第25話
私の名はヤジカ・ゾウタン。しがない鍛冶師だ。我がゾウタン家は代々火魔法と鍛冶のスキルを持って生まれる子供が多く。鍛冶師として国に貢献してきた一家だった。
私もその血を受け継ぎ、火魔法レベル1と鍛冶レベル5のスキルを持って生まれた。小さい頃から火で遊び、鉄を打って過ごして来た。
私の父も祖母も王都の石で出来た鍛冶工房の職人で、そこで武器を作っていた。幼い頃に塔別に見学させてもらった工房は、この世の物とは思えない物だった事を覚えている。
大口を開けて鉄鉱石を飲み込む炉。炉から溶けた鉄が流れ出て固まる場所。流れ出た鉄を型に入れて剣にする職人。私はその光景に魅了された。そしていつか自分もここで働きたいと願うようになった。
父も祖母も、私の夢を応援してくれた。そして工房に伝わる伝説の金属の事を話してくれた。強く、曲がらず、加工しやすく、強い金属が在るのだと。その金属で作った武器は今ある物を凌駕する物だと。
その話を聞いた時から私の夢は石工房で働き、その伝説の金属を蘇らせる事になった。だが神は残酷だった。日々鉄と向き合う私は火魔法のスキルを失った。
ゾウタン家は騒然となった。スキルレベルが上がる事はあっても無くなる事は無いと思っていたからだ。
両親は私を多くの医者に診察させた。スキルが消失する病気では無いかと医者に詰め寄り、医者は原因が分からないと言う。どの医者も私の症状に匙を投げ、私のスキルは消えたままだった。
それでも私は鉄と向き合う事は止めなかった。スキルが無くなってから火を調整しやすくなり、自在に熱を上げられる事が楽しくなっていたからだ。
だがそれがいけなかったのだと今なら言える。鉄と真剣に向き合った私は、どんどんその腕前を上げて鍛冶のスキルレベルが下がったのだ。
絶望する両親と親族たち。そして決定的だったのは中央にある鍛冶協会が私を鍛冶師と認めないと表明した。
その通知を受けて私は絶望した。鍛冶協会からの通知は私から鍛冶を奪う物だったからだ。それは、あの工房で働くという夢の終わりでもある。
私は何度も教会に足を運び、自身の作品を見て欲しいと頼んだ。だがスキルレベルの低い私の作品は見る価値が無いとして一度も見て貰う事が出来なかった。
諦められずに鉄を打ち続ける日々、そんな中両親は私に結婚の話を持ち掛けて来た。鍛冶レベルの高い家の物に嫁ぎ、時代に夢を託せと。ふざけるなと私は両親に怒鳴った。何の為に今も鉄に向か合っているのかと、私は鍛冶を捨てるつもりは無いと。いつか中央にいる鍛冶師たちを見返しあの工房で働くのだと言い続けた。
しかし両親の理解を得られなかった。何度も見合い話を持ってくる両親や親族に辟易して私は荷物を持って辺境に逃げて来た。辺境に到着した私は工房を立ち上げて鍛冶師として働き始めた。今まで貯めていたお金を全て出して作った工房で、私は鉄と向き合い続けた。
どんどん下がって行くスキルレベル。それに比例するように出来が良くなって行く剣。私は何をやっているのか、このままで本当に大丈夫なのか。スキルとは一体何なのか。
火と鉄に向き合い続ける中で頭には様々な疑問が浮かんでは消え。その迷いは鉄に現れる様になっていく。脆く、すぐに壊れてしまう武器はまるで私の未来を暗示しているように感じた。
そんな中、辺境に逃げて来たもの同士仲良くなったベルジュが客を連れて来た。頼りなさそうなその男はススムと言った。そして私の話を聞き、作業を見たいと言い始めた。
最初は何を言ってるんだ?と思った。だがその瞳から感じる何かは、私の迷いを吹き飛ばしてくれる物だとスキルが囁いた。
私はススムに作業を見せた。真剣に火を、その中の溶ける鉄を見ていたススムは今のままでは駄目だと言い始めた。そして、工房を、炉を1から作り直すと言ったのだ。
そんな事が出来るのか?作り直してどうなるというのか?頭の中が疑問で一杯になった頃、ススムの言った言葉が私の琴線に触れた。
「はい、このような鉄では到底使用には耐えられません。ですから鉄よりも強い鋼を目指しましょう。」
鉄よりも強い金属など聞いたことが無い。だが鋼と呼ばれたその金属の名前に私はどうしようもなく作ってみたいと感じた。私はその話を受ける事にしたのだ。
だがススムがベルジュと出て行った後に資材を準備していると面倒な奴が来た。工房を訪ねて来た男はマクラナと言い、私が実家に居る時に見合いの話を持って来た鍛冶師の一人だったのだ。
