七三センチある姫先輩と、一五三センチの私では視線が全く違う。見上げなければ、ちょうどのどぼとけあたりに目がいく。

 中学三年のわりに、まだ声変わりが来ていない姫先輩。他の男子より少し高めの声は、親近感が湧きやすくて話しやすい。

 そんなことを考えていると、クイっと顎を持ち上げられて、必然的に目が合うように仕向けられた。


「なんでこっち見ねーの?」

「……それは、ですね」


 ゆらゆらと耳元で揺れる小さなつぼみを気にしながら、ぐるんと視線を泳がせる。だって、視界に入る花が気になって仕方ないから。


「このあと、なんか予定ある?」

「あ、あの……」


 チラリと送られる視線。分かってる。姫先輩の言いたいことは、頭の中では理解しているつもり。

 でも、もう少しだけ待ってほしい。

 胸の前に手を当てながら、右側の空間へ視線だけを流す。


「実は、わたし」

「やーめた」


 パッと離された指先。猫みたいに身軽な足取りで、姫先輩は机へもたれた。

 突然解放された体は、あまりに自由な空気を浴びて立ち尽くす。次の展開が早すぎて、状況について行けてない。

 ポケットから丸い棒付きの飴を出して、姫先輩がぱくりと自分の口へ入れた。ふわんと甘い香りが漂って来て、また私の方へ目を向ける。

 あともうちょっとだったかもしれないのに。なんでやめちゃうの。


「まだ咲いてないですよ? それに、お菓子は学校で食べちゃいけないの知らないんですか?」


 首元に伸びている茎を触りながら、チクリと言う。


「知ってる」


 舌を出して腕組みをしながら、姫先輩はハハッと楽しそうな笑みを浮かべた。完全に面白がっている。

 きらりと光る白い歯。無邪気な顔がたまに可愛く見えるのは幻だ。姫先輩が可愛いわけがない。

 目付きが悪くて、口の悪いこの人も花を咲かせたことがない。

 女の子のことを全く分かってないんだから。まるで、おとぎ話の花姫に出てくるモグラみたい。



 物心ついた頃から、花が生えていた。

 耳の付け根から伸びた茎は、頬の横でちょこんと可愛らしく膨らみを付けている。

 鮮明な記憶ではないけど、幼稚園の頃はみんな同じように閉じていて、小学生になると小さく花ひらく子が現れた。


 初めの頃は、女子が多かった気がする。

 恋をすると咲く花だと知った時、胸がわくわくして、むずむずして、待ち遠しくなって、わたしの花はいつ開くのか。そればかり考えていた。


 なのに中学生になった今でも、その兆候ちょうこうはやって来ず。校内を探しても、つぼみを身につける生徒は両指を持て余すほどの人数しかいない。

 あせらない方が不思議だ。あの姫先輩のように。






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