第10話

 アンティの問いに、トレンスキーは薄青色の目を見開いた。

「なに、と聞かれると難しいのじゃが、そうじゃのう……」

 暮れかけた日の、赤みを帯びた光が窓から部屋に差し込んでいる。

 トレンスキーは少しだけ困ったような笑みをアンティに向けて答えた。

「ワシは、四精術師しせいじゅつしじゃよ」

「しせい、じゅつし……?」

 アンティは不思議そうにその言葉を繰り返す。


 卓へと戻ったトレンスキーは荷物をよけると、端に置かれていた小さな燭台しょくだいを引き寄せた。ろうの切れた、平たい手付きの燭台だ。

 赤い術師装束から一つの包みを取り出したトレンスキーはアンティを手招きする。


「……これが四精石しせいせき、その中でも火や熱の力を司る火精石かせいせきと呼ばれるものじゃ」

 トレンスキーが赤い布袋をほどいて中身をアンティに見せる。

 そこには砂というには大きく、砂利というにはやや細かな赤いかけらが詰められていた。

「四精石……」

「そう。あちら側の、……裏世界ミドラントの力がこちら側の世界に顕現けんげんしたものじゃと言われておる。実際には鉱山のようなものがあるのじゃがな」

 話しながら、トレンスキーは火精石をほんの少しつまんで燭台の上に振りかけた。

 薄青色の目が軽く細められる。ふと息を吸い込んだトレンスキーの唇が、アンティの知らない音律を紡ぎ出す。


『……いてまたたけ、夕闇ゆうやみほたる灯火ともしび


 トレンスキーの言葉に反応するように燭台に落ちた火精石が光を放った。それは音も匂いもなく、ただ炎に似た色と明るさでふわりと燭台の上にとどまった。

「こんな感じじゃよ。四色四晶ししょくししょうの石の配合とトフカ語との組み合わせで、様々な術を研究し実用して役立てるのが四精術師じゃ」

 アンティは興味深そうにトレンスキーの持つ燭台をのぞき込んだ。その瞳がきらきらとトレンスキーを見上げる。


「ラウエルさんも、四精術師ですか?」

「いや、あやつは……」

 トレンスキーは言いにくそうに口ごもった。

「あやつは招来獣しょうらいじゅうじゃ。術師ではない」

「しょうらいじゅう?」


 アンティは首をかしげる。自身がその混血であることなどまるで理解していない様子だった。

 トレンスキーは視線を泳がせながらアンティに説明する。

「招来獣というのはな、ええと、四精石とトフカ語で創られた生き物のことじゃ。招来術しょうらいじゅつというのじゃがな。まあ、あやつほど精巧なものはめったにおらぬし、大抵は凶暴で危険なもので……」


 そこまで言って、トレンスキーはふと前に立つアンティの異変に気づいた。

 棒立ちになったアンティが金色の目を見開いて小屋の外に視線を向けていた。まるで獣が全身で警戒を表しているかのような姿だった。

「……アンティ、どうしたのじゃ?」

 燭台を置いたトレンスキーの手がアンティに伸びる。


 その手が触れる直前、アンティが猫のような俊敏しゅんびんさで卓の上から何かをつかみ上げた。そのままトレンスキーの腕をかいくぐり、小屋の扉にぶつかるようにして外へと飛び出してゆく。

 呆然としたトレンスキーの耳に、遠く獣の声が届いた。

 それがキツネモドキのものであることと、アンティが持ち去っていったものが荷から取り出したナイフであったこと。


 理解が追いついたトレンスキーは顔色を変えた。


「……アンティ!」

 トレンスキーは鈍色にびいろの篭手を抱えると、アンティを追って小屋の外へと駆け出した。

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