第4話
その時、どこからか猛スピードで空を切るような音がした。騎士としての私の勘が、袖に隠していた短剣を握らせた。
短剣を王子夫妻の前にかざす。
キンッ!!
私の短剣に弾かれ、地面に落ちたのは一本の矢だったのだ。
「な……なんですの……」
状況を理解できていない王妃をよそに、矢が飛んできた方向を向いてマシューと夫妻をかばう。私に続いて、同行してきた両国の騎士たちが三人を取り囲むように立つ。
「お三方、しゃがんでください!!」
後ろを向かずに私は鋭い声を発した。短剣から片刃の長剣に持ち替え、リッカルドから受け取った盾を構えておく。
「クリスタル様、あなたも危険ですよ!」
「私は殿下の警護も務めなくてはなりませんので」
王子に止められても、このドレスが
「来るっ!」
雨の中に混じって何本もの矢が飛んでくるのが見えた。
矢じりと盾がぶつかり、金属音がこだまする。盾で隙間なく守っているので防ぎきることができたようだ。
盾の横から少し顔を出して矢が飛んできた場所を探る。
「犯人見つけました! あの周りより高い、赤い屋根に煙突がある家に犯人が!」
次の矢を放とうとしていたのか、煙突から顔を出したところを私の目は逃さなかった。
人垣を安全な場所に移動させた国境警備隊の半分が、一斉にその家へと向かっていく。
「リッカルドさん、私に弓をください」
「君が戦うのか?」
「……嫌な予感がするので、私にも遠距離攻撃の手段がほしいです」
「分かった」
実はもしものときのために、リッカルドに私の弓を持ってもらっていた。
「マシュー様の婚約候補は何者ですの?」
「幼いころから弓術を磨き、剣術も習得したとてもお強い方です」
王妃に質問されても、私が元冒険者で騎士であることは伏せておいてくれるマシュー。機転の利く人である。
一方、犯人のいる家へと目を光らせている私だが、嫌な予感は的中した。
国境警備隊が家を囲みこもうとした瞬間、煙突からではなく屋根の向こう側から、誰かが飛び降りたのだ。
犯人は一人ではなく二人いたのである。逃げる犯人は足が速く、鎧を着る警備隊では追いつけない。よく見ると手に刃物を持っており、最悪なことにこちらに向かってきている。
「まずいっ」
私はとっさに弓を構え、犯人の右肩を狙って矢を放つ。雨で視界が悪かったが命中した。
カランカラン……
犯人が刃物を落としたその隙に、警備隊が犯人を取り押さえる。
「よし。あの連射の間隔、明らかに一人ではできませんからね」
「でかした、クリスタル」
「でもあともう一人残ってますので」
リッカルドに褒められるものの気を抜いてはいけない。
最初に私が見つけた犯人を捕まえるまで、絶対に後ろの三人を傷つけてはならない。
しかし、警備隊の様子がおかしい。
「あのヤツ、どこ行った!!」
雨音にかき消されそうになりながらも、私の耳はわずかに声をとらえた。
「警備隊が犯人を見失ったようです! 一同警戒態勢!」
もうこのときには、私がマシューの婚約候補のふりをしていることを忘れていた。そんなふりをしている場合ではない。私の本当の任務は殿下の警護だ。
弓から長剣に持ち替え、近距離戦に備える。
真後ろから気配を感じた。
「ゼノスタンの王子なんて死ねばいいんだよ!!」
振り返ると、盾の壁を越える高さから、刃物を突き出しながら犯人が飛びかかってきていたのだ。私が初めに見つけた犯人である。
盾に足が当たってバランスを崩すものの、逆に反動がついて今まさにマシューを刃物が切り裂こうとしていた……!
私は左手に持っていた盾を捨てた。
「フンッ!!」
剣先で刃物を弾き飛ばすと、倒れかかってくる犯人を左腕で支える。
ところが、これが犯人の体勢を立て直すきっかけを作ってしまった。
「そこの女、ありがとさん」
余裕そうに私にお礼を言ってくるが、そんなに隙を見せていいのだろうか。
「だけどな……まだここにグハッ」
まず胴に峰打ちした。犯人の体勢が崩れ、すかさずもう一発
犯人を転ばすことに成功した。
「王族殺害未遂で現行犯逮捕だ」
リッカルドたちが盾で犯人を押さえつけ、腕を縄でしばって確保した。騎士団で唯一片刃の長剣を使う私だからこそ、犯人の傷は最低限で済んだ。
「犯人はすべて確保されました」
「あぁ……助かったのか」
「あなた様……!」
私の言葉に胸を
「クリスタル様、そして騎士団の皆様、私たちを守ってくださったことに感謝申し上げます。ところで――」
王子の顔が私の方に向いた。ギクッ……バレた!?
「クリスタル様のような弓術や剣術、ゼノスタンでは見たことがないくらい素晴らしいものだったのですが、どこで身に着けたものなのでしょうか」
「ベーム騎士団でございます。フォーゲル家は騎士で有名な家系ですので」
「なるほど、そこでございましたか。どおりで技術も振る舞いも素晴らしいこと」
何一つ間違ったことは言っていないが、自らの名字をフォーゲルと名乗ったせいで罪悪感に
すべてを知っているマシューは、口角が上がりぎみになっていた。
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