マクラナは私が嫁げば中央の石工房に入れるようにしてやると提案してきた。確かにこいつの家ならばそれくらいの力はあるだろう。何せ鍛冶協会の重鎮の息子なのだから。
だが私はこいつの事は気に入らなかった。ススムよりも細く、筋肉が全くついていない体は鍛冶師には到底見えず、病気の様に白い肌はまったく火に焼かれていないと分かるからだ。こいつはスキルに胡坐を掻いて鍛冶に真剣に取り組んでいない事は丸わかりだった。
拒否をする私にマクラナは一生あの石工房に入れないようにしてやると言い始めた。今ならまだ良い作品を中央に認めさせれば石工房に入れる。だがこいつが親に言えば一生、あの石工房には入れないだろう。私の夢が潰える。その事に悩み、返事をしようとしたその時にススムが姿を現した。
そこで初めて私はススムに自分の夢を話したと思う。そして、話を聞いたススムは少し考え事をした後に笑って私に告げた。
「ヤジカさん、この話断っても大丈夫ですよ。」
ススムはその伝説の金属に心当たりがあるという。そして、今から作ろうとしている鋼がその伝説の金属なのだと。
私はその言葉に驚いた。まさかススムが、話にしか残っていない金属の製法を知っていたのだから。
マクラナを追い返した私達は工房作成に取り掛かった。私はそこでススムの知識の多さに驚く事になる。
熱に強いと言われる土で出来た耐火煉瓦なる物。出来上がった煉瓦を使って作られた、鉄の精錬に使う炭と呼ばれる物を作る炭窯。いくら温度を上げても割れず、中に火を閉じ込め続ける炉。鉄を打つ為に勝手に動く槌とそれを動かす水車と呼ばれる大きな木の輪。
それらすべてがススムの頭の中から出てくる様子に、私は唖然とした。マクラナがギルドに圧力を掛けて人員募集の妨害をしようとも、私達は懸命に工房を作り続け、そしてついに私の夢の工房が完成した。
石で出来た壁に、ススムの知識を得て私自身が改良した炉。煙を上げて炭を焼く窯に川の流れで動く水車。それはあの日見た石工房が陳腐に見える程に完成された。私だけの工房だった。
そして、鋼作りが始まった。ススムの指示通りに鉄を加工し、自身の手で作業していく。なぜこのような事をするのか、どういう意味が在るのかを詳しく聞きながら行う作業はとても楽しかった。鉄を鍛える道にまだ私の知らない事が多くある事が嬉しかった。終着点はまだまだ先なのだと示してくれたススムに私は感謝した。
そして出来上がった刀と呼ばれる武器。それは、現状の物よりはるかに強力だった。私は自分の作り上げた“強大な力”にただただ恐怖した。この刀を腕の立つ剣士10人が持てば誰も勝てないと思ったからだ。
刀を持ち震える私にススムは優しく教えてくれた。
「武器は使い手次第。作り手に責任はありませんよ。でももし、その手の中の巨大な力に臆したのであれば、作る相手をヤジカさんが見極めれば良いのです。」
今人類は窮地に立たされている。強い武器は何処でも必要で、出来上がったのであれば全員に渡さなければいけない。だがススムは相手を選べと言ってくれた。自分の作品を託せる人物を選んでも良いのだと。
武器は使い手次第。確かにそうだ。武器に善も悪も無い。あるのは使う者の心に宿っている何かだ。私は力に飲まれない者にこの刀を渡そうと決めた。その資格がある者達が今、目の前に2人居る。
私はススム達と協力して4本の刀を作った。太刀と小太刀。名刀には名前が必要だと言われて付けた名前は『黒陽』と『白月』。
暗く先の見えない道を照らす太陽になって欲しいという意味と。静かにたたずむ月の様に、使う者の心をやさしく照らす光となるようにと思いを込めた名だ。
他にもススムから色々な物を頼まれた。投げやすい様に作られた鉄の棒や、何やら平たい鉄の板。クの字に曲がった棒など本当に様々な物を。その利用方法や作り方を聞いて私は心が躍り、どんどんと作ってしまった。
ススム達が大森林に調査に向かった後、私は久しぶりに冒険者ギルドでスキルを鑑定した。だがそこには何のスキルも表示されなかった。慌てる職員に大丈夫だからと言い。その場を後にする私。これで客が少なくなるだろうが今はそれでいい。私はまだ鉄の良し悪しが解っても人の良し悪しは分からないのだから。
今度ススムに人の見分け方を教えて貰おう。そう思いながら私は自分の工房に戻る。ススムが示してくれた先を目指す為に。ススムが戻って来た時に、あっと驚くような金属を作り上げて置くために。師匠を超えるのが弟子の務めだから。
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