第七話 軍鶏の如くに

 やがて太陽が昇り、夜が影に逃げ込む頃にヴァラガンは家を出た。深い眠りに就いたのは、逆算して三十分前。起きたときには、ガントレットの姿はなかった。遠くからは銃声が聞こえる。それを眠気覚ましに、ヴァラガンはバンを故買屋に走らせた。

 早朝の閑散とした通りを流して、路肩にバンを停める。そこから徒歩で脇道に入り、寂れた商店街を進む。龍灰窟ロンフェイクーで故買屋を営んでいるのは、大半が流氓リウマン。ようはごろつきというわけだが、連中はワンの飼い犬でもある。そのためにヴァラガンからすれば、なるべく関わりを持ちたくない相手だった。商店街から小道に折れたところの公園で、故買屋を認める。既に数人の流氓と、常連の見知った顔ぶれが冷やかしに来ていた。

 入口の金網を潜ると中には背の高い陳列棚が所狭しと並んでおり、遊具の周りには屑鉄や電化製品が陣取っていた。公園を完全に私物化している。これを罰する者もいないため、こうした形態で営業している者は珍しくない。

 ヴァラガンは、常連の客と挨拶を交わして奥に行く。突き当たりの帳を捲った先の受付では故買屋の老婆と客の若い男が、ラジオ相手に神妙な面持ちをしていた。老婆は白髪の間に震える手を彷徨わせ、男の方はズボンの尻ポケットからナイフの柄を飛び出させている。

「もっと高値で買えよ。ほら、音も出てる」

「音質がひどいね。これ以上は出せないよ」

 なんだよ、と男は右手で宙を切る。その拍子に手がヴァラガンの腰に当たる。男は不機嫌そうに振り返るが、ヴァラガンの顔を見るなり、より一層顔を歪ませた。

「記憶喪失の島猿じゃねえか。バナナでも買いに来たのか?」

 老婆が言動をたしなめるが、男は聞く耳を持たない。

「残念だな、ここに記憶は売ってねえ。コンソルン・シティまで行くか? 名前すら憶えてないからって、老板ラオパンに遊びで馬鹿みてえな名前をつけられて。傑作だな、おい」

 男は腹を抱えて笑っている。老婆は呆れたように長い溜息をつき、紙幣を男に差し出す。

「その大男は話せるよ。なにを言ってるのか、全部筒抜けさ」

 それを聞いた男は眉をひそめ、口の端に縦長の皺を作る。

「それがどうした。殺しもできない野郎になにができるんだよ。ああ?」

 ナイフをポケットから引っ張り出して、ヴァラガンの胸元に突きつけてくる。しつこく絡んでくる男を鬱陶しく思いながらも、ヴァラガンは努めて朗らかに接する。

「なあ、ここで面倒事は起こしたくない。やめてくれ」

 下手に出るヴァラガンに、男は「島猿風情が」と馬鹿の一つ覚えのように繰り返す。それが一分ほど続いたあとに鬱憤が晴れたのか、男は紙幣を片手に消えていった。ヴァラガンはそれを確認して、麻布に包んだ拳銃を老婆に差し出す。

「これを買ってくれ。弾も四発ある」

「さっきの坊やに使えばよかったじゃないか」

 老婆は喉の奥で含み笑いをして、顔に刻まれた皺を揺らす。

「冗談じゃない。殺しはご免だ」

 次にヴァラガンは仕入れたいものをいくつか口頭で伝える。老婆が表の流氓たちに在庫を確認させている間、ヴァラガンはラジオに耳を傾けることにした。放送は、龍灰窟に隣接するデルフォード市について。人口が三十万人に達したこと、精神置換技術の浸透率、この市を拠点とする多国籍ギャング集団D13の動向などの他愛のない話が展開されている。

