従僕の仕事

 ウォレスは執事である。主の身の回りの世話や仕事のサポートをするのが彼の仕事だ。


「サレナ、何か変わったことは?」


 サレナはメイドである。メイドも執事と同じように主の身の回りの世話をするのが仕事だ。


「害となりそうな魔物のほとんどを駆除、解体が完了」

「そうですか。解体後の素材は?」

「保存しています」

「そうですか。ほかには?」


 ウォレスは執事長である。主に仕える執事を束ねる立場の人間だが、今現在ウォレス以外の執事はエインのところにはいない。


 サレナもメイド長である。しかし、こちらは人間ではなく人形メイドの長であり、人間のメイドであるマリーナとはまた立場が違う。


 そんな二人がエインのいないところで話し合いをしている。


「また人が捨てられていました」

「そうですか、またですか」


 うーむ、とウォレスは目を閉じてこめかみを押さえる。こめかみを押さえるのは、ウォレスが何か考え事をするときや悩みがあるときのクセだ。


 ガダフト湖の周辺には森がある。その森には野生動物や魔物が生息している。二十年前の事件が起こってからは人が寄り付かなくなったこともあり、動物や魔物の数が増え、凶暴な物も多くなった。


 その森に以前から人が捨てられている、という情報をウォレスは掴んでいた。様々な理由で捨てられた人間たちだ。


「それはどのような方でしたか?」

「女性です。衰弱しており、発見後すぐに生命活動を停止しました」


 ウォレスは捨てられていたという女性の状態をサレナから聞いた。その女性はかなり劣悪な環境に置かれていたようで、痩せ細り、体は傷だらけで、自力で歩くことができないようにアキレス腱が切断され、上と下の前歯がなかったという。


「死体の処理は?」

「焼却済みです」

「ご苦労様です」


 二十年前の事件が起きてから人の出入りが無くなったガダフト湖周辺の森には人が捨てられるようになった。生きている死んでいるに関わらずだ。


 表に出せない人間というものはいる。何かの犯罪に巻き込まれた哀れな人間がガダフト湖周辺の森に捨てられ、獣や魔物のエサになり、骨も残さずこの世から消えているのだ。


 証拠隠滅。死体処理。そのようなことがエインの治めている領地で行われているのだ。


「エイン様に知られるわけにはいきませんからね」


 主の心労を減らすことも従僕の仕事だ。主に知られることなく問題を闇から闇へと葬り去らなければならない。


 問題も厄介ごとも、そんなものなど最初からなかったかのように、消し去らなくてはならない。


 主の身を守り、主の障害となる物を徹底的に排除する。


 徹底的に。


「証拠を残してはなりませんよ。徹底的に、徹底的に消し去るのです」


 この地には何もない。平和で、穏やかで、問題など何もないのだ。


 エインの命を危険にさらすなど、あってはならない。


「エイン様の命を狙う不届き者たちは一人残らず駆除してくださいね」

「はい」


 ウォレスは知っている。サレナ達から話を聞き、王都からガダフト湖へと向かう道中、エインの命を狙っていたであろう盗賊の集団がいたことを知っている。そしてそれらはすでにサレナ達人形メイドの三人により一人残らず処分済みであることも知っている。


 それにしても、とウォレスは思う。


「気に入りませんねぇ。実に、気に入らない」

 

 エインは命を狙われていた。何者かが狙っていた。ウォレスはそれが気に食わなかった。


 それは自分の仕事だとウォレスは思っている。


 主人であるセレストール3世の最後の命令。エインの命を奪うのは自分だと、そう思っていた。


「さて、何者の仕業か……」


 非常に気に入らない。王からエインの殺害を命令されているのは自分であるはずなのに、どこの誰とも知らない輩がエインの命を狙っている。


 ウォレスは王の僕である。エインの身の回りの世話をし、エインの命令に従ってはいるが、彼は王の従僕だ。


 もちろんエインはそのことを知らない。知っているのは王とウォレスだけだ。


「まあ、誰でもいいでしょう。排除するだけです」


 ウォレスは表向きはエインの執事だ。そのためエインの側を離れることはできない。その代わりにサレナたち人形メイドがウォレスの手足として動いている。


 いつかエインを殺す。それが自分の最後の仕事なのだとウォレスは考えている。


 さて、それがいつになるか。それはウォレスにもわからない。


「怪しい者は排除してください。ああ、情報を引き出してから、ですよ」

「はい」


 サレナは素直に返事をする。ウォレスに意見することも、逆らうこともなく命令を聞いている。

 

