新南北問題
問題について論じる前提として、時空断裂後の産業構造の変化、特に初期の宇宙開発に触れないわけにはいかない。今日においてはその存在が当たり前のように考えられているが、そもそも、時空断裂発生以前の世界において、宇宙開発事業は国家級の一大プロジェクトであった。莫大な資金と最先端の航空宇宙産業技術を注ぎ込み、国家の威信をかけて取り組むに値する「未来」の象徴であったと言って良い。宇宙往還機すらなく、打ち上げては使い捨てる化学燃料式ロケットが移動・輸送手段であったのだから、それも当然のことではあった。
が、時空断裂発生によって生じた大規模な混乱を乗り越え、時空連続体の構造に対する理解を深めた人類は、遂に慣性-重力系の柔軟な制御を可能とする理論の構築に成功。それを工学的に実現するエキゾチック・マテリアルの発明と生成過程の商業化により、宇宙開発は「未来」から「現実」の層へと移行した。
初期の
新南北問題の発端は、まさにここにあるといっても過言ではない。この流れを通じて最初期の宇宙開発の波に乗ることが出来た北コロンビア国家連合、ムー連邦、汎大洋州共同体、アジア統合体の4国は、月面開発をきっかけとして太陽系の開発を推進し、莫大な利益を得た。これらは、現在でもO4(Order of Four、次元連合中核4ヶ国会議)として政治経済の枠組みを掌握しており、謂わば先駆者利益を最も大規模に享受した「北側」の代表格である。
一方、北西部ユーラシアや南米を中心として、これらの国家と深い関係にあるいくつかの周縁国家もまたその利益に一部預かるものの、アフリカ・中東の発展途上国はこうした流れに乗り遅れた。特に化石燃料を除く地下資源を主要な産業とする地域では、地球外から供給される膨大な鉱物によって市場価格が暴落したことで、地域経済が根本から破壊される事態に陥った。結果、最早国内の労働では生計を維持できなくなった国民の大規模な出稼ぎや移住、場合によっては不法移民としての人口減少が相次ぎ、国家としての機能も急速に破綻を迎えていくことになる。これが、本問題における「南側」の発生であった。
こうして生じた南北の格差は、その後の次元科学発展によって加速することになる。Gドライブの改良は、やがて旧M理論のいう折り畳まれた次元の解放とそれによる重力特異点形成、時空のフラクタル構造拡大・縮小を応用した
が、南側にとってはこれは悪夢そのものであり、次元世界の開発に参与することもできない以上、彼らは最早北側にとって安価な労働力を吐き出す人員の畑へと成り下がるしかなかった。更に、地球型の生物が繁栄した経歴を持つ惑星でなければ出土し得ない化石燃料でさえも次元世界から輸入されることになったために、更に経済を破壊される国家の数は増加し、地球という星は、「次元世界を支配する少数の裕福な国家」と「それらによってただ人材と市場の需要を収奪されるだけになった数多の極貧国」の両極化を極めることになったのである。
現在、次元連合はこの事実を問題視し、国際議会において是正のための各種政策・法整備を進めてはいるが、現実としてそれらは遅々として進んでいない。嘗ての宗教対立や文化分断を上回る規模での紛争の火種は、未だに解決されることなく燻り続けている。
☆☆☆
「折角明日は春分祭なのに、またテロか。南の貧乏人どもめ、大人しくしていればいいものを」
――――A.D.2078/02/13 アジア統合体日本エリア 食品関連企業「狐狗狸食品」の経営会議における呟き
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