 そんな話に退屈し始めた頃に、番組が変わった。

「皆様は、獣性と意志についてご存知でしょうか」

 それまでの機械的な声調とは打って変わって、高年の男の鷹揚とした声が聞こえてくる。おまけにその第一声のどこか哲学的な投げかけは、聴く者の注意を引いた。

「獣性は動物的な本能であり、意志は単なる動機づけに他なりません。それらはときに人間の精神を蝕み、負の連鎖を引き起こします。あなたの意識が周囲に伝播していくのです。我々、延命管理局は画一的な社会を構築する責務を担っています。健全な肉体に健全な精神を。精神置換技術で、よりよい充実した生活を実現させましょう」

 そんな調子の演説めいた放送がしばらく続き、また機械的な声による報道番組に戻った。

「残ってるのは、国営放送だけかい」

 受付で頬杖をつきながら老婆が言う。

「よく買ったな。儲けになるのか?」

「坊やたちを使って、デルフォード市に売りに行くのさ。あそこの連中はラジオを知らないから、稀有な商品と言ってやれば元値の倍でも喜んで出すんだよ。ぼろい商売さ」

 卑しい笑みをみせる老婆に、追従笑いで応えるヴァラガン。そこに在庫の確認を頼まれていた流氓が入ってきて、老婆に静かに耳打ちした。雰囲気で察したヴァラガンは懐から紙幣を四、五枚出して受付のテーブルの上に滑らせる。

「拳銃代とそれで足りるだろ。また頼む」

「いつも色をつけてくれて助かるよ」

 年甲斐もなく紙幣に飛びつく老婆を背に、ヴァラガンは帳を潜った。それから頼んだ商品のエアコンと、ドレンホースを担いで公園をあとにする。照りつける日差しが眩しかった。

 後部座席に仕事の材料を載せて、バンのエンジンをかける。今日の仕事はエアコンの付け替え。足の悪い爺さんが依頼してきた。報酬はそれなりに弾むとのことだったので、断る理由はなかった。夜に控えている仕事の緊張を解すのにも、ちょうどいい。

 またバンを十五分ほど走らせて、北の大通りに出る。依頼主の家はその裏手にあるため、ヴァラガンはバンを道の端に駐車して、工具と商品だけを持って裏に回ることにした。

 排水管が壊れて水浸しになった脇道に水音をたてながら、奥へと踏み込んでいく。延々と軒を連ねるバラック小屋の前に置かれた金属の網籠には軍鶏がおり、鋭利な蹴爪を見せびらかしていた。噂では依頼主は近所で闘鶏場を運営しており、参加者は皆で鶏を持ち寄るのだという。勝てば金になり、負ければ肉になる。結局は飼い主に隷属することになる。

 そんな軍鶏の生き方に自身を重ねて、ヴァラガンは自嘲した。王たちの同胞ではないためにその力にあやかれず、王の仲間であれば老婆の機嫌さえも取らなければならない。愚直に金を稼いでも三食に消える。龍灰窟から無事に逃げおおせたところで、流氓たちに地の果てまで追われることは目に見えている。王は蛇のように執念深い。この街を出るのは稼ぎがなくなり、二進にっち三進さっちも行かなくなったときだとヴァラガンは心に決めていた。

 思案を終えて、一戸建ての古めかしい木造家屋に行きつく。建て付けの悪いドアを叩くと、依頼主の爺さんが出てきた。家に上がるなり飲み物を勧めてきたが時間が惜しかったので、それを丁重に断って作業に移る。以前のエアコンを外し終わる頃には、太陽は空の真ん中にまで落ちていた。やや速度を上げて、新たなエアコンを取り付ける。

 仕上げに壁のコーキング処理が完了したのは午後七時。思いの外、時間がかかった。原因は爺さんの世間話に付き合わされたためだが、得るものもあった。闘鶏場の耳寄りな情報や、次の仕事の依頼など。ヴァラガンは、次の仕事も引き受ける旨を伝えて家をあとにした。

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