 サレナ達は本当に良く働いてくれている。すべてはエイン様のため、と言えば文句も言わず、むしろ喜んで仕事をこなしてくれている。


 不審な者たちからちゃんと情報を収集した後きっちりと処分してくれている。


 ただ、少々厄介な輩も探りを入れてきているようである。


 それは『国土地理局』の『調査官』と呼ばれる者たちだ。彼らは王国内を周り、領土の測量や地図の作製などを行うことが主な仕事である。


 ただし、それは表向き。裏では国内外で暗躍し、諜報や様々な裏工作を行っている。


 どうやらその地理局の調査官らしき人間が何人か侵入していたようで、もちろんしっかりと捕獲し処分している。


 ただ、残念なことに情報は引き出せなかった。尋問をする直前に隠し持っていた毒で自ら命を絶ったのだ。


 はてさて、誰の命令か。とウォレスは思案する。国王の命令か、それとも別の誰かか。


「気に入りませんねぇ。実に、実に」


 調査官らしき者たちのほかに怪しい一団も近づきつつある。


 何やら紋章の描かれた旗を掲げた集団。その集団は日に日にエインたちのいるガダフト湖に近づいてきているらしい。


 ただ、怪しい集団ではあるが、彼らはこそこそと隠れているわけではなく、堂々と街道に沿ってこちらへと向かっているらしい。ウォレスはサレナからその話を聞いて、すぐにその旗がどんなものか覚えているかをサレナに質問した。そして、サレナはその旗がどんなものかを覚えていた。


