第十話 生殺の記憶
しまいには、男は遠吠えするように体をのけ反らせて「殺せ!」と吠えた。
最初に口火を切ったのは、最前列に立つ構成員。短機関銃を振り上げ、反動に任せて乱射する。迫り来る弾丸の雨を前にして、ヴァラガンに盾にされていた構成員は必死に両手を振って抗議したが、それはいつの間にか痙攣に変わっていた。
蜂の巣になった構成員を放り出し、ヴァラガンは隣のデスクの裏に逃げる。最悪の事態に陥ったが、図らずとも構成員の目はヴァラガンに集中している。機を見計らったようにベランダから発砲音が響く。それらは見事に室内の蛍光灯に命中し、部屋半分が暗転した。ガントレットの射撃だ。構成員たちが暗闇の中で動揺している隙に、今度はヴァラガンが拳銃を発砲して陽動する。その流れで、怯んだ構成員の手から散弾銃を奪って叫ぶ。
「死にたくねえ奴は引っ込んでろよ!」
周囲の人影が揺らいだのを待って引き金を引く。銃声とともに暗闇を裂くように爆炎が飛翔して、付近のテーブルやロッカーに降りかかる。散弾銃の腹には『ドラゴンブレス』と書き殴られている。発砲時に実包内のマグネシウムに引火する、焼夷弾が装填されていたのだ。暗がりで煌めき舞い踊るそれに、構成員たちは狼狽えながら身を屈める。
その隙に右往左往する構成員たちの間を縫うように駆け抜け、ヴァラガンは複製素体の下に急ぐ。その間も四方から銃撃が続くが、遮蔽物を巧みに利用して回避する。下手でも数撃ちゃ当たるというが、素人の技量なら一発当てるのが関の山だ。
ベランダのガントレットと連携して、次々と構成員たちを負傷させていく。部屋の最奥には狼狽するバイヤーの男が見えた。残るは数人。ヴァラガンは散弾銃から、空の実包を排出させたのち遮蔽物を飛び越える。そのとき、突如として飛んできた銃弾が頭を掠めた。
焼けるような痛みが側頭部をなぞる。途端に意識が液状化して、水槽みたくなった頭の中で揺れる。マスクの中が生温い液体に満たされていく。ヴァラガンは散弾銃を握りしめ、辛くも遮蔽物の裏に身を隠す。銃撃は窓の外からだった。狙撃だ。
鈍痛の冷めやらぬまま、眩暈で二重に見える蛍光灯に散弾銃を放つ。ドラゴンブレス弾を浴びて盛大に燃えるロッカーを除いて、部屋は完全な闇に呑まれた。構成員たちのどよめきを頼りに、ヴァラガンは距離を取るべく静かに後退していく。
どうやら狙撃でD13側も被害を受けているらしく、第三者の介入の可能性が見え隠れしている。そこに追い打ちをかけるように、警察車両のサイレン音が聞こえてくる。ベランダの方に目をやれば、輝度の高い青色灯が単色の闇夜を彩っていた。構成員が叫ぶ。
「おい、下にサツが来てるぞ! マジやべえ!」
「その前に奴を殺せ! ギャングの意地を見せんか!」
バイヤーの男は頭の中まで犬になったように吠えたてるが、構成員たちは聞く耳を持たない。双方の一方的な主張が飛び交う中、ヴァラガンは遮蔽物にもたれかかって頭を抱える。マスクの側頭部は銃弾に抉られて、血が止まらない。さながら本物のゾンビのようになってしまった。そのことを笑う余裕もないヴァラガンの耳に、聞き慣れた声が届く。
「混乱に乗じて、複製素体を奪いましょう」
そちらを向くと、ホッケーマスクを被ったガントレットの姿があった。左手に握った大型拳銃は鈍い光を放っている。ヴァラガンはマスクを外して、溜息をつく。
「ひどいマスクだな」
「あなたも被弾して、ひどい有り様ですよ」
ガントレットは飄々と言うと床に転がる短機関銃を拾って、弾倉を確認する。その様子を茫然と見ながら、ヴァラガンは痛む側頭部を押さえる。
「殺すな。連中も抵抗する余力はないはずだ」
弾倉を戻しながら、ガントレットが言葉を返す。
「その信条がどこから来るのか知りませんが、今は邪魔です」
その次の瞬間には、ガントレットの持つ短機関銃が火を噴いていた。暗闇からの悲鳴が
——お願いやめて! せめて、この子だけでも!
——ぶっ殺してやる、村門!
不意に脳裏に甦る、呪詛のような叫び。なんの前兆もなく溢れ出たそれに、ヴァラガンは言葉を失う。いつもの虚構じみた幻聴ではなく、それは意味を伴っていた。側頭部が痛み、頭に呪詛の潮が満ちる。自我が溺れ、引き潮に攫われようとしている。
居ても立っても居られず、痛みを嚙み殺して立ち上がるヴァラガン。すぐさま眼前の天井に向けて散弾銃を撃つ。引火したマグネシウムは天井で燃焼し、周辺の人影を浮かび上がらせた。ガントレットがそちらに銃口を向けるより速く、ヴァラガンは射線に割って入る。
人影は四つ。一つ目には散弾銃を投げつけ、二つ目に拳を振り抜き、三つ目には頭突き。命乞いするように手を伸ばす四つ目には、前蹴りをお見舞いした。大立ち振る舞いを終えたヴァラガンは、荒い息を整えながら複合金属製の棺桶を肩に担ぐ。
「最初に頼んだだろ。殺しは控えてくれ」
階下から床を通して銃声が聞こえる。他の構成員たちが奮戦しているようだが、時間の問題に思えた。ヴァラガンは暗闇からの呻き声を背に、側頭部に垂れる血を拭った。
二人は三階を迂回して、駐車場を目指す。廊下に等間隔に並ぶ埃の積もった割れ窓からは、警察官の怒声と逃げ惑う客たちの悲鳴が聞こえる。狙撃の心配がなくなった今、警察官との鉢合わせを回避できれば離脱は容易だった。ヴァラガンは廊下の突き当たりのドアを蹴破って、非常階段に躍り出る。その拍子に外の澄んだ空気が全身を駆け、心地よい浮遊感を覚えた。久しく味わっていない爽快感に、思わず緊張の糸が切れそうになる。
いかに喧騒に包まれたデルフォード市とはいえ、夜の趣は健在のようだった。二人は錆びついた階段を下り、駐車していたバンに棺桶を放り込むと運転席にはヴァラガンが座った。
バンに鍵を捻じ込んでエンジンをかけると、マフラーからは不完全燃焼気味の濃い煙が漏れる。それでも構わず、エンジンの回転数を上げて駐車場を飛び出す。誰にも見向きされないルームミラーには、ヴァラガンのうら寂しげな目が映っていた。
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