30. 軽い気持ちで見る地獄
「本日の配信は告知していた通り、MightyCraftをやります」
MightyCraftはいわゆるサウンドボックス型のゲーム。これといったゴールはなく、プレイヤーが各々好きなスタイルで遊べる自由度が売りだ。世界は様々な種類のブロックで構成されていて、それらを利用して道具を作ったり、家を作ったりと楽しみ方は色々。マルチプレイも可能で、VTuber事務所によっては独自のサーバーを設置しているところもある。
インベーダーズでも独自サーバーの設置が決まったため、今日の配信で俺が試験的に動かしてみることになった。というわけで、本日のところはソロ配信となる。
「普通にやっても面白くないと思ったので、匿名ボックスで紹介された遊び方でやってみますね」
匿名ボックスというのは、匿名でメッセージを送信できるサービス。誹謗中傷なんかはシステム側で弾いてくれるので、受け手側も非常に助かる。
人気ゲームのMightyCraftは、すでに多くの配信者によってプレイ動画が公開されている。今更俺が普通にプレイしても面白いとは思えないので、匿名ボックスのメッセージで紹介された縛りプレイをやろうと思ったのだ。
「ええと、やるのは高さ縛りという奴ですね。詳しくはやりながら説明していきましょう」
高さ縛りについて言及すると、コメントの流れが速くなった。大半の人は「なんだそれ」という反応だが、一部の人は知っているようだ。地獄へようこそ、なんてコメントもある。あまりよく考えずに採用したが……地獄なのか?
ともかくゲームをやっていこう。通常は地上からのスタートとなる。平原ならゲーム内の座標で高さが64くらいだ。高さ縛りでは、規定の高さより上にいることを禁止する。高さの制限はとあるルールに従って緩和されていき、最終的に地上を目指すのが目標だ。
「ええと? 最初の制限は高さ5です。現在地点の高さは63なので58ブロック真下に掘っていく必要がありますね。ちなみに、高さ制限違反中に入手したブロックは使用禁止らしいので、あとで処分しますね」
この縛りプレイにおいて、最初にやるべきことは高さ制限の範囲内に復帰すること。なるべく余計なブロックを破壊しないように、足下のブロックを一つずつ壊していく。本来、ブロックは種類に応じたツールを使うことで素早く破壊もしくは採取ができるのだが、開始直後なので当然のように何も持っていない。なので、地道に手掘りだ。
「あれ、滅茶苦茶時間がかかりますね。何か間違ってます?」
最初は順調に掘り進んでいたが、急に掘るスピードが落ちた。どうやら足下のブロックが土から石に変わったらしい。そのせいで、1ブロック掘るのに7、8秒かかるようになってしまう。現実で考えれば石を素手で掘れるだけすごいのだが、ゲームで1ブロック掘るのに7秒もかかるのはテンポが悪すぎる。
コメントを確認すると、多くは困惑といった反応。その中に、いくつか高さ縛り有識者たちのものと思われるコメントが混じっていた。
『素手ならそんなもん』
『まあ縛りプレイですし』
『むしろ、これぞ高さ縛りの醍醐味』
これが醍醐味なのか。かなり価値観がバグってると思う。
「これだと制限範囲内に入るまでに5分以上かかってしまいますね……。そこまでは道具を解禁しましょうか?」
さすがに延々と石を掘るだけだと退屈だろうと思って提案したのだが……何故か視聴者たちの一致団結により却下されてしまった。
『逃げるのはよくないですね』
『あ、お構いなく。ゆっくりやってください』
『大丈夫。こっちは別の配信を二窓してるから』
『なんでそんなこと言うんですか! みんな、あなたが苦しむ姿が見たくてここにいるんですよ!』
さきほど困惑していた視聴者までもが口を揃えて続けろというのだから、ある意味統率されている。最後に拾ったコメントのようにちょっと危ない人も散見されるが、俺のチャンネルの視聴者は程度の違いはあってもみんなこんな感じだ。公式サンドバッグを自称したせいか、ちょっとおかしな視聴者が集まってくる。まあ、それでも見てくれるなら文句はないが。
「みなさんがそう言うのなら続けます」
そのまま掘り続けて、なんとか高さ5の地点に到達した。無駄に時間がかかったが、ここからが本来の高さ縛りの始まりである。下には岩盤という破壊できないブロックがあるので横に掘り進むしかない。相変わらず周囲は石ブロックで囲まれているので、素手で時間をかけて破壊していく。いったい、俺は何をやっているんだ。
「暗くなってきましたね……」
このゲームには明るさの概念がある。地面を掘り進めれば陽の光は届かなくなるので、今や画面は真っ暗だ。松明などの明かりアイテムもあるのだが、当然ながら素材無しでは作れない。
「明るさを調整した方がよさそうですね」
ゲームのオプションで明るさの設定ができるはずだ。そうすれば、もう少しは見やすくなるはず。さすがに視聴者も真っ暗な画面を見るだけというのも退屈だろうからな。
そう思っての提案だったのだが……またもや視聴者に却下されてしまう。
『ぬるい真似はするなよ!』
『黒画面は地底生活の基本です!』
『おいおい、また逃げる気か?』
難易度が落ちる要素を許すつもりはないらしい。幸いなことに、配信側の設定で輝度の調整ができたので、おそらく視聴者の画面では多少は見えているはずだ。俺の画面ではほとんど何も見えないけど。
真っ暗の中、時間をかけてブロックを削っていくと……急に背後から"シュー"という音が聞こえてきた。
「あ、やばい!」
この音は、敵対モンスターが自爆する直前に発する音。気付いたときにはすでに手遅れだった。俺の操作するキャラは爆発に巻き込まれて死亡してしまった。
「油断しましたね。また地上ですか」
操作キャラが死ぬと、所持アイテムをその場にまき散らして復活地点に戻ることになる。復活地点はとある道具を使えば変更することもできるが、今回は何もしていないのでゲーム開始地点から再出発だ。
「……あれ? これまた地面を掘らないと駄目なのでは?」
『そうだね』
『高さ違反中は無駄な行動を一切せず、制限範囲内に復帰すべし』
『さっき掘った穴に落ちても落下ダメージで死ぬだけだしね』
どうやら、やばい縛りプレイを始めてしまったようである。
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