 そんなサレナの記憶を頼りに描かれた旗。その旗に描かれている紋章。その紋章をウォレスは知っていた。知っていたからこそ、扱いに迷っていた。


 旗に描かれていた紋章。それは少し前までダイナが率いていた『流星隊』の物だったのだ。


 流星隊の紋章旗を掲げている集団が近づいてきている。


 敵か、味方か。


 排除すべきか、それともこのまま放置しておくべきか。


「問題があれば、排除すればいいでしょう」


 サレナが飛んで行く。ウォレスとの話を終えたサレナが空を飛び、去っていく。それを見送りながらウォレスは思索にふける。


「彼女たちは一体何なのかも、気になりますが」


 彼女たち。それはサレナ達三体の人形メイドのことだ。エインが生み出した自我を持つ生きた人形たちだ。


 彼女たちは本当に良く働き、エインの役に立っている。とても役に立ってはいるが、不可解なことも多い。


 今、空を飛んで行ったこともそうだ。エインが言うには、彼女たちにそんな能力を与えた覚えはない、ということなのだが、彼女たちは平然と空を飛んでいる。


 空が飛べる利点は言うまでもないだろう。たった三体の人形たちで周囲の警戒や偵察が行えるのだから、空が飛べて悪いわけがない。


 ただ、理由が知りたいのだ。なぜ、彼女たちは空を飛ぶことができるのか。


「まあ、人形が動いている時点で、些細なことですか」


 考えるだけ無駄なのかもしれない。それに、ほかにも考えなければならないこともある。


 エインの命を狙っている、その相手のことだ。


「はてさて、誰の仕業なのやら」


 もし国王の命令だったとしたら、と考える。こちらを監視しているのか、だとしたら誰を監視しているのか。


 エインか、それとも自分か。と、ウォレスは考える。ちゃんとエインを監視し、命令に逆らっていないかと自分を見張るために送り込んだのでは、とウォレスは疑う。


 だとしたら信用されていない、ということだ。自分の忠義を疑われているということだ。


 ウォレスはそれが気に食わなかった。しかし、同時に楽しんでもいた。


 なぜだか楽しかった。この状況が愉快でたまらなかった。


 もちろん表情には出さない。どんなに楽しくても、不愉快でも、はらわたが煮えくり返る思いでも、主の前では平静を装い、感情などに左右されてはいけない。


「王は何を怖れているのでしょうかねぇ。あの、か弱い王子を」


 国王セレストール3世は息子であるエインのことを怖れている。エインに対して怯えている。


 それは最近のことではない。もしかしたらエインが生まれてからずっとかもしれない。


 ウォレスにはわかる。ウォレスは長い間国王の執事を務めていた。国王が王位を継ぐ以前からウォレスは彼の僕だ。


 だからわかる。セレストール3世はエインを怖れている。体が不自由で人の手を借りなくては生きてゆけない、あのか弱い元王子様を。


「……まさか、知っていたのでしょうか」


 今のエインのことを。エインが不思議な力に目覚めることを国王は知っていたのか。


 では、なぜさっさと国王はエインを処分しなかったのか。こうなることがわかっていたとしたら、危険な存在になる前に消してしまえばよかったのに。


「愛、でしょうかねぇ」


 わからない。長い間、国王の側にいたウォレスにも国王の心の中まで知ることはできなかった。


 息子に対する愛と国に対する危険性。国王は迷い、悩み、いまだに判断を下せずにいるのでは。


「まあ、どちらでもいいでしょう」


 正直、どちらでもいい。ウォレスは自分の仕事をするだけだ。


 エインを始末する。その存在を見極め、この国にとって危険な存在だと判断したならば、殺す。


 では、今のエインは危険なのか。この国にとって、王にとって。


 ウォレスは指で右のこめかみを軽く叩きながら考える。


「まだ、でしょう。まだ、まだ」


 まだ、いいだろう。まだ足りない。


 まだまだ、もう少し。


 もう少し、楽しんでから。


「これが私の本性、ということでしょうね」


 ウォレスは過去のことを思い返す。若かった頃、子供の頃、今までのこと。


 ウォレスは常に王と共にあった。王の側につき、王の命令に従った。


 現国王であるセレストール3世は立派な王だ、とウォレスは思っている。慈悲深く、心優しく、争いごとを好まず、賢い王だ。


 けれど、退屈だった。退屈で退屈で、本当に退屈だった。


 ウォレスは執事である。彼は従僕として、王を守り、王の命令に従い、王のために尽くすため腕を磨いてきた。


 王を守るために、そして、王の敵を滅ぼすために。


 ただ、その力は一度も使われていない。長い執事生活の間、ウォレスの暴力は一度も日の目を見ることなくここまで来てしまった。


 それが不満だった。けれどそれは幸せなことでもあることをウォレスは理解している。


 手を血で染めることのなく、ここまできた。来てしまった。

  

 セレストール3世は優しい王だ。彼が誰かを殺せ、あいつを始末しろ、などと言うはずがない。長い付き合いのウォレスでさえも、あの王がそんなことを言うはずがないと思い込んでいた。


 だから、驚いた。そんな心の優しい王が殺人命令を下した。しかも、実の息子を殺せと命じてきたのだ。


 本当に驚いた。信じられなかった。そして歓喜し、落胆した。


 自分の磨いてきた技を披露することができる、とウォレスは喜んだ。


 自分の磨いてきた技術をあんな弱い生き物を殺すために使わなければならないのか、とウォレスは嘆いた。


 複雑な思いを抱いたまま、ウォレスはここにいる。


「まだ、もう少し、待ちましょう」


 忠義とは何か、愛とは何か。いろいろと悩むこともある。自分の力を試してみたい、という欲望もある。


 そんなものを抱えながらウォレスはエインと共にいる。


「……命を狙う不届き者、ですね」


 ウォレスは笑う。とても楽しそうに笑っている。


 これからの自分を、自分の運命を想い、笑